豚にヒューバート様
急に決まった結婚なので、婚約指輪と結婚指輪もすぐに作らなければなりません。
わたくしたちは同じ並びにあるジュエリーショップへ向かいました。
そういえば婚約指輪は、十五の偽婚約の時にも一緒に作りに行っております。
あの時は浮かれすぎてさらに太ってしまい……出来上がった指輪を無理やり押し込んだ結果、鬱血して壊死しかけたのだったわ。
──黒歴史です。
その指輪は今も手元にあり、今では逆にブカブカなので鎖に通して首から下げています。
地金を切って縮めれば再利用できそうです。
……ヒューバート様の返済額を減らすために使い回す?
いいえ、ダメですわ。
「まだ持っていたの?」と、ドン引きでしょう。
結局、彼には言い出せませんでした。
すると、ミラベルが声をかけてきます。
「サイズを測ったら、その後は靴ね! 私とクライヴは先に教会の予約に行っているわ。でも……ふふふ、私たちの挙式と勘違いされそうね」
ちらちらと兄様を窺うミラベル。しかし兄様はそれには気づかず、懐中時計を開きました。
「済んだら昼食にしよう。皆疲れただろう。フリッツ通りで合流だ」
そう言って不満そうなミラベルを促し、ウィンドウショッピングをしながら歩いて行ってしまいました。
喧嘩ばかりなのに、行動のテンポは合っていますわね……。
朝はデートだと喜んでいたわたくしですが、いざ二人きりになると気まずくて仕方ありません。
「ダイヤがいい? それとも、前のようにエメラルドがいい?」
ヒューバート様はそう言ってから、ハッと口を閉ざしました。前回の婚約のことは、わたくしたちの間では禁句扱いになっていたのです。
「もちろん、僕はなんでもいいよ」
顔を背けながらそう言われ、やはり指輪にも興味がないのだと分かりました。
まあ、男の人ですし、好きな相手の物を選ぶわけでもありませんし……。
わたくしは負担にならず、かといって遠慮しているようにも見えない、絶妙な指輪を手に取りました。
「あ、これにします。何連にもなっていて可愛い」
「それはディスプレイ用のオブジェ……知恵の輪だよ。宝石がついている物にしよう」
ヒューバート様が、わたくしの手の平に乗るリングを見てクスッと笑い、そう提案しました。
やっと自然な笑顔が見られましたわ! 美しすぎて目が潰れるかと思いました。
少しは許してくださったのでしょうか。
結局わたくしは、そこでも真珠を選びました。
豚に真珠──自戒を込めて。
けれど、一番わたくしに釣り合わない真珠は、ヒューバート様ご自身なのですけどね。
ジュエリーショップの次はシューズショップへ。
以前は特注しか入らなかったのですが、今は既製品の可愛いパンプスで済みました。
肉が落ち、足も小さくなったのです。
もう豚足なんて言わせません。顔も小さくなり、後は胸とお尻のお肉だけなのですが……。
買い物を終え、ミラベルたちとの合流場所へ向かおうとしたところ、ヒューバート様に引き止められました。
「まだ早いかな。ちょっと散策しようか」
懐中時計を取り出して中をご覧になり、サッと腕を差し出されたので、わたくしは躊躇しました。
昔、彼と腕を組んで「シンシア、ぶら下がったら腕が折れちゃうよ」と苦笑されたことを思い出したのです。
おそるおそる彼の腕に手を乗せた、その時──
「おや、ヘビントン侯爵じゃないか」
低い声がヒューバート様にかけられました。
振り返ると、お供を連れた王太子殿下が歩道に立っておられます。わたくしたちは慌てて頭を下げました。
「で、殿下!? いったい、このようなところで何をなさっているのです?」
ご学友だったとはいえ、街中で王太子殿下とバッタリ会って学院のノリになるはずもありません。
フラフラと出歩いている殿下に、わたくしもヒューバート様も驚きました。
「彼女が、たまには市井の生活を体験してみたいと言うからな」
新聞でしか拝見したことのない王太子殿下の婚約者が、路肩に停めた馬車からドレスの裾を持ち上げながら降りてきました。
わたくしたちは再び腰を屈め、頭を下げます。
「苦しゅうない、顔を上げよ」
既に王太子妃きどりのルネール公爵令嬢エレナ様は、頭上から声をかけてきました。
顔を上げると、王太子殿下はわたくしをしげしげと眺めております。
「ほう……このレディは一体? ヒューバート、あのミニブタと婚約を解消して以来、女っけがないと聞いていたが?」
──ミニブタは、目の前ですわ。
「あのミニブタ……なんだったかな、えーと、そうそう! シンシア嬢であれば、君の領地の窮乏を救ったであろうに。ステイプルトン家は今や並ぶものがないほどの資産家だ。もったいなかったな、はっはっはっは」
この方は特に悪気もなさそうに、相手の胸を抉る言葉を放つから怖いのですわ。




