この醜い豚めに、縁談?
わたくしの結婚の話……。
それで嫁ぎ先を探さなきゃと、おっしゃっていたのね。
「正直、シンシアが嫁ぐなんて考えたくない」
「ええ、存じておりましたわ」
だってそれが嫌で、ヒューバート様と婚約させていたのですもの。
「だが、上流階級の女性としては、そろそろ結婚してもいい年齢だ。逆に適齢期を逃せば、いざシンシアが結婚したくなった時には、良い相手がなかなか見つからないだろう。女性の実業家は増えてきてはいるが、まだ社会に根付いているとは言いがたい。そう考えると、やはり結婚相手を──あと、丸々した玉のようなシンシアミニが見たい」
お兄様、最後の方で本音が出ましたわね。でも気持ちは分かりますわ。
もしヒューバート様そっくりのおチビちゃんが生まれたら……。
「──生憎ですが、わたくしは結婚したくないのです」
「しかしシンシア、やはり寂しいだろう? 家族がいないのは」
「お父様やお母様、それにお兄様がいらっしゃるではございませんか」
お兄様は嬉しそうに顔を輝かせましたが、すぐにまた曇らせてしまいました。
「父上や母上は国内外問わず一つ所に滞在されないし、俺も農園には頻繁に通えん。それに、前ヘビントン侯爵夫妻のように不慮の事故でも起きれば、シンシアは独りになってしまう」
「不吉なことはおっしゃらないで。それに、人間は結局、死ぬときは一人ですわ」
頑ななわたくしに、何か不自然なものを感じたのでしょうか。クライヴ兄様は理解できない、と言いたげに首を横に振りました。
「上流階級の女子は結婚するものだろう? 仕事が好きなら、それはそれで結婚してからも続ければいいじゃないか」
わたくしの脳裏に、ヒューバート様のふんわりした笑顔が浮かびました。チクッと胸が痛みましたが、それだけで済んだので、ほっといたしました。
やはり、時の経過の効力は偉大ですわね。
「なぜそんなに結婚を嫌がる?」
お兄様の言葉に、わたくしは呻きました。
結婚が嫌なのではなく……。
「だ、だってわたくし、こんなに醜いのですよ?」
結婚する相手が、可哀想ではございませんか。
クライヴ兄様はポカンと口を開いて、しばらく静止しておりました。
「何を言っている、君は誰よりも美しいではないか」
「はいはい」
この兄バカシスコン眼鏡のせいで、かつては自己肯定感が極限まで上がり、恥ずかしい目にあったのです。
「お兄様は、ズレているのですわ。それにわたくしだって、ステイプルトン家の財産目当てで寄ってくる殿方とは、結婚したくはございません」
かつてのヒューバート様の気持ちが、今ならよくわかります。今やわたくしの実家は、大金持ちなのです。
結婚を申し出てくる男性は、このシンシアという雌豚に惹かれるわけではなく、当然財力に惹かれているのです。
クライヴ兄様は目を泳がせました。
その表情を見て、わたくしはお兄様に何か不自然なものを感じました。
「本当に、わたくしを心配して結婚を勧めに来られたのですか?」
クライヴ兄様は、ぎくりと肩を強張らせました。
「まさかお兄様、もう縁談を持って来られたのですか?」
「ううう……いや、無理にとは言わないよ?」
断りにくいお取引き相手とかかしら?
わたくしは、クライヴ兄様が自分から話すのをじっと待ちました。
お兄様の場合、しつこく聞き出そうとするより、自ら口を開くのを待つ方が早いと、わたくしには分かっておりましたから。
案の定、お兄様はすぐにごまかすのをやめました。
「実は、遺言状が公開されたんだ」
「遺言状?」
「ヘビントン侯爵家の弁護士が、先代の預けた遺言状を持って王都の侯爵邸にやってきた」
「そんな……まるで亡くなることが分かっていたかのようではございませんか」
「いや、爵位を持つ貴族は領地や財産の問題があるから、わりと早くから遺言状をしたためておくことが多いんだよ。生きていれば何度でも書き換えられるしね」
俺も用意しようかな、とおっしゃるお兄様ですが、今のところ未来の妻子へ想像で書くくらいしかできませんわね。ちょっと空しい。
そうだわ。わたくしの分の財産は、全部救済院に遺贈しましょう!
「それでね、シンシア。貴族の当主は二十二で一人前とされ、後見人が外れる。当主権限で動産不動産、全ての財産を、親族に相談せずに自由にできるようになるんだ。遺言状は、その年齢に合わせて弁護士が公開することになっていたらしい」
それで今頃……。
「ヒューバートは先週、二十二歳の誕生日を迎えただろう?」
わたくしは俯きました。まあ、そうですわね。覚えている自分が女々しくて嫌ですわ。
あら、違いますわよ? クライヴ兄様と一週間違いだったから忘れられないだけで……ほら、家族同然でしたし──。
「で、遺言状開封の時、あちらの家の親戚一同と、俺が呼ばれた」
「なぜお兄様が?」
「両親が今外国にいるから、代理としてな」
いえ、そうではなく……なぜヘビントン侯爵家の遺言公開日に、そもそもお父様が? ステイプルトン家は関係ないではございませんか?
「父上と前ヘビントン侯爵は、互いに窮地に陥った時は援助し合う──そういう約束を交わしていたらしい。その証として、具体的な方法が遺言に記されていた。父上に問い合わせたら、速達で返事が届いた。間違いない」
お兄様は、わたくしにきっぱりとおっしゃいました。
「要するにだ、シンシア。遺言状公開時に互いに決まった相手がいなければ、両家の子同士を婚姻させよ──そういうことだ」




