豚から離婚を切り出されたら、傷つきますわよね
「いいことじゃないか」
クライヴ兄様がおっしゃいましたが、わたくしは首をブンブン横に振りました。短い髪が頬に当たります。
「だって、けっきょく彼が困ることになるのですよ?」
「シンシア……君は彼が好きだろう? まあ俺の次にだろうが。向こうだってお前のことは大好きだ。デレデレだったじゃないか」
「妹としてですわね……」
あるいはペット。
「前にお兄様がおっしゃったとおり、それではダメなのです。ヘビントン侯爵家に後継者が望めなくなります。わたくしにムラムラしなければダメなのでしょう?」
「そう……だね」
クライヴ兄様は眼鏡を光らせ、しばらくわたくしの全身を眺めていました。そして、なぜか複雑な表情でおっしゃいました。
「それならそれで、あちらに気づかせないとな。君にムラムラしないということを分からせるんだ。そのためには、少しは触れ合う時間を設けなければなるまい」
「べ、別に急がなくても……ヒューバート様はまだ若いのです。貴族でも結婚は早い方ですわ。後見人が外れたばかりですもの」
……と言いつつ「気づかせる」という兄様の言葉に怖気づいておりました。わたくしは少しでも長く、彼の妻の座に収まっていたかったのです。
「確かにあいつは急がなくていい。でも、女子である君はそうはいかない。早く離婚してもらわなければ、君の再婚が遅れるじゃないか」
クライヴ兄様はそう言って、ニヤッと笑いました。
お兄様ったら、何を考えているのかしら! あれほどわたくしを結婚させたくなかったくせに! そんなにシンシアミニが見たいの?
わたくしは結婚する気などございませんからね! 再婚なんてする気はございませんっ! ヒューバート様以外となんて──。
思わずそう言いかけて、口を片手で塞ぎました。わたくし、何を言っているのかしら。女々しいにもほどがあります。
これは、だめですわ。結婚後も離婚成立までは彼からなるべく離れていないと。
一緒に過ごせば好きが加速し、また醜い女の部分が剥き出しになって、離婚するのが辛くなってしまう。
今からそれを想像し、ゾクッとしました。やはりお兄様の言う通り、早く離婚した方がいいのですわね。
「クライヴ兄様、債務を完済し領地が回りだしたら、わたくしの方から離婚を申し出ますわ」
クライヴ兄様は面白そうに頷きました。
「前回も──偽婚約だったとはいえ──君からだったね。二回もシンシアから振られたのでは、それはそれで傷つくかもな」
大丈夫、本当はあちらからなので……まあ、兄様には言わないけれど。でも──
「確かに……わたくしのような、醜い豚から振られるのは屈辱でしょう。ものすごいナルシストですし、落ち込むかもしれません」
「は? 何言ってるんだ、シンシアは可愛いじゃないか」
そうおっしゃるお兄様をハイハイと流して、考え込みます。
「やはり兄としてしか見ることができなかったから、と申し上げれば──」
そうだわ! あの時の復讐だったと言えばいいのです。わたくしは別れたくなかったのに、と──。
そこまで考えて、頭を抱えてしまいました。バカッバカッ! わたくしが悪いことをして勝手に傷ついただけなのに、何を言っているのかしら。
クライヴ兄様はそんなわたくしを見て、眼鏡を指で押し上げつつ、深い息をつきました。
「俺はヘビントン侯爵家とは対等でいたい。だからこそ、前侯爵への恩を返したいんだ。君はヒューバートとの間に何があったか、彼から絶対に聞くなと言うが……」
わたくしはお兄様から目を逸らしました。やはりギクシャクしているのは分かるのでしょうね。
「和解して──前の仲のいい兄妹関係に戻るなり……そういう……関係になるなり、してほしいものだがね」
クライヴ兄様の呟きは低すぎてよく聞き取れませんでしたが、わたくしは渋々頷きました。
「分かりましたわ。長引くのは誰の得にもなりません。彼の領地に向かい、わたくしではダメだと再認識していただきます」
わたくしの邪な気持ち──未だに残っている身の程知らずの恋愛感情──さえ消すことができれば、実はいつだって元に戻れるのですけどね。
それは分かっているのですが、気持ちは上手くコントロールできないものなのです。




