豚と貴公子のデート
本日は予定どおり、教会の予約とドレス採寸の日です。
身支度を整えながら、わたくしは顔の緩みを止められませんでした。
ヒューバート様とドレス選び!? この身の程知らずの豚めが、貴公子ヒューバート様とデート!?
嬉しいっ! 嬉しいっ!! うれし──ハッ!
わたくしは我に返り、自分の頬をパチンと叩きました。
デートではないのよ、しっかりしなさいシンシア。
これはステイプルトン家に課せられた義務なのです。ヒューバート様の妻となり、債務返済に協力し……んふっ……ふふふっ……だめ、どうしても顔がニヤけてしまう。
でもね……わたくし思うの。
どうせ離婚するのだし、そのわずかな時間を思い切り楽しんだっていいのではないかしら。
もうどなたとも結婚するつもりがなかったわたくしが、名ばかりとはいえ、ヒューバート様の花嫁を務めるのです。妻でいる間は、独り占めできるの!
それだけではございません。ヒューバート様の「元妻」「前の奥様」って、一生呼ばれるではございませんか!
──ええ、今は独り身です。ですが、この醜い豚肉のわたくしだって、過去に結婚くらいしたことがございますのよ? え? どなたか知りたいの? かつて高嶺の令息と呼ばれたヘビントン侯爵ですわ──
老後、こんな昔話をして周囲を驚かす自分の姿が浮かびました。お爺様方の武勇伝みたいなものです。
そうですわ、今このときを楽しんでもいいではございませんか!
お買い物して、公園を散策して、王都で大流行しているアイスクリーム屋さんに寄って、テラス席で休憩して、おしゃべりを──ナディーン様のこと以外の話題で──するのです!
紛れもなく今日は、二人きりのデートなのですわ!
そう思ったのに……。
出発する時、ちゃっかりクライヴ兄様とミラベルが馬車に乗り込んできました。
この豚めが危うくまた身の程知らずなことを考え始めたから、戒めの力が働いたのでしょうか……。
わたくしの恨めしそうな視線に気づいたのでしょう。クライヴ兄様はトップハットのブリムをステッキで持ち上げ、片方の眉毛を上げてみせました。
「君たちがお出かけするのに、俺だけ仕事というのは耐えられんからな」
「そうよそうよ、ヒューバート兄様がシンシアを独り占めなんてずるいわよ! やっと会えたのに」
お兄様とミラベルったら、こんな時ばかり息ぴったりですわね……。
なのにブティックが立ち並ぶ通りに着くまでに、何度も大ゲンカが始まりそうになり、冷や冷やいたしました。
この二人、どうして喧嘩ばかり……。
その時、わたくしの呆れた顔に気づいたミラベルが言いました。
「そういえば、シンシア。昨晩のディナーでも思ったのだけど、もう少し華やかなドレスは無いの?」
「わたくし、あまり人の目に触れたくないの」
せっかくのお出かけですが、わたくしがお洒落しても見苦しいだけだもの。
黙ってしまったわたくしに、ミラベルは首を傾げます。
「昔はピンクのフリフリが好きだったのに……。でも今のシンシアは、違う意味で着飾らせてみたいわね。披露宴のカラードレスは私がチョイスするわ!」
クライヴ兄様が口を挟みます。
「チョイスも何も、ゴールド一択だろ。式が白なんだからさ。本物の金箔を貼り付けてもいいくらいだ」
「シンシアが社交界の金の鯱ってダサい二つ名で呼ばれてもいいの!? センスが成金すぎて笑っちゃう!」
「なにをぉ」
「なによ」
また喧嘩ぁ……わたくしのドレスなんですけど?
ヒューバート様の方に恐る恐る目をやると、困ったように二人を見ておられました。
「君たち、ちょっと静かにしてくれないか」
ヒューバート様はやっとそれだけ言ったものの、クライヴ兄様とミラベルにあっけなく無視されていました。
結局二人は目的地のウェディングドレス専門店に着くまで、ずっとギャンギャン騒いでいたのです。
この二人こそ本物の兄妹ですわ。よく似ております。
ドレス選びはとても楽しかったのですが、試着用のドレスを体に押し当てて姿見を見ると、憂鬱になりました。
クリームブロンドの髪もやたら白い肌も、色素がぼんやりしていて、ドレスとの境界が曖昧になってしまうのです。
それに、胸とお尻は相変わらず太っていて、なんだか蜜蜂かダンベルみたい。
分かっていたことですが、ウェディングドレスって膨張色なのですわね。
三代前のイザベラ王妃が隣国から嫁いできた際、白のドレスで式に臨んだことから、そういう慣習ができてしまったのです。迷惑ですわ。
「不格好この上ないですわね」
鏡に向かって、小さく呟きました。
ミラベルのようにスラリとした体形だったら、どれほど純白が似合ったことでしょう。
せめて艶やかな黒髪なら……。
その時、ヒューバート様がお店の店員らしき人を連れてきました。
ちょっと内股で歩くこの店員さん、実はこのお店のドレスを全部作っているデザイナー本人だったようです。
嬉々として、生地のサンプルや最新のデザイン集を見せてくれました。
……小指が立っているのが、ちょっと気になりますわ。
やたらヒューバート様に馴れ馴れしいそのデザイナーに、わたくしは警戒してしまいます。
この方、鮫令嬢たちと同じニオイがします! ヒューバート様にばかり話しかけてますわ!
すると、デザイン集を覗き込みながら、ヒューバート様がおっしゃいました。
「僕の意見はいいから。シンシア、君が好きな物を選ぶといい」
わたくしはしょんぼりしました。これは……この豚めの着るドレスになど、興味ないということなのでしょうか。
いえ、もちろんこの醜い豚は、一緒に選んでほしいなんて贅沢を言っているわけではなく──。




