豚ではなく美しい淑女の結婚式
未亡人となったナディーン様は、ヒューバート様に振られたうえ、当てにしていた遺産が思ったほど入らなかったことにショックを受け、領地に引きこもったのだとか。
それだけでも驚きなのに、すぐ憲兵の捜査が入り、殺人容疑で取り調べを受けているというのです。
「ど、どういうことですの?」
新聞の一面を見たわたくしは、ミラベルへ説明を求めました。
しかし彼女はウェディングドレス姿を鏡に映しながら「ああ、私ってやっぱり綺麗だわ。胸が無いくらいで、あとは完璧だわ」と呟いております。
さすがナルシストの家系ですわね。──でも今はそれどころではありません。
「ナディーン様が、どうして──」
「ジョシュア・ストーンヒルズがね、他殺だったんだよ」
花嫁控え室に入ってきたクライヴ兄様が、新しい眼鏡を押し上げながら言いました。
「ちょっと! 花婿は入ってきちゃダメよ、クライヴ!」
「いいだろ? 俺たちの式は二回目、形だけのオマケなんだから。それに親族として入って来たんだ」
うるさそうにミラベルを睨んだあと、兄様はわたくしにデレデレした視線を向けます。
「やっぱり可愛いなぁ、俺の子豚ちゃんは」
すると廊下から、ヒューバート様の声が……。
「僕も、親族として入っていいだろうか?」
振り返ったわたくしは放心しました。顔の傷も癒え、光沢あるフロックコートを着こなした彼が、あまりにもかっこよかったから。
ああ……お似合いですわ、綺麗──。
「よく似合っているよ……綺麗だ」
先に言われてしまいました。さらに耳たぶに触れられてドキドキします。
「エメラルドの指輪、売れてなくて良かったね」
あの偽婚約指輪を質屋から買い戻し、ピアスにしたのです。
ヒューバート様は女々しいどころか、大変感激してくださいました。
ふと、彼の視線が胸元にあることに気づきました。
「ヒューバート様?」
「あ!? いや、なんでもない! オフショルダーって襟ぐりが開いてて、よく落ちてこないなと……」
慌てて目をそらす彼。わたくしは胸元と腰を触りました。
「あの、こことお尻だけは、どうしても痩せなくて」
挙式までの一ヶ月──ミラベルのドレスが出来上がるまでのあいだに、ダイエットを試みたのですが……。
スラッとしたミラベルと合同結婚式なのは、どうにも気が引けます。
「いいなぁ、ミラベルは胸とお尻がスレンダーで」
「喧嘩売ってるの!?」
なぜかヒューバート様は黙り込み、クライヴ兄様が横でニヤニヤ。
「俺は大きさはどうでもいいんだが……ヒューバートは大きいのが好きだったのか。……ちっ、死ね」
「──っ、そういうわけじゃないよ! うーん、複雑だな。言っておくが、僕も祝福できない、死ね」
「いや、ほんと気持ち悪い。お互い妹を取られる感じだもんな、死ね死ね」
二人がこそこそ罵り合うのを横目に、わたくしは再び新聞記事に視線を戻しました。
記事によれば、ジョシュア卿の喉には大量のお餅が詰まっていたとか。
東の領地で作る米の一種を加工したもので、殺人的に食べにくく、極端に伸びるのです。
夫人は「夫の好物だったのよ! 大量に食べさせて何が悪いの!」と容疑を否定。
遺言は最近書き換えられ、遺産の多くを孤児院や労働者組合へ寄付する内容になっていたそうです。
もしかしてジョシュア卿は、ナディーン様の殺意を感じとっていたのでしょうか……。
しんみりしてしまいました。もしあの時ナディーン様がヒューバート様と結婚していたら、道を踏み外さなかったのでは……と。
神妙に新聞を見つめるわたくしへ、クライヴ兄様が言いました。
「どうしたシンシア。しょげることはない。ジョシュア卿とのお見合いを斡旋した俺の前で、いきなり服を脱ぎ捨て色目を使ってきたんだから、ナディーン嬢はそれほど品行方正な女ではないぞ」
え、ええええええっ!?
「まあ俺が『シャワー室はあちらですが』と顔色を変えずに言ったら『あら間違えました』と悪びれず立ち去ったのは、なかなかあっぱれだったが。でも財産目当てなのは見え見えすぎる。普通は惚れない」
ヒューバート様はきまり悪そうにそっぽを向き、ミラベルがブスッとした顔で言いました。
「何よ、自分がモテると言いたげじゃない」
「なんだい、気づかなかったのかい?」
クライヴ兄様がニッと唇を歪めます。やだわミラベルったら。兄様はシスコンがキモいからあまりモテませんのに。
ヒューバート様が顔を顰めました。
「そういえば、シンシアの介添えをアーサー殿下がやりたがっていたけど、断っておいた。ずいぶん君に執着していたが……前はミラベルを狙っていたはずなのに」
クライヴ兄様が満足そうに頷きます。
「俺たちが乗っ取った君らの結婚式で『この顔は新婦にやられました』と正直に言ったんだ。あっさりミラベルから手を引いたな。切り替えが早い」
ヒューバート様は不満げです。
「さっきだって、教会の外にいたアーサー殿下は、シンシアを凄い目で見ていた」
「すごい目?」
「君を食べちゃいそうな目だよ」
豚ロースではありませんわ、まったく!
あの方にモテても、ありがたくございません。
兄妹の合同結婚式ということで、地母神教会には多くの親族や友人が集まっています。
ウェディングベールは、母が過去に使用した古い物を使うことにしました。
全身が隠れるのはもったいない、とヒューバート様がおっしゃったからです。
「見せたくないけど見せたい、ジレンマだね」
彼はそう苦笑しました。
「それは、わたくしが醜い豚だから──」
言いかけたわたくしを遮り、彼はため息とともに言いました。
「それはもう無し。君は僕が言ったことにずっと囚われていた。だから今度はこの言葉を信じて。シンシアは可愛い。どんなシンシアでもね」
わたくしは、可愛い!
その言葉に背中を押され、わたくしは自信満々にミラベルとウェディングロードを歩くことができたのです。
──間に、涙でビチャビチャなお父様を挟んで、ですが。




