この豚を紹介なんてとんでもない!
お客様がお帰りになると、ダイニングで皿を片付けていたわたくしのところへ、ヒューバート様が現れました。
屋敷の主人が地下の作業場に顔を出すなど思いもよらなかったのでしょう、厨房のスタッフは一様に固まります。
「片付けはいい。君は使用人じゃないだろう、シンシア」
呆れ顔のヒューバート様。
「僕の婚約者じゃないのかい?」
その瞬間、コック長の目がくるりとひっくり返り、白目をむいたまま倒れてしまいました。キッチンメイドたちが慌てて駆け寄り介抱します。
ただ一人、マーガレットだけは「何だべ? 発作だべか? オラが人工呼吸すっぺよ」と、違う意味で青ざめておりました。
「晩餐の席で皆に紹介したかったが……その姿では恥ずかしいだろうから、今日はやめておいたよ。さ、湯浴みを済ませて、ゆっくり休みなさい」
ヒューバート様にズルズル引っ張られ連行されましたが、とんでもない! 恥ずかしい婚約者を紹介なんて、絶対にさせません。メイドに徹していて良かったですわ!
「湯冷めしないようにね」
階上へ送りながら、ヒューバート様はふと遠い目をされました。口元に微笑が浮かびます。
「君はよく、お腹を出したまま寝ていたから」
わたくしも思い出しました。全裸で迫ったら、お腹にパジャマをぐるぐる巻きにされた日のことを。
へへへ、と頭を掻きながら、大人しく部屋へ向かいます。
──ヒューバート様から女性として見られることは、一生なさそうですわね……。
「ジンジアざん」
客室の扉を開けようとしたところ、嗄れた声に呼び止められました。振り返ったわたくしは、一瞬ビクッとなります。
幽鬼のようなナディーン様が立っていらしたからです。通訳のし過ぎで喉をやられているらしく、その声が余計に恐ろしく響きました。
「言っておぎまずけど、わだぐじヒューバート様を諦めたわげではございまぜんから……がはっ」
「な、なんですって!」
驚愕ゆえの声でしたが、ナディーン様はもう一度繰り返そうと必死です。けれど声はガッサガサで、結局途中で諦め、舌打ちして自室へ戻っていかれました。
信じられません。ご結婚なさっている身で、婚約者のいるヒューバート様をまた狙うなんて……鮫令嬢、いえ、鮫夫人ではございませんか!
なんて醜い女!
そのとき、廊下の壁に掛かった楕円形の鏡に、ランプの明かりに照らされた自分の顔が映りました。
……その顔は、意地悪く歪んでいました。
「醜いのは、わたくしですわね」
ナディーン様の結婚相手を見れば分かります。好きで選んだわけではなかったことくらい。
彼女はわたくしの讒言で、ヒューバート様との結婚を泣く泣く諦めたのです。
確かに昔は、ヘビントン侯爵家の財産目当てだったのでしょう。
けれど借金まみれのヒューバート様に今なお執着する理由を考えると──彼を忘れられないから。純粋で一途な恋ゆえとしか思えません。
わたくしは唇を噛みました。罪悪感で吐きそうです。
だけどもう無理なのです、ナディーン様。
「だってあなたは既に、結婚してしまったのだから」
三年前、ヒューバート様に言って怒らせた言葉を、もう一度ひとり呟きました。
鏡には、いっそう醜いわたくしの姿が映っておりました。




