豚に戻りそうな初夜
王都の侯爵邸、ヒューバート様のお部屋です。
わたくしはカタカタ震えながら、ナイトドレスを握りしめておりました。
この豚めにはもったいないほどエレガントで、ちょっぴり大人びた一着です。
……いけない、また自分を卑下してしまいましたわ。
ヒューバート様が知ったら叱られるに決まっていますが、白は膨張するし、ピンクは豚になるから嫌、とマーガレットに泣きついた結果──今夜のために黒を用意してくれたのです。
これなら引き締まって見えるはず!
ただ、このドレス……薄すぎません? スースーして落ち着きませんし、透けて見えそうです。
それに、初夜は下に何もつけないのがマナーだとマーガレットから聞かされ、余計に怖気付いています。
そもそもこれ、本当にナイトドレス? どう見てもシュミーズにしか……。
『ベビーなんとかって書いてあったですだよ! 大丈夫、初夜もOKってオネェな店員さんが言ってたべ!』
自信満々のマーガレットの言葉を思い返しながら裾を見ると、膝より上で妙に短いし、前も大胆に割れた謎仕様。
本当に初夜用なのでしょうか……。
初夜とは、夫と初めて夜の共同作業をするもの──要するに、ケーキ入刀の夜バージョンだと聞きました。
優しいヒューバート様だから安心……のはずなのに、大好きな方だからこそ余計に緊張してしまうのです。
このわたくしとあの高嶺の令息が共同作業なんてしたら、とんでもないキメラが誕生してしまいますわ!
いえ、駄目です。こんな弱気になっては。
彼がおっしゃっていたでしょう?
わたくしは可愛くて綺麗で、ヒューバート様にはもったいないくらいの女性だと!
大丈夫、お母様も「夫に任せておけば間違いない」と言っていましたし……。夫……なんて素敵な響き!
ええ、大丈夫に違いありません。
そうだわ。真っ暗にすればいいのよ! 醜い部分さえ見せなければ、儀式はどうにか遂行できます。
そもそも裸になる必要なんてあるのでしょうか? 脱いだところで誰も悩殺されませんのに。
主寝室のクローゼット横には大きな姿見が立てかけられておりました。他の家具といえば広いベッドとデスクくらい。
毎日この鏡の前で美を磨いていたのでしょうね。ナルシストなヒューバート様らしいと思いました。
わたくしは鏡に映る自分を見つめ、ナイトドレス越しに胸をぐっと持ち上げてみました。
……うんざりします。
どうしてわたくし、こんな不格好なのかしら。
おチチとお尻は一体どうすれば痩せたのでしょう。
もしまた「豚肉」なんて言われたら……!
そんなことを考えていると、入浴を済ませたのでしょう、濡れた髪のヒューバート様が寝室へ入ってきました。
ベッドに腰掛けるわたくしを見た瞬間、彼は片手で目を覆い、くるりと背を向けました。
「なんだあれ……あのパジャマ普通なのか……?」などとぶつぶつ言いながら、地母神ギャイアへ早口で祈り始めました。
ですが、彼の奇行を気にしている余裕はわたくしにはありません。
緊張のあまり、わたくしはずっと深呼吸していたのです。
吸って~吐いて~吸って~吸って~吸って~カハッ──
その様子に気づいたヒューバート様が、慌てて駆け寄りました。
「ちょっと! どうしたの、顔色が紫だよ!」
水差しから水を汲み、わたくしへ差し出してくださいます。
「や、やっぱり……む、無理ですわ!」
「え?」
グラスをこぼしそうになりながら、私はガウン姿の彼に必死で訴えました。
「ドッキングなんてできません!」
しばらく涙目のわたくしを見ていたヒューバート様は、やがて苦笑しました。
「不安になるのは当然さ。僕だって緊張している。初夜ってそういうものだよ」
そう言って、彼は手を広げました。いつも通りの「おいで」の合図です。
つまり抱っこしてくれるということ。わたくしはホッとして彼の膝の上にちょこんと座りました。
重くないといいのですが……。
密着していると、不思議とすべて大丈夫な気がしてきます。
ヒューバート様はわたくしをぎゅっと抱きしめました。
「僕と君の間には、男女の雰囲気がぜんぜんなかったからね」
固い胸板に押し付けられ、わたくしはドギマギしてしまいます。
ヒューバート様ったら、全然分かっておりません。
男女の雰囲気にならなかったのは、あなただけですわ!
わたくしなんて、ヒューバート様の胸筋や腹筋を見るたびに、はしたなくもムラムラしていたというのに。
そういえば、前より筋肉が増している気がします。短期間で鍛えたの? 特に下半身が……。
とにかく──。
彼は純粋に妹感覚でわたくしを可愛がり、わたくしはその横で不埒な妄想を積み重ねていた──それが現実だったのです。
彼の胸筋に顔を埋め、匂いを嗅ぎたくて……キレてる筋肉の溝を指でなぞりたくて……。




