私ね、あなたのこと──
私は今頃ヘビントン侯爵邸で初夜に臨んでいるはずの、ヒューバート兄様とシンシアに思いを馳せた。
お兄様、きっとオロオロしているでしょうね。
思わず顔がニヤついてしまう。お兄様は、自分にしか興味ないナルシストだもん。きっと童貞だわ。
クライヴは娼館に通っていたくらいだし、たとえ仕事が一番でも、ある程度なら女性を知っているはず。
──私以外の女性なら、抱けるのよね……。
じわりと、また涙があふれそうになる。
なによ、クライヴってサイテー。
他の人を好きになればよかった。
クライヴ以外なら、もう誰だっていいから──いえ……アーサー殿下から何度か言い寄られたけど、あの人はイヤだな……。
殿下ったら、最初の結婚式ではしつこかった。
『ミラベル、離婚いつするんだ? 離婚するよな? 離婚しないの? 俺がまだ結婚していなかったら、バツイチでも結婚してやるからさ』
縁起の悪いことを、人の結婚式で連呼しないでよ!
まあ、クライヴが腫れた顔に手をやって『夫婦喧嘩になったら顎の骨折られますけど、覚悟はありますか?』って聞いたら離れていったけど──そこまでやっていないわよ!?
とにかく、アーサー殿下はダメ。傲慢だもん。
王族だから傲慢なのは当たり前かもしれない。だけど、上に立つ人は弱い者イジメをしてはいけないの。
シンシアに意地悪したアーサー殿下のことは、絶対に選ばない。
いつかヒューバート兄様にやったみたいに、回し蹴りしてやるんだから。
うん。ウォンさんにまた、必殺技を教えてもらいに公園に行こう。
アーサー王子をボッコボコにする妄想を楽しんでいたら、いつの間にか眠ってしまったみたい。
ゆらゆら揺れるなと思って、なんとなく目を開けたの。
そうしたら、クライヴの顔がすぐ目の前にあった。
「……??」
「君はなんで、ソファーで寝てるんだ? 風邪をひくじゃないか」
浮いてる? 目をこすって、下を見下ろした私。
クライヴに、お姫様抱っこされてる!?
顔が一気に熱くなり、血が上って赤くなったのが、はっきり分かってしまった。
それに気づかれたくなくて、顔を背けて思わず叫んでいた。
「やだ、離して!」
クライヴが片方の眉毛を上げた。
「いいよ」
パッと手を離された。
「ひぃいいい」
本当にやるか!
私はクライヴの首にしがみついた。
「痛てててて!」
クライヴは苦痛の声を漏らして、私をベッドに下ろした。
そこまで重くないでしょ!
昔のシンシアのこと、軽々抱っこしていたの知っているのよ! こういう意地悪ばっかりするから──。
「ちょっとさ、ヒリヒリするんだよ」
首筋の後ろに手を当てながら、顔をしかめてクライヴは言った。
「なんでよ?」
私はベッドの上で膝立ちになってクライヴににじり寄り、彼の首筋を見つめた。
オイルランプの明かりでもわかる。なんか真っ赤になってる!? 私とは違う意味で。
「日焼け?」
「……風呂で、擦り過ぎたんだ」
従僕が力加減を知らなかったのかしら。
そこで、私は気づいた。クライヴは従僕に体を洗わせない。
新興貴族の多くは、昔からの貴族のように振舞おうとする。だから、入浴のお世話も着替えも、使用人にやらせるようになると聞くけど、クライヴは違う。
裕福になった今でも、自分で何でもやってしまう。
「なんでそんなに擦ったの?」
ちょっと考えてから、私はからかうように付け足した。
「もしかして、私との初夜のため? 綺麗に磨きすぎた?」
でも、言ってから恥ずかしくなった。
……そんなわけないか。
ところが、クライヴは何も言わない。口元に苦笑いを浮かべている。
え、本当にそうなの? それで遅くなったの!?
沈黙はそう続かなかった。
彼が眼鏡を外し、整った真顔をこちらに向けたから。
ドキッとしてしまう。クライヴ、私……私ね、あなたのこと──。
「さて、ちゃっちゃと始めるか。明日も仕事が山積みなんだ。早起きして契約書の準備をしないと」
私のビンタが思い切り炸裂した。




