メイドになった豚
トレーにシャンパンを載せ、わたくしは厨房とダイニング、ホールの間をくるくると動き回っておりました。
けれど、少々息苦しいのですわ。
マーガレットから借りたメイド服は胸とお尻がきつく、どうにもサイズが合いません。身長は同じくらいなのに……。
商談で訪れたお客様たちの視線がやけに体に集まるので、居心地も悪くて仕方ありません。
やっぱり、パツパツですわよね……。
「ご歓談中失礼いたします。晩餐の用意が整いましたので、ダイニングルームへどうぞ」
そう声をかけると、ヒューバート様は一度わたくしを見てから皆を誘導しようとしました。
ところが、何かに気づいたように再び視線を戻し、顎をあんぐり落とされたのです。
「シ、シンシア!? 君は何をしているんだい!?」
「何って、お手伝いを」
厨房のコック長からも、
「お嬢ちゃん、新しいメイド? フットワーク軽いじゃん。地下の厨房から階段を二段飛ばしでホールに行けるなんてすごいよ。給料上げてもらいなさい」
と大変感謝されました。
従僕たちも惚れ惚れとわたくしを見ていましたし、マーガレットからは「メイドの素質があるべさ」と褒められました。
聞けば、多くの使用人が経費削減のために辞めさせられたそうです。
けれどヒューバート様は、一人一人にしっかりした紹介状を用意し、ここよりずっと良い待遇の働き先を見つけてから解雇されたのだとか。
さすがはヒューバート様、と心から思いました。
だからこそ、わたくしは彼の助けになることなら何でもいたします。期間は限られているのですから。
ヒューバート様は何か言いかけましたが、農園主の紳士に呼び止められてしまい、その隙にわたくしはお客様をダイニングへご案内しました。
晩餐の席ではジョシュア卿がナディーン様の通訳を得て、商談を滞りなく進めておりました。
断片的に聞こえてきた話から、彼らは近くの煙草農園を買おうとしているのだと分かります。
葉巻や紙巻煙草は昔は貴族の贅沢品でしたが、今や労働者にまで広がり、市場は拡大中。
ヘビントン侯爵領の隣にある農園の煙草は、フルーティーな香りを持つ超高級品で、煙が苦手な女性にも不快感を与えないのだとか。
煙いのは嫌ですから、わたくしも良い品だと思います。
ジョシュア卿は大の愛煙家で、どうしても手に入れたい様子。
ご自分の鉱山の一つを売ってでも、落札するつもりだそうです。
壁際で給仕と並んで控えていたわたくしも、なんだか参戦したくなってしまい、ウズウズしていました。
するとヒューバート様が席を立ち、そっと耳打ちされます。
「お願いだから、君はこの場にいないでくれないか」
苛立った声でした。
ハッとして彼を窺えば、眉間に皺を寄せ、渋い表情をしていらっしゃいます。
婚約者としてでなく、使用人として振る舞う分には迷惑ではないのでは──そう思ったのは誤算でした。
「シンシア、みんなが君を見るのが嫌なんだ。そんな体つきで……そんな格好でウロウロしないでくれ」
ナディーン様の「だらしない体」という言葉が脳裏をよぎります。
わたくしは後のことをマーガレットに任せ、大慌てで地下へ飛んでいったのです。
そうでしたわね、わたくしいるだけでみっともないのです。だから皆さん、わたくしをジロジロ見ていたのだわ。
結局彼に恥をかかせてしまいました。良かれと思ってしたことが、裏目に出てしまうのです。
まったく、わたくしはダメな婚約者。
情けなさで、涙が零れそうになりました。
けれど失態は、泣いていて取り戻せるものではございません。
目が回りそうになっているキッチンメイドを手伝い、ひたすら料理の飾りつけに励みました。
そうですとも。彼やお客様の目に触れないところでなら、いくらでも助けることができるのです。
──でも本当は、晩餐の席で商談を支えるヒューバート様を、こっそり陰から見ていたかったのですけどね……。
インフルやばいっすね! 皆気をつけて!
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