この豚を舞踏会に!?
王太子カップルと別れ、なんともグッタリした足取りでフリッツ通りへ向かうと、ちょうどミラベルとクライヴ兄様も歩いてきました。
「どうした、シンシア? 疲れ果てた顔をして……。分かった、腹が減ったんだろう? すぐランチにしよう」
お兄様の中ではわたくしは、食いしん坊のままなのでしょうか。
ですが、違うのです。
三年間、わたくしは社交界に顔を出しておりません。体の不調で静養していたのですから、仕方のないことだとは思います。
けれど──ダンスくらいは練習しておけばよかったと、激しく悔やんでおりました。
というのも、デカメロンパフェを食べ終えた王太子殿下から「王都に滞在しているのなら、今日の王宮の夜会に二人とも来たまえよ」と誘われてしまったからなのです。
「あら、私は元々行く予定だったの。一応ヒューバート兄様にも招待状を転送したはずよ」
その話をすると、ミラベルはそう言いました。
「ヒューバートお兄様、領地管理を家令にだけ任せられないから、欠席の手紙を送ったって言ってたじゃない」
「そうだったっけ……。しかし、また招待を受けてしまった」
気が乗らない様子のヒューバート様を見て、クライヴ兄様が首を傾げました。
「何が問題なんだ? 王都に来ているんだから気軽に出席したまえよ」
ヒューバート様が、わたくしに視線を向けます。
「シンシアは構わない? 殿下からの直接のお誘いを断るのは、無礼かと思うんだ」
本当はわたくしと出席するのが、恥ずかしいのではないかしら。申し訳なくてシパシパ目を瞬かせていると、兄様がおっしゃいました。
「ちなみに、ステイプルトン家は高額納税者ということで、王宮の舞踏会に招待されるようになった。さすがにスケジュールを合わせて、俺も応じるようにしているよ」
わたくしは驚いて、クライヴお兄様に尋ねました。
「パートナーはどなたを?」
クライヴ兄様は顔をしかめ、ミラベルを見下ろします。
「俺も、そしてミラベルも下手に誰かを誘えないんだ。ミラベルは未だに結婚したくないと言うし、俺も今のところ興味がない。勘違いされても面倒だから、二人で行くことにしていた」
わたくしはホッとしました。二人が一緒に来てくれるなら心強いです。
「イブニングドレスを貸してもらえるかしら、ミラベル」
そう言うと、ミラベルは目を見張りました。
「え、持っていないの?」
「ええ、格式に則った物は無いわ。農園では必要なかったし、何を着ていけばいいのやら……。わたくし、今の社交界の流行りも分からないの」
乗馬服やデイドレスならたくさんございますが、露出の多いイブニングドレスは買っても今後着る機会はないでしょう。
この醜い豚めは、結婚披露パーティーが終わったら、もう社交の場には出ませんからね。
それで、わざわざ今夜のためだけに買うのも、どうかと思ったのです。
すると、何か言いたげなヒューバート様と目が合いました。しかし彼はすぐに逸らしてしまいました。
ミラベルはしばらく口を引き結んで固まっていましたが、やがて恥ずかしそうに上目遣いでわたくしを見上げました。
「いいけど、たぶん胸とお尻のあたりがパツパツになるし……その、うちにあるのは全部古いの。メイドのお給料が足りなくて、いいドレスを売ってしまったから」
ヒューバート様が悄然と俯き、小さく「すまない」とおっしゃるのを聞きました。
わたくしとクライヴ兄様は顔を見合わせます。今の侯爵家が困窮していることを思い出したのです。
お兄様はすぐにミラベルとわたくしの背を押し、プレタポルテの店へ連れて行きました。
「この店の既製品、質がいいからな。パートナーを務めてもらうんだから、俺が用意するのは当然だ」
そっけなく言ったクライヴ兄様に、わたくしも同意いたします。
「まったくですわ。わたくしのような豚がミラベルのドレスを着られるわけがないのに」
ええっ? とミラベルが目を剥きましたが、わたくしはヒューバート様に視線を移しました。
「ヒューバート様は燕尾服をお持ちですか?」
「ああ。父のがまだ残っているから、大丈夫だよ」
お古ですの? 他は売り払ってしまったのかしら。
「ですが、何着か必要でしょうし、ヒューバート様のもついでに購入しておいてよろしいでしょうか。クライヴお兄様とサイズも同じくらいですもの。共有なされば便利ですわ」
ステイプルトン家から贈られることを屈辱と思われないよう、額に冷や汗をびっしょり浮かべながら早口で提案します。
ヒューバート様は複雑な表情をしつつも、頷いてくださいました。
それにしても、今夜だなんて。あまりにも急すぎではありませんか。しかもいきなり王宮だなんて!
お作法も忘れてしまったし、笑われたらどうしましょう。
わたくしは三年前の婚約披露パーティーを思い出しました。
あの時は何も分からず、こんな醜い女がヒューバート様の婚約者として紹介されたのですもの。
誰も納得しなかったでしょうし、ヒューバート様まで笑われていたことでしょう。
悪夢がよみがえります。
醜いのはもう仕方ないので、せめて身なりとお作法だけはきちんとしなければ。
しかし結局わたくしにはドレスのことがよく分からず、ミラベルと店員さんに丸投げするしかございませんでした。




