豚の帰還
三年ぶりに王都へ戻りました。
いえ、正確には一年前のミラベルのお誕生日に、一度戻っております。
ヒューバート様が仕事で国外にいて、妹の誕生日までに帰国できなそうだ、とクライヴ兄様から連絡があったからです。
その頃にはわたくしの味覚も戻り、髪もだいぶ生えてきておりましたので、ボンネットを深く被って遠出する勇気が出ていました。
ですが、いわゆる瀕死状態からは脱していたものの、まだげっそり痩せてはいたため、屋敷からは出ないようにしておりました。
ミラベルに大変気を遣わせてしまったのを覚えています。
「やっぱりクライヴの言うとおり、何かあったんじゃないの? ヒューバート兄様が、やたらあなたのことを気にしていたし……」
バースデーケーキをつつきながら、疑いの目を向けてくるミラベル。
アーサー王子から卒業パーティーのパートナーに任命されたようで、自分だってげっそりしていたのに、わたくしのことばかり気にします。
「本当に他に好きな人ができて、あの偽婚約期間を終了したの? あんなに兄様と結婚したがっていたのに」
しつこく尋ねられて閉口しました。
正直に「あなたのお兄様の縁談をぶち壊したのよ」とは言えないわたくしは……弱虫の卑怯者。
結局、次は髪が肩に届いたら会いましょうね、 と言い捨てて王都から逃げ出し、再び農園に引きこもったのです。
ミラベルとは一緒にいたいけど、ヒューバート様と鉢合わせしたら大変ですもの。合わせる顔もございませんし……。
その後、わたくしの誕生日にはミラベルからカツラが届きました。直接会うことは我慢してくれたようで、その優しさに胸が詰まりました。
──あれから一年。
久々に会ったミラベルは、血色の戻ったわたくしの顔と、ようやく男の子に間違われない程度までに伸びた髪を見て、心底ホッとしたように息をつきました。
一年前と違うのは、会うのがミラベルだけではないところです。
王都の屋敷にわたくしが到着した翌日には、ヒューバート様も領地から戻られました。
そしてその日のうちに、ステイプルトン家にご挨拶に来てくださったのです。
そう、三年前あれほど切望した、結婚のご挨拶に……。
今夜のディナーで、わたくしの両親とお兄様に「お嬢様をください」宣言をするのでしょう。
まあ「ください」も何も、こちらから申し出たのですけどね。形式は大事です。
屋敷の扉を開いて彼を出迎えた時は、覚悟はしていたはずなのに衝撃を受けました。
三年ぶりに見たヒューバート様は、以前と変わらずお美しい姿だったからです。
地母神ギャイアは酷すぎますわ。
わたくしのお父様のように禿げ散らかして──刺繍糸が頭頂部に貼りついたようになっていれば、こんな風に見とれて動けなくなることもなかったのに。
姿かたちは以前と変わりません。しかしその目元からはあどけなさが無くなり、代わりに翳りを帯びた気だるさと申しますか、大人の色気が漂っておりました。
けれど──それ以上に衝撃だったのは、ヒューバート様の中からわたくしの記憶がきれいに消えていたことです。
というのも、玄関まで出迎えたわたくしに向けられたのは、社交辞令の挨拶と──他人行儀な微笑み。
「シンシア嬢にお目にかかりたいのだが」
使用人と間違われたわたくしは、ショックを受けました。
背後に居たミラベルが「お兄様アホすぎる」と呟きましたが、本当にしばらくわたくしだと気づかなかったようなのです。




