美男と野豚
それにしても、王宮の入り口ホールから大ホールへ足を踏み入れた途端、周囲の視線が一斉にわたくしたちへ注がれたのが気になりました。
まるでお披露目ではございませんか! せっかく大きなウェディングベールを購入したのに、この場で姿を晒しては「ヒューバート様の妻になる者は醜女だ」と知られてしまう。
後ろを歩くミラベルとクライヴ兄様が美男美女だから、余計に目立ってしまうのでしょう。
美女と野獣ならぬ、美男と野豚。……わたくしだけ離れた方がよいのではないかしら。
「ホールに入ったら、正面の国王夫妻にご挨拶して。初めての拝謁だろう?」
ヒューバート様に声を掛けられ、わたくしはハッと顔を向けました。
「緊張してる?」
彼から気遣われ、正直に頷くしかありません。
爵位を持たぬ新興貴族なのですもの。緊張して当然です。
こんな貴族だらけの舞踏会なんて──。
ところが、見渡せば知った顔がちらほら。
「まあっ! 学院で同じクラスだった令嬢たちがいらっしゃるわ! 生粋の貴族出身ではないのに……」
「クライヴが言っていただろう? 年収次第で新興貴族も招待されるようになった。ざっと見て三分の一は、事業経営者やその家族だ」
ヒューバート様と自然に会話できていることが、嬉しくて仕方ありません。
国王夫妻にご挨拶し、年内に結婚する旨をヒューバート様がお伝えした時も、両陛下は驚かれる様子もなく──侯爵家の嫡男と新興貴族の娘なのに。
その瞬間、わたくしは時代の変化を感じました。わたくしとヒューバート様の結婚は非常識ではないのだわ!
……けれど頬をパチンと叩いて気を引き締めます。勘違いしては駄目。身分ではなく、わたくし自身が釣り合わないのです。
楽団が演奏準備に入りました。国王夫妻を交えたカドリーユから始まるようで、皆がパートナーを連れて列に加わります。
クライヴ兄様が手を差し伸べてきました。
「さて、我が愛しい妹よ、にーにーと踊ってくれるかい?」
「馬鹿言わないでクライヴ。普通は婚約者と踊るものよ。シンシアはまずヒューバート兄様とでしょ」
ミラベルに窘められ、渋々引き下がる兄様。ミラベルはふふんと鼻で笑い、彼の腕に手を掛けました。
「仕方ないわね、私が踊ってあげる」
「いや、けっこうだ」
「なんでよ」
「君は貴族のくせに下手くそじゃないか」
ああ、王宮のダンスホールでも喧嘩を始めてしまった……。
オロオロしていると、すっとヒューバート様が手を差し伸べてきました。なんと、わたくしにです。
「一曲お願いできるかな」
躊躇しました。婚約者ですもの、踊らないわけにはいきません。
けれど──公衆の面前でヒューバート様のような貴公子と踊れば、まるで見世物。
彼の評判を落としてしまう。
「あの、わたくしクライヴ兄様と違って社交界に出ていないので、ほんとうにカドリーユが下手で……」
「じゃあ何が得意なんだい? ワルツ?」
ヒューバート様が、揶揄うように微笑まれました。
「えと……計算とか。東の国のそろばんが残像しか見えないくらい速いと、農園の会計士に言われました。暗算も得意です。……あら、嫌だわ……金勘定が特技ということになってしまいますわね」
ダンスに関係ないことを口走ったわたくしに、ヒューバート様が吹き出します。
目尻にシワを寄せて破顔されたその姿に、わたくしは萌死するかと思いました。
好き!
気づけばまた頬を引っぱたいていました。
ヒューバート様が慌ててわたくしの手首を掴みます。
「ちょっと! さっきからなぜ気合いを? 痛そうだからやめてくれないか」
だって、ヒューバート様に笑っていただけると、わたくし天にも昇る気持ちになるのです。
まったく、駄目ですね。彼は高嶺の令息。手に入らないものを求めてはいけない。
三年前に学んだはずなのに──。




