豚に慣れる努力を?
その夜、寝支度を整えたわたくしのもとへ、ヒューバート様がいらっしゃいました。
ガウンを羽織った寝間着姿を目にした瞬間、わたくしったら、また棒立ちで見とれてしまったのです。
寝間着姿の、なんとお可愛らしいこと……。
「夜分遅くごめんね」
ヒューバート様は、ナイトドレス一枚のわたくしをあまり見ないようにしながら、切り出されました。
「よく考えたら、君が客室なのはおかしいんじゃないかと思って」
あまりに美しいその姿に見とれてしまい、言葉の意味が頭に入りません。
「ほえ」
アホ丸出しの声を出してしまいました。返事なのか、うめき声なのか、自分でも判然といたしません。
「寝ぼけているのかい?」
ヒューバート様がクスッと笑います。
ああ、だめです。素敵すぎて、もう死んでもいい。
「僕たち婚約しているわけだし、同じ部屋で寝るべきかなと」
「ほぇええええええええ!?」
慌てるわたくしの口を、彼の大きな手のひらが押さえました。
「しーっ。ストーンヒルズご夫妻が起きてしまうよ。年配の方は寝るのが早いんだ」
温かい手が唇に触れて……わたくし、野豚のようにフゴフゴ嗅ぎたくなりました。
「もちろん、何もしないよ。ただ、その……少し触れ合えば慣れるかなと思って……」
気まずそうに言う彼の言葉に、わたくしはハッといたしました。
──そうでしたわね。
彼にとってわたくしは、真っ裸で迫っても心動かされない醜女。結婚前に「テスト」をしているのでしょう。
わたくしと同衾して、今度こそムラムラするかどうかの……。
するわけがないのですが、この三年で何か変わっていれば……と、思いたいに違いありません。
彼は侯爵家の当主です。遺言に従うと決めた時、後継者を儲けることも、当然頭に浮かんだはずですから。
「あ、ご安心ください」
わたくしだって、早く気づいてもらうために来たのですよ? もちろん持参金を渡すため、一度は結婚していただかねばなりませんが……。
「わたくしはそのうちヒューバート様と……」
──離婚するので、夜の営みの心配はなさらなくていいのです──
危うくそこまで口にしそうになり、慌てて飲み込みました。
そんな露骨な言い方をすれば、義務感で娶ろうとしている彼の体面を、深く傷つけてしまいます。
「大丈夫ですわ、そんなこと気になさらないで。きっと上手くいきます」
「……う、上手くいくとは?」
ヒューバート様が顔を赤らめました。
「夫婦生活は、僕を信用してくれているってことかな?」
どう返すべきか分からず、わたくしは唇に人差し指を当ててしばし考えました。
困りましたわ……。
ですが、そのうち彼も思い知るでしょう。わたくしと男女の関係になることが、難しいということを。そう遠くはない未来──おそらくは、初夜で。
「なるようになるのかな、と思ったのですわ。だってヒューバート様ですから」
煙に巻くような言い方をいたしました。
すると彼は、なぜかわたくしの人差し指に目を留めたまま、名前を呼ぶまでぼんやりしておられました。
「ヒューバート様、どうかなさいました?」
「あ、いや。ごめん、唇が艶々……いや、ぼうっとして……眠いのかな。とにかく、君はもうすぐここの女主人になることだし、主寝室においで」
「はい」
…………じゃなくてぇえええ!
思わず返事をしてしまいましたが、一大事です。
「いや、ですから一緒の部屋までは、必要無いと申しますか──」
わたくしがムラムラしてしまう!
「ほら……冷えてしまうから、早くおいで」
ヒューバート様はわたくしに自分のガウンを被せ、手を引いて客室から連れ出し、主寝室へと導かれました。
温かく大きな手が、わたくしの手を握っています。
じわっと涙が出そうになりました。
昔はこの手で、よく頭をグリグリしてくださったものです。
お尻をポンポンしながら「いいサシ入ってるね」なんてジョークを飛ばしていた頃、わたくしがどんな気持ちでこの手に身をゆだねていたか……。
きっと分からないまま、やがて疎遠になるのでしょう。
まだ結婚もしていないのに、もう離婚後のことを考えてしまい、物悲しくなりました。
主寝室に入ると、わたくしはソファーに寝ころびました。
ヒューバート様は眉を顰め、わたくしを見下ろします。
「何やってるんだい?」
「え、寝室を共に」
ため息を吐いた彼はベッドに腰かけ、膝を叩きました。
「ここにおいで」
わたくしはソファーの上で目を丸くしました。何をおっしゃっているのかしら、この方。
ヒューバート様は悪戯っぽく笑います。
「僕たちはまだ気まずいから、距離を詰めようと思ってね」
彼がポンポン叩いている膝を見て、わたくしは警告いたしました。
「石を乗せる拷問のように、お御足が潰れますわよ」
「え? 言っている意味が──」
「昔そうおっしゃいましたわ。たまにはわたくしのことも膝枕してください、と申し上げたら」
ヒューバート様が激しく動揺なさいました。
「僕が? そ、そんなこと僕が言ったのかい?」
「ヒューバート様は、わたくしの膝枕が大好きでしたから」
そうだわ! わたくしはぴょこんとソファーから立ち上がり、ててててとベッドへ駆け寄って、彼の隣に座りました。
そして太ももをポンポン叩きます。
「膝枕、どうぞ」




