豚と王太子とダブルデート
「それとも、この女性も資産家令嬢なのかね? ご令嬢、名は?」
突然話を振られ、わたくしはドキリといたしました。
しどろもどろで自己紹介しようとしたその時、ヒューバート様が低く掠れ声で先におっしゃったのです。
「彼女がシンシア嬢です。ご報告が遅れましたが、式の日取りが決まり次第、招待状をお送りいたします。ご出席いただけますか?」
言葉は丁寧ながら、握りしめた拳がブルブル震えているのが見えました。
──そうですわ、彼の前で金銭の話は禁句なのです。
ヒューバート様の異様な雰囲気に戸惑う殿下へ、わたくしは慌てて申し上げました。
「殿下、護衛の方々がやきもきして待ってらっしゃいますわ」
「ああ、そうだな。……え? 君が前の婚約者シンシア嬢だと言うのか? ジョークのつもりか? 相変わらず人を笑わせるセンスはゼロだな、ヒューバート」
するとルネール公爵令嬢が、わたくしの髪型を見て口を開きました。
「短い髪に、そのはしたない体。殿下、彼女は娼婦ではなくて?」
「──っ! 違います」
ヒューバート様が食ってかかろうとし、わたくしは彼に恥をかかせてしまったと一気に青ざめます。
その時、護衛の一人が近づいてまいりました。
「殿下、道で立ち話は危険です」
厳しい目を光らせながら、そう進言いたします。
貴族の土地課税が議会で承認されて以来、王族への風当たりは強まっておりました。
王室費が国庫を圧迫したのが発端だ、などという噂が飛び交っていたからです。
議会はもともと、国王の好き勝手な賦課を抑えるための仕組みですのに──今回の課税は、国王大権という反則じみた手段で半ば強引に押し通されたのだとか……。
「ごもっともですわ。お命を狙われる危険が増しておりますゆえ、外出は控えられた方がよろしいかと」
わたくしがそう申し上げると、ルネール公爵令嬢エレナ様が急に甘えた声を出しはじめました。
「えーでもー、あの人気店のデカメロンアイスパフェが食べたーい」
なるほど、パフェは持ち帰れませんものね。
結局アイスクリーム屋へ一緒に行くことになり、二人きりのデートはあっさり終わってしまいました。
まあ、結婚式の準備は一通り済んでおりますし、ヒューバート様に気まずい思いをさせるよりは、良かったのでしょう。
店の外に、コワモテの護衛がずらりと並んだ状態で、さらに迷惑なことに店内貸切にしてのWデザートタイムです。
王族と同じテーブルでアイスを食べることになるとは……恐れ多いですわ。
「まさか、この女性がシンシア嬢とは……」
殿下は、半分に切ったメロンがそのまま乗ったパフェに四苦八苦しながら、そう呟きました。
名刺をお渡ししてようやく信じてもらえたものの、まだ納得できていないように首を振っております。
「まるきり別人ではないか」
わたくしは小さなイチゴシャーベットを突きつつ、上目遣いに殿下の顔を盗み見ました。
殿下はわたくしの顔と体を矯めつ眇めつ見比べておりましたが、目が合うとニコッと微笑まれました。
「髪型、斬新でいいじゃないか。これから宮廷で流行るかもしれないな、エレナ」
あら? 態度が軟化しましたわ。家畜を見るような目ではございません。
「にしてもまだ若いんだし、もっと遊べばよいではないかヒューバート。結婚など、墓場に入るようなものだぞ」
エレナ様が殿下をジロリと睨み、ヒューバート様は苦笑いたしました。
「殿下とエレナ様の結婚式は来年でしたね。楽しみです」
「うむ、王となる者の責務というやつだな」
先ほどの激情は過ぎ、穏やかな声色に戻ったヒューバート様に、わたくしはホッといたしました。
王族相手に怒りを抑えられて良かったです。
「で、いつまで王都にいるんだい?」
「それほど長くは──羊が待っているので」
「まだ放牧を続けているのか? いいかげん諦めたらいいのに。他の貴族はみんな羊肉にして、どうにかしのいだよ」
殿下はデカメロンをブスッとフォークに突き刺し、持ち上げてから提案します。
「羊は美味いぞ、ケバブにすると最高だ。とっとと売りたまえ。結婚資金だってかかるだろう」
あ、駄目です。
ヒューバート様のスプーンを持つ手が再び震え始めました。
お金の話は禁句なのに、殿下!
だいたい羊を飼えと言ったのは国でしょう?
それなのに従った貴族にまで高い税を課すなんて──。
「可哀想でしょう」
ヒューバート様は吐き捨てるように言いました。
「え?」
殿下も、わたくしも眉を顰めます。
「うちの羊は食肉用ではございません。全部名前をつけているし、愛情を込めて育てている」
そ、それで売らないのですか!?
さすがにこれには殿下もエレナ様も、そしてわたくしも呆れてしまいました。
──それって、ただ大量のペットを飼っているだけではございませんか?




