恋の自覚
その日は、シンシアのことが心配で落ち着かずにいた。
そんな私の視界に、ふいにクライヴの姿が飛び込んできたのだ。
正装の彼を見るのは初めてで、新鮮だった。
あの頃の社交界はまだ身分の差がはっきりしていて、クライヴと同じ場に立つことなんてなかったから。
けれど今日は、新興貴族も何組か招かれていた。その娘たちが、次々と彼に寄っていくのを、私は見てしまったのだ。
胃がキリキリする。そうよね、身分的には、そのうち彼女たちの誰かと結婚するのでしょう。
ところが驚いたことに、貴族の令嬢たちからも、けっこうモテているではないの。
「あら、あのステイプルトン家の御子息?」
「へぇ、素敵じゃない。一曲くらい踊ってあげてもよくてよ?」
「残念ね、平民じゃなかったら……」
「せめて男爵位でも持っていれば……」
聞き耳を立てていた私は、思わずホッとしてしまった。そうよ、彼は貴族じゃないもの。
血筋のいい名家出身の令嬢だったら、成金のクライヴなんて相手にしないわ。
そう思いながらも、気になって仕方がなくて……シンシアが立食テーブルへふらふら吸い寄せられていくのも止めず、私はクライヴの方ばかり目で追っていた。
「あいにく、お嬢様方の相手を務められるほど、洗練されたダンスは踊れません」
クライヴはそう言って謙遜しているのに、なんだかふてぶてしい。
そこが少し生意気で、令嬢たちにはかえって新鮮だったみたい。
彼女たちが惹かれる理由は、よく分かるわ。
貴族の令息──生まれながらの金持ちにはない、魅力があるものね。
この場で初めて会ったなら、なおさら。
彼は、目端がとても利く。使用人がいない時、代わりに出入口の扉を支えてあげたり、給仕より先に女性のグラスが空になったことに気づいたりね。
傍目にはさりげなさ過ぎて分からないでしょうが、会場が滞りなく回るよう、常に細かく気を配っている。
なんでも従者に任せてきた貴族令息には、決してできないことだわ。
だから、人は彼の傍にいると心地よくなる。
加えて、父親譲りの利発そうな縁なし眼鏡に、爽やかな営業スマイル──。
どうしてその笑顔に惹かれるのか、きっと彼女たちは自覚していない。
……育ちの良い者なら、あの値踏みするような視線に気づいた瞬間、思わずドキリとするはず。
その笑顔の奥に潜む──隙を見せたら一気にやり込められそうな危うさが、立場を逆転させて追い詰める。それがたまらなくセクシーなのよ。
そして彼は、貴公子とは違った意味で誇り高い。
成金と蔑まれながらも、嫌がらせを鮮やかにかわし、自分の力で貴族社会に踏み込み、貴公子たちと対等に渡り合っていく……その姿に、自信と誇りを感じるの。
なんていうか、こう……跪かせて、「愛している」と言わせてみたくなるのよね。
は!? やだ私、何言ってるの?
彼から無理に視線を外したのに、気づけばまた追ってしまっていて、自分でも訳がわからなかった。
すると、クライヴと目が合った。
動揺して後ずさりし、背後の紳士にぶつかってしまう。
「し、失礼」
「こちらこそ……お嬢さん」
デレッと紳士の目尻が下がる。
「よろしければ次の曲は、僕といかがでしょう」
「ヘビントン侯爵令嬢」
クライヴが呼びかけながら、私に近づいてきた。
「失礼、ダンロップ氏。彼女は今日の主役の妹君で──」
「ああ、侯爵令嬢でしたか! 初めてお会いしたので」
顔を赤くして、そそくさと紳士が去っていった。
まあ相手は新興貴族だもの、身分的にはこの反応は普通だわ。
本当ならクライヴだって、私にひれ伏したっていいんだから。
「おい、ふらついてるぞ。疲れたならソファーに座っていたまえ。俺が飲み物と食べ物は運んでやるから」
クライヴは私の腰に手を回して支え、壁際のソファーに連れていってくれた。
何人かが羨ましそうに見ているのが、ちょっとした優越感。
まあ、クライヴは誰にでもやるんだろうけど。
「目眩がしたわけではないの。ただ──」
見とれてしまって……。
クライヴが、ソファーに腰かけた私の足に目をやり、それから突然跪いた。
近くにいた淑女たちから、黄色い声が上がった。
さっきは確かに跪かせてみたいと思ったけど、こんなに堂々と跪かないでよ!
私が悪役令嬢と呼ばれているから、よけい構図がおかしなことになっているわ!
しかも彼、自分の太腿に私の足を乗せたじゃないの。ちょっとちょっとちょっと!
跪いて足をお舐め状態に!
「ミラベル、この靴合ってないぞ。靴擦れだ」
え?
私は新調したばかりのパンプスを見下ろした。微かにかかとのところに血がにじんでいる。
「脱ぎたまえ、俺が違うのを持ってくるから」
脱ぎたまえですって! とまた近くの淑女たちが悲鳴をあげた。うるさいよ!
でもすぐに王太子殿下のサプライズが始まって、シンシアが豚とか肉塊※って侮辱されて、結局私は裸足のままクライヴにタックルすることになったんだけどね。
とにかく、もう認めるしか無かったの。
私はこの成金を独り占めしたいって。
彼が好きなんだって。
※ 肉塊までは言っていなかった気がします。




