ナルシスト誕生【ヒューバート視点】
ステイプルトン一家が隣の屋敷に引っ越してきて、年の近かった僕たち四人はよく遊ぶようになった。
幼いシンシアが僕とミラベルを初めて見た時、萌黄色の瞳を大きく見開き、放心したように立ち尽くしていたことを今でも覚えている。
「あら、固まっちゃったわね」
僕の母がそう言って笑った。
後でミラベルと話した。あの子は、貴族を間近に見るのが初めてだったのかもしれない、と。
それからシンシアは僕にすっかり懐き、ポテポテと付いて回り、まるで僕を神か英雄かのように崇め奉ってきた。
貴族の令嬢たちから容姿や家柄を褒められることは多かったが、それは将来の結婚を狙った美辞麗句だと警戒していた。
だがシンシアは駆け出しの新興貴族の娘。僕と結婚することは身分的にあり得ないと子供心に思っていたから、彼女からの賛辞は素直に受け取れた。
僕はもっと「カッコいい」と思われたくて、立ち方や仕草、気品ある言葉遣いを研究し、彼女の前で披露した。
ミラベルからは「何回髪をかきあげるの? キモい」とか「腰に手を当てて斜めに立たないで!」とか「薔薇を口に咥えるなら棘くらい抜きなさいよ」「語尾にジュテームって何!? いただきジュテームって意味不明!」と口やかましく言われたが、シンシアがうっとりしてくれるのが何より嬉しかった。
彼女の賞賛を浴びるうちに、僕はいつの間にか自分を「すごい人間」だと思い込み、さらに「シンシアは何を言っても怒らない、何を頼んでも断らない、絶対に僕を嫌いにならない」という都合のいい幻想まで抱くようになっていた。
それで……あんなことになった。
だが、シンシアが僕を避けて南部に閉じこもってしまってから目が覚めた。
嫌われたと思った途端、築き上げた「完璧な僕」はあっさり崩れ、かっこいい僕など虚構だったと知った。
その時やっと、自分が自分勝手でデリカシーのない、醜い豚男だと気づいたのだ。
※ ※ ※
三年前、ナディーン嬢とのことは最初こそ落ち込んでいたが、日々の忙しさですぐに忘れていた。
結局、振られたこと自体がショックだったのだと気づいた。
彼女の人間性を好きだったかと問われれば、今となっては分からない。
ただ、領地を護ろうとする心意気に敬意を抱き、それを初恋だと思ったのは確かだった。
そして──裸。控えめな大人の色気に惑わされたことも否定しない。
なぜなら女嫌いの僕には、女性の裸への免疫がまったく無かったからだ。
せいぜい庭の池で噴水を浴びながらキャッキャしているミラベルとシンシアの幼児体型くらいしか、実際に見たことがなかった。
しかし、ナディーン嬢が領地を去った時と、シンシアが僕と会ってくれなくなった時の痛みは、まるで別物だった。
振られた小さな痛みの上に、あまりにも大きな苦痛が重なったのだ。
さらに社交クラブでナディーン嬢の噂を聞き、すっかり冷めてしまった。
彼女は他の貴族令息にも同じように裸で一芝居打っていたらしい。
領地のために僕だけを選び、体を捧げようとした行為に心動かされたのに、安売りされてはありがたみがない。
そのことを知っても「領地を救うため必死だったのだろう」と思うだけで、特にショックではなかった。
要はその程度の存在だったのだ。
一方で、シンシアに会えなかった月日は、僕にとんでもない苦痛を与え続けた。
謝罪したいとクライヴに頼んでも、「シンシア、他に好きな人が出来たって言ってたぜ?」としか言わない。
さらに「君、俺の妹に嫌われるようなことしたの?」と聞いてきて、答える前に二、三発殴ってくる。
結局、彼は煙に巻いて居場所すら教えてくれなかった。
その時は「好きな人が出来た」なんて嘘だと思った。あれほど僕を好きだったのに、突き放されて怒っているだけだと。
ところが三年間、彼女に会うことは叶わなかった。
クライヴの僕への態度は変わらないのに、妹に会わせまいとする意志は固かった。
唯一の機会は、去年のミラベルの誕生日。
帰国できない僕に代わり、シンシアが王都に来ることになった。
仕事を投げ出してエロスト王国から戻れば会える……。
しかしクライヴは「君が来るならシンシアは来ない」と手紙を寄こした。
確かにそうかもしれない。僕がいるから戻らないのだろう。
結局、族長が「酒宴じゃあ~」と言って放してくれず帰国できなかったが、ひと目でいいから……陰からこっそりでもいいから、シンシアを見たかった。
あの子羊に会いたい。
領地の羊たちに囲まれていても、満たされることはなかった。
シンシアが一匹~シンシアが二匹~、いくら数えても、安眠は訪れなかった。
もう褒めてもらわなくていい。嫌っていていい。
だからとにかく会わせてください、地母神ギャイア。
何度祈ったか知れない。




