醜く下賎な豚と2度目の婚約破棄
来訪者をひと目見た瞬間、わたくしははしたなくも「げぇえぇえっ」と叫びそうになりました。
玄関ホールにいたのは、ストーンヒルズ夫人だったのです。
な、何の御用かしら。お供も連れず、お一人のようです。
ヒューバート様の遠縁なので、明日の式にはストーンヒルズ夫妻をご招待しておりました。
でも、本日は身内だけで過ごす日だとお判りでしょうに。
「夫人、いったいどうされました? 式は明日ですが」
ヒューバート様の声にも、不信感が滲んでおります。
わたくしは彼の隣にぴったりついておりました。
だ、だって、もしかしたら──
「ヒューバート様、わたくしのモノにならないなら、貴方を殺してわたくしも死にます!」
タタタタ、サクッと刺そうという魂胆かもしれません。
そんなことさせませんから! 火掻き棒でも持ってくればよかったわ!
「立ち話もなんでしょう。エントランスでは冷えますから、どうか応接室にいらしてください」
ところがストーンヒルズ夫人は、不可思議な笑みを浮かべ、余裕たっぷりにわたくしたちを見比べました。
長年好きだった人の結婚式直前とは思えません。
「ちょうど良かったわ。シンシア嬢もお揃いでしたの」
ナディーン様は、その場でわたくしにおっしゃいましたが……ここステイプルトン邸ですけど!?
「ヒューバート様、明日の結婚式はおやめください」
「……は?」
わたくしたちは顔を見合わせました。
「ストーンヒルズ夫人──」
「ナディーンと」
「え?」
「どうかナディーンとお呼びください、ヒューバート様。夫は先ほど息を引き取りました」
わたくしたちは呆然と立ち尽くします。
「なんてことだ」
「お、お気の毒です」
ナディーン様はクスッと笑いました。
「あら、どうして?」
聞き返され、ヒューバート様は戸惑っております。
「わたくしがあの老人と結婚したのは、お金のためです。でなければ誰が下賤の血の者と夫婦になどなりましょうか」
ザクッと心理的な刃がわたくしの胸を突き刺しました。自分が言われているような気がしたのです。
でも違うもの。ヒューバート様はわたくしの持参金が目当てではないもの。
ヒューバート様が険しい顔でおっしゃいます。
「先ほど亡くなったということは、通夜は明日ですか?」
「ええ。ジョシュアは今、王立病院に安置されております」
ヒューバート様が首を横に振りました。
「申し訳ない。夫人は近しい血縁者ではないため、式の延期まではできません。急すぎて、明日までの連絡手段が無い参列者が多い。何よりも、王太子殿下とアーサー殿下のご予定は簡単には変えられません」
しかしナディーン様は、なぜかヒューバート様ではなく、わたくしに向かっておっしゃいました。
「あら。結婚そのものが無くなるんですもの。式は延期ではなく、中止です。そうでしょ? シンシア様」
「何をおっしゃっているのです?」
わたくしは震え上がりました。ナディーン様は、醜いわたくしの心を見透かすように続けました。
「ねえシンシア様。あなたまさか、侯爵家に平民の血を入れるおつもり?」
青ざめるわたくしの隣で、ヒューバート様が怒りの声を上げます。
「時代錯誤な考えは捨てたまえ。我々貴族は特別な存在ではない」
「ヒューバート様、わたくしにはジョシュアの莫大な遺産が入ります」
わたくしの鳩尾に、蹴られたような衝撃が走りました。それは……つまり……。
ナディーン様はわたくしを見据えながら、ヒューバート様におっしゃいます。
「わたくしがあなたのくだらない羊を全部買い取りますし、侯爵領の土地税も肩代わりいたしますわ。だって掃いて捨てるほど、お金があるのですもの」
ヒューバート様は自分の力で何もかも解決したい方ですから、きっぱり断りました。
「その必要はないよ、夫人。僕は施しは受けな──」
「その平民上がりに資金援助してもらうよりは、あなたのプライドは傷つかないでしょう? 結局あなたも、根っこは時代錯誤な貴族ですもの。ね、ヒューバート?」
呼び捨てぇえええ。
「わたくしは今、おそらく王族に匹敵するほどのお金持ちですわ。ですからハートフィールド伯爵領も蛮族から買い戻せるし、あなたの心も手に入れることができるの」
視線で人を切り裂けるなら、わたくしは細切れになっていたでしょう。
ナディーン様は狂気のように鋭い目で、このわたくしを睨めつけました。
「三年前、わたくしから奪ったヒューバート様を返していただきます。この醜い下賎の女!」
瞬間、わたくしは耳を塞いで叫んでおりました。
「ヒューバート様、あなたとの婚約を破棄しますっ!」




