デブジャ
そんなわけで、ヘビントン侯爵のマナーハウスに押しかけることになったわたくしです。
王都から侯爵領の一部まではすでに列車が通っており、三時間で到着してしまいました。便利すぎて恐ろしいほどです。
離婚前提で結婚を受けたことを彼に気づかれないように──そして、好きが溢れ出ないように──冷静に接するつもりでした。
……つもりだったのです。
けれど、懐かしい侯爵邸を前にした瞬間、三年前のあの頃に逆戻りしたみたいに胸が弾みました。
「今度こそ彼の妻になるのね」と。
わたくしはパチンと頬を叩き、気持ちを強制的に現実へ引き戻しました。
違います! 妻にはなるけれど、ほんの一瞬ですわ!
執事が出てくる前に、急いでライオン形のドアノッカーを鳴らしました。
ところが。
デブジャ……いえ、デジャブですわ。
「コンコン来ちゃった」奇襲は、またもや不発に終わったのです。
──悪夢再び。まるで三年前にタイムスリップした気分でした。
扉の向こうには、まるで女主人のような顔つきでナディーン様が立っていたのです。
彼女はわたくしを上から下までじっくり眺め、鼻先で笑いました。
「あら。ついにはお金でヒューバート様を買った、元肉塊ね」
耳を疑いました。本性がダダ漏れですわよ!
「ス、ストーンヒルズ夫人、どうしてあなたが……?」
「夫の仕事の関係です。この先の農園が競売にかけられるのよ」
ジョシュア卿、農園経営にまで興味を広げられたの? 鉱山だけじゃ飽き足らないのかしら。
「ヘビントン侯爵とは列車のコンパートメントが隣でバッタリ。偶然というより運命かと思いましたわ」
……偶然以外の何ものでもありませんけれど!?
「遠縁とはいえ、わたくしはヒューバート様の親戚ですから、屋敷に招待していただいたの」
事情説明を終えるや否や、ナディーン様はまたわたくしの体を値踏みしながら、口の端を吊り上げました。
「ふーん。お金で釣っただけじゃないのかしら。だらしない体になったものね。それでヒューバート様を篭絡したの?」
「だ、だらしない体とはなんだべ!?」
付き添いのマーガレットが、背後で低く唸りました。わたくしのために怒ってくれたようです。
わたくしは羞恥で顔が真っ赤になりました。
今日は普段着のデイドレスですが……こんなことなら、ビジネス用に買ったテーラードスーツを着てくればよかったわ。あれならだらしないなんて言わせなかったのに。
「ヒューバート様は明日、農園主や、農園を買いに来ている新興貴族の皆さんを招いて、晩餐会を開いてくださるそうよ」
晩餐会? 侯爵家にそんな余裕があるの? 見渡せば使用人が目に見えて少ないのに。
そこへ、ヒューバート様がジョシュア卿を伴って、エントランスホールに現れました。
「シンシア!」
ヘイゼルの瞳が見開かれ、驚いた表情がそのまま伝わってきます。
「ヒューバート様、来ちゃいました……」
その瞬間、悟りました。
──彼の姿を眺めているだけで、わたくしは満足してしまうのだ、と。
うっとり見入り、しばし棒立ちになっていると、ジョシュア卿が握手を求めてきました。
「ヘビンホンコウヒャクニョコンニャクサノ〜チンチアビョウジェシュナ〜」
……よい入れ歯を差し上げなければ。
わたくしはヒューバート様を隅へお呼びしました。
「あ、あの、晩餐会を開催されると伺ったのですが、費用はどのように工面──」
言いかけて、わたくしは息を呑みました。
なんてこと。彼はお金の心配をされるのを嫌うのに、わたくしとしたことが……!
案の定、ヒューバート様は表情を固くしておっしゃいました。
「費用はあちらが持つということだから……。場を提供したのは、農園の周りに商談に向いた場所が無いと相談されたからなんだ。……僕の見栄ではないよ」
「そ、そのような意味で申し上げたのではございません……!」
彼は沈んだ表情を隠すように、背を向けてしまいました。
胸がズキズキ痛みます。どうして余計なことを言うのかしら、わたくし……。
彼の誇りを傷つけてしまった。
それにしても、使用人が少なすぎます。そんな状態で晩餐会などして大丈夫なのでしょうか。
何人来るのかもわかりませんし……。
マーガレットを連れて来られただけ、まだマシですけれど。
あとは──お金の話以外で──何か手伝えることはないかしら。
わたくしは必死に考えました。




