こんな豚と踊らせる訳には……
アーサー殿下はヒューバート様を押しのけ、わたくしの顎を掴んで顔を上げさせました。
「殿下っ!」
ヒューバート様の咎める声を無視し、アーサー殿下はわたくしをつぶさに観察します。
「これは……驚いた。これがあの成金令嬢か」
成金令嬢……。
「そうだよなぁ。侯爵家の窮乏は、ステイプルトン家くらいの金持ちじゃないと救えんもんな」
「──っ」
ヒューバート様が言葉に詰まりました。
それは彼にとって、まさしく辱めの言葉だったからでしょう。
まったく、王族とはこういうものなのでしょうか!
王太子殿下同様、アーサー殿下の表情には悪意が見えず、それがわたくしにはかえって腹立たしく思えたのです。
わたくしは思いきり、アーサー殿下を睨みつけました。
クライヴ兄様とやり合っていたミラベルが、わたくしの様子に気づき「シンシア、堪えて」と囁きましたが、悔しさは収まりません。
殿下はヒューバート様を振り返り、おっしゃいました。
「シンシア嬢は学院を自主退学したんだよな。いつの間にか姿が見えなくなって、つまらなかったのを覚えているよ。ということは、ミラベルよりさらに久しい再会だ。積もる話もあるし、次のダンスを譲ってくれないか」
「しかしシンシアは僕の婚約──」
「ヒューバート様、大丈夫です」
わたくしは慌てて彼の言葉を遮りました。
積もる話などございません。どうせ、ダンベルのような妙な痩せ方をしたわたくしを、笑いたいだけでしょう。
学院のカフェテラスで顎肉をタプタプされたように、今もなお部分的に体にしがみついているお肉を掴み、揉みしだくつもりかもしれません。
典型的ないじめっ子です!
ですが正直、これ以上ヒューバート様を辱められたくなかったのです。
だって、わたくしは醜女で、お金でヒューバート様を買ったようなものですし……。
「アーサー殿下と踊ってまいりますわ」
ヒューバート様がさらに何か言おうとしたその時、会場の入口からどよめきが広がってきました。
王太子殿下が姿を現したからです。
しかも、大きなクマの剥製を引き連れて……いえ、剥製は歩きませんわね。まさか本物!?
わたくしを含め、ダンスに興じていた貴族たちも一様に身構えました。
よく見れば、グリズリーではなく、顔を髭に覆われた大柄な男性たちです。その巨体に灰色の毛皮を纏っていたため、クマと見間違えたのでした。
「やあ弟よ。本日のパーティーの主賓、エロスト王国の王族がたった今到着された。鉄道を逆方向に乗ってしまったらしい」
わたくしたちは慌てて腰をかがめ、頭を下げました。三年前、我が国が煮え湯を飲まされた北部山岳地帯の戦勝国です。
「そういう挨拶はエロストではしないそうだ。皆、顔を上げよ」
王太子殿下が説明すると、クマ──ではなくエロストの王族の一人が前に出ました。
そして野太い腕を突き出し、見せつけるように立てたのです。
「──????」
アーサー殿下や周囲の貴族が戸惑う中、ヒューバート様が進み出て、同じように──ただし反対側の腕を出しました。
グリズリーの顔が輝きます。
二人は交差させるように片腕をぶつけ合い、次に反対側の腕をぶつけ合い、両腕を挙げてハイタッチ、最後に両手で互いを指差して「イエーッ!」と叫びました。
「斬新な挨拶だな。ヘビントン侯爵はなぜ知っている?」
アーサー殿下が驚いて尋ねると、
「正式な貿易の開始が議会で決まりそうでしたので、先に基盤を整えておこうと、しばらくエロスト王国に通っておりました」
ヒューバート様は控えめに答えます。
なるほど、皆が北の蛮族と呼んで恐れていた意味が分かりました。クマの毛皮の下は裸です。
さらに──これは……戦争に負けるのも納得です。全員が筋肉の塊。チラチラ見える胸筋はピクピク動いておりました。
そういえば、蛮族の他に戦闘民族とも呼ばれていましたわ。
ヒューバート様は、ポカンと口を開けて彼らを見ていたわたくしに、
「筋肉が好きなのかい?」
とおっしゃいました。
贅肉よりは好きです! どうやって鍛えたか聞ければ、わたくしの不格好な胸やお尻も……。
「ヒューバート、エロストの言葉が分かるなら話は早い。ちょっと彼らの相手を頼む」
「いや、言葉までは話せません。それに僕は婚約者とダンス──」
「クールハンドシェイクデキルオマエキニイッタ、サケヲクミカワソウ」
ヒューバート様は、髭の人たちに連行されてしまいました。
その時のすがるような目が、忘れられません。
──彼は立派な人です。
婚約者としてわたくしと踊らなくては、という義務感があったのでしょう。
しかし成金のステイプルトン家の令嬢と結婚することは、ヒューバート様にとってあまり名誉なことではございません。
わたくしとダンスをしていれば、あちこちから「金目当ての結婚」と陰口を叩かれるはず……。
それはプライドの高い彼が一番嫌がることに相違ありません。
だって彼自身が、お金目当てに近づいてくる女性をあれほど嫌っていたのですから。
そんなの、結婚披露宴の時だけで十分です。
だからきっと、ホッとしてもいたのだと思うのです。




