豚肉がはみ出ますわ!
「ただし、これだけはやめてくれるかい?」
ヒューバート様が指し示したデザイン画には、ビスチェタイプの斬新なミニ丈ドレスが描かれておりました。
上流階級の女性は脚を見せてはならない──それが常識でしたので、思わずわたくしも呆れてデザイナーを見てしまいます。
ヒューバート様の腕や肩にベタベタ触れていた彼は、馬の尻尾を貼り付けたようなまつ毛をシパシパ瞬かせながら、わたくしにウィンクしました。
「あら、流行は自らが発信するものよ、レディ。あなたの短い髪型、とても素敵。女に生まれたからには、世の男性すべてを悩殺するつもりで生きなければ」
──ですが、このドレスは腿まで剥き出しですわよ!?
「布地が少ない分、仕立て代も割安よ?」
熱心に売り込まれましたが、有り得ませんわ。わたくしが着れば、醜い肉の塊が、上からも下からもはみ出すでしょう。想像しただけで笑いが込み上げます。
悩殺? その通りですわ。皆さん、こんな見苦しいものを見せられたら、脳が破壊されて死んでしまうかもしれません。
「絶対にダメだ」
ヒューバート様の強い言葉に、わたくしも頷きました。
「これはわたくしには確かに無理ですわね。間違って屠畜場に送られそうですわ」
ヒューバート様とデザイナーが目を剥きます。
「シンシア、君は何を言って──」
「わたくし、こちらのシンプルなAラインのドレスにいたします。宝石やレース飾りも控えめで、目立たないのではないかしら」
特に深い意図はなかったのですが、ヒューバート様はわたくしが仕立て代を気にしたと思ったのでしょう。
「待ってくれ、値段のことは考えないでくれないか。今は君の持参金から借りるが、すぐ返す予定だから好きに選んで──いや、好きにとは言っても露出が激しいのはちょっと……僕は君の体の線がだね──」
お肉がはみ出すところを彼も想像したのね。狼狽える姿が面白くて、わたくしは思わずクスクス笑ってしまいました。
ヒューバート様はそんなわたくしの顔を見て、呆けたように黙り込んでしまいました。
わたくしは慌てて笑顔を引っ込めます。醜い豚がブヒブヒ笑うなんて……見苦しかったかしら。
「あの……大丈夫ですわ。ベールで全部覆い隠してしまえばいいのです」
「そうか……そうだね」
ホッとする彼が、なんだか可哀そうになってしまいました。期間限定とはいえ、もっと美しい花嫁なら恥をかかせずに済んだのに。
準備費用のこともそう。本当は誰からも借りたくはないでしょうに。
ベール売り場に行くと、身体全体を覆えそうな一番大きなベールは、手縫いのレースの一点物。ダイヤモンドがちりばめられ、かなり値が張ります。
わたくしはヒューバート様が他のベールを見ている隙に、こっそりデザイナーへ伝えました。
「あの……これですが、彼には半額くらいの値を告げていただけますか? もちろん正規の金額はわたくしが支払いますので」
デザイナーはまつ毛をシパシパさせながら困惑しています。
「かまいませんけどぉ、せっかくのドレス姿が……」
「醜い花嫁も、こんな素敵なレースで包んでしまえばごまかせますわ」
「……レディ、あなたどうしてそんなに自虐的なのかしら?」
デザイナーに言われ、きょとんとしました。自虐?
そうではなく、自分を客観的に見るスキルが身についただけですわ。勘違いしていた昔のわたくしとは違い、成長したのです。
その頃、クライヴ兄様とミラベルは店内奥のアクセサリー売り場を物色していました。装飾品も全て一点物だそうです。
ミラベルがわたくしを手招きし、満足そうに言いました。
「珍しく、クライヴと意見が一致したわ。あなたには真珠が一番似合うと思うの」
「そうだな。しかも大粒の本真珠だ。シンシアは鎖骨が目立つようになってしまったから、重厚感を持たせよう」
わたくしは見るからに高価な真珠を、ヒューバート様が気づくより先にデザイナーへサッと渡しました。
「これをお願いします。わたくしのような醜女が身につけるのは、嫌かもしれませんが」
耳元で囁くと、デザイナーはますます困惑した表情を浮かべました。
「ねぇ……あなた、鏡を見たことがあるの?」
ああ、三年前にナディーン様からも言われた言葉ですわ。
「もちろん。洒落が利いていると思いません? 豚に真珠……ピッタリ」
結局デザイナーは首を振り、小指を立てた手でそのケースをラッピングし始めました。




