はしゃぐ豚
わたくしはウキウキしながら、一足先に列車へ乗りました。
専門店から「ウェディングドレスが完成したので一度試着に来てほしい」と速達便が届いたのです。
今流行りのデザイナーだと伺っていたのに、思ったより早いではありませんか!
きっとクライヴ兄様が、仕立て代を上乗せして急がせたのでしょう。
一生着ることはないと思っていたウェディングドレス。膨張色だろうが構うものですか!
この時のわたくしは、ヒューバート様と過ごす日々があまりにも幸福すぎて、はしゃいでいたのです。
……もしかして本当に、ヒューバート様と一緒になってもいいのかもしれない。後継者のことは、時間が経てばどうにかなるのかもしれない……。
そんな希望に満ちた未来を、つい想像してしまうほどに……。
※ ※ ※
王都のステイプルトン邸に到着すると、母が誇らしげにドレスを見せてくれました。
「後でショップのお針子さんたちが来てくれるわ。最後に試着して微調整をしたら完成ですって」
ハンガーに掛けられたそれを目にした途端、思わずほーっと息が漏れます。
胸元はロールカラーのオフショルダー。
肉々しい胸や二の腕までカバーしてくれるデザインで、肩から滑り落ちそうな危うさが素敵。
さらに上品なAラインのおかげで、お尻も大きく見えないはず……いえ、希望的観測ですが。
そこへミラベルが「間に合った!」と叫びながら、庭に面した窓から乗り込んできました。……また垣根を越えてきたのね。
「できたわ! お店から共布をもらって作ったの」
彼女が差し出したのは、レースのフリルにスカイブルーパールを散りばめたヘッドドレス。
「わたくしの手作りよ。サムシングブルーね」
「す……すご」
豚に真珠とはいえ、なんて綺麗なのでしょう。
「普通の白い真珠だと、髪がクリームブロンドだから目立たないかなと思って……」
わたくしは言葉を失いました。東の海でしか採れないスカイブルーパールは天然物だと非常に高価だと聞いております。
それに細かい刺繍まで施されているなんて。ミラベルにこんな特技があったとは。
「私、悪役令嬢だから、なんでもひと通りこなせないとダメなのよ。その中でも刺繍は大の得意」
「素敵よ、ミラベル」
感極まって泣いてしまいました。わたくしのように間違いを犯した雌豚でも、結婚を楽しんだっていいじゃない。
その時お母様が、そっと耳打ちしました。
「ミラベルったら、自分の宝石を全部売ってスカイブルーパールを買ってきたのよ。わたくしが出すと言ったのに、どうしても自分で全部やりたいって」
それから母は、わたくしが先に買っておいた大きめのベールを取り出しました。
「本当にこれにするの? ベールはサムシングオールドだと思って、私の時のを用意していたのに。それにこれだとドレス姿が隠れてしまうわよ」
お母様ったら分かっていませんわ。確かにドレスは見せたいですが……着るのがわたくしなら台無しになってしまいます。
そこへクライヴ兄様がメモ帳を片手に現れました。
「披露パーティー用の料理の確認、招待状発送……あと何かあるかい?」
そしてわたくしが到着していたことに気づくと、無言で近づいて抱きしめ、頬をすりすりしてきます。
「なんだか寂しいな。すぐ戻ってくるとはいえ」
「え?」
母とミラベルが同時に聞き返しました。兄様は咳払いして「なんでもない」と言い、さらに口の端を歪めて、意味深に零しました。
「まあ、そうならないかもしれないし?」
クライヴ兄様ったら……わたくしは頬を赤らめます。
屋敷内がどことなく浮き足立ち、ソワソワする中、母がわたくしにこっそり囁きました。
「後で初夜について教えるわ」
わたくしは余裕たっぷりに申し上げました。
「必要ありません」
「でも、習う前に学院を辞めてしまったでしょ? その後引きこもっていたから、あなた何も知らないんじゃ……」
「お母様、今の女子学生は進んでいるので、わたくしも耳年増なの」
それに、母親からというのは、なんだか照れるのです。居た堪れないと申しますか……雄しべと雌しべの話でもされそうで。
お母様も気恥ずかしかったようで、少しホッとされた様子。
「本当に? 正しい知識なの?」
「まず裸になって男性をクラクラさせ、その隙にベッドに押し倒しチュウして繋がれば子作り完──」
「身も蓋もないっ!」
お母様は狼狽して周囲に目を走らせ、咳払いして小声で付け足しました。
「まあ露骨な言い方をすればそうですけどね。もう少し恥じらいを持たないと」
確かに、模範的な上流階級の淑女にあるまじき大胆な行為です。
男性にヘッドロックをかけて、寝技に持ち込むなんて……。
「まあそれだけ分かっていれば大丈夫ね。……あとは旦那様にお任せすればよいわ」




