豚の市場調査
ヒューバート様が領地に戻られたので、ドレスが仕上がるまでの間は王都で市場調査をすることにしました。
去年はまだ髪が肩に届かず、帽子が風で飛ぶのが怖くて街を歩くこともままならなかったのです。
けれど今は違います。
離婚後はひとりで生きていかねばならないのですから、農園のフルーツの販路を広げなければ!
王都にはスイーツのお店がひしめいています。サトウキビの栽培地こそ遠方ですが、砂糖に加工すれば輸送もしやすく、いまでは庶民でも買えるほどのお手頃な嗜好品。王都はまさにスイーツブームの真っ只中です。
危ないところでしたわ。満腹中枢が壊れていたあの頃の私なら、お店をハシゴしていたかもしれません。もう太るのはごめんですもの!
王太子カップルと入ったアイスクリーム屋さんを皮切りに、わたくしは果物の瓶詰めを試供品としてあちこちに配り歩きました。
列車の開通で北部から氷室へ氷を大量に運べるようになり、製氷機の開発も進んでいると聞きます。これからはアイスクリームの時代ですわ。温暖化ですもの!
冷たいアイスの上に南国フルーツを載せ、フルーツフラワーを飾り付けて、可愛いグラスとスプーンで提供すれば女子受けも狙えるでしょう。
街にわざわざ食べに来たがったエレナ様を思い出します。
高価なバネチアングラスを器にすれば、宮廷でも大流行間違いなしです!
レストランにも足を運び、南国農園のジュレやソースを料理に試してもらいました。輸送を確保できれば、生鮮フルーツも購入してもらえそうです。
そんなふうに忙しくしていたので、最初の数日間はクライヴ兄様が険しい顔でわたくしを見ていることに気づきませんでした。
「シンシア、一応今は婚約期間だぞ。お互い忙しいのは分かるが、どちらかが時間を作らなきゃならん」
お兄様に言われて、わたくしはきょとんとしました。
「どういう……」
「ヘビントン侯爵の領地に押しかけたまえ」
わたくしはふるふると首を横に振りました。三年前のことを思い出したのです。
「嫌です」
「しかし、周囲の目もある。ドレスが出来上がり次第彼を王都に呼び戻し即結婚、そして彼の領地経営が回り始めたら即離婚──となれば、ヒューバートが体裁を気にしないか?」
でも、ヒューバート様はわたくしと一緒にいるのがお辛いはずなので……。
「君が『やり直したい』と言っていたことも、持参金を渡すための方便だったと公言するようなものだし」
「う……」
そういえば、わたくしは三年前の偽婚約の解消を後悔していることになっていました。
本当はヒューバート様から振られたのですが、クライヴ兄様はそれをご存じないのです。
「あのプライドの高い男のことだ。あまり嬉しくはないだろうな」
そう言われ、わたくしは謝罪してきた彼の姿を思い出しました。
実は、ヒューバート様がこの話を受けたのは、わたくしの持参金を当てにしたわけでも、ご両親の遺言のためでもないと、なんとなく感じていたのです。
おそらく三年前の償いのつもりなのではないかと……。
「お兄様。ヒューバート様は、まだ結婚していないわたくしを見て、本当にこのまま責任を取るつもりなのではないかと思ってしまうのです……」
もちろん、ご両親の遺言も彼にとっては大事でしょう。ですから、ご自分から婚姻関係を終わりにするとは思えません。




