この豚めの生きがい?
「お兄様、好きな方はいらっしゃらないの? 男性ですから、そのお年で結婚とまでは申しませんけれど……お兄様はモテる方だと記憶しておりますわ」
少し間があり、お兄様は肩を竦めました。
「もちろん結婚はそのうちするさ。俺の財産を継いでもらわなきゃならんからね。ただ恋人は……別にいいかな。股間的なムラムラも、仕事してると満たされるんだよ」
人として終わってますわ……。
あと、股間的なムラムラとは何ですの? 蒸れるという意味かしら?
「シンシアだってそうだろう? 農園経営以外に楽しみはあるのかい? もしかして本気で女実業家になりたいのか?」
わたくしは胸を押さえました。
わたくしはお兄様とは違いますわ。経営は楽しいですが、生きがいではございません。
昔のわたくしの生きがいは、たくさん美味しいものを食べること。そしてヒューバート様に膝枕をして差し上げることでした。
でも、そのうちの一つ──ヒューバート様を失ってからは、もう一つの生きがいだった「食べること」にさえ、心が躍らなくなったのです。
婚約解消後に農園へ来たガリガリツルツルの娘を見て、両親は発狂しそうなほど悲しみました。
栄養失調で死にかけた、幼い頃のわたくしの記憶が蘇ったのでしょう。
幸い、この農園のフルーツのおかげで徐々に味覚は戻り、わたくしは健康的な体重に戻ることができました。
髪はしばらく生えてこず、まだ肩に届くかどうかの長さですが……。今はお気に入りの水玉ヘアバンドでまとめています。
時間の経過とは、本当に不思議ですわね。
ヒューバート様から離れたことで、痛みは麻痺したように鈍くなり、わたくしの心は良くも悪くも落ち着きを取り戻しました。
「食べることは相変わらず好きですけれど……昔ほどではありませんの」
心が癒え、味が戻っても量が戻らなかった理由は単純です。
──ヒューバート様が「美味しそうに食べるね」「食べてる時が一番可愛い」とニコニコしてくださらないから。
本当に、それだけのことでした。
「まあ健康的に痩せてるならいいさ。シンシアはガリでも丸々していても可愛いよ」
「お兄様ったら」
談笑しながら応接室に向かうと、メイドたちが果物の載ったお皿を持ってきました。
彼女たちは現地の娘や労働者居住区の子たちで、わたくしのお友達でもあります。
「坊っちゃま、久しぶりだべさ! 相変わらずイケメンだっぺね!」
「嫌味な銀縁メガネがよう似合ってるべさ!」
クライヴ兄様は苦笑し、窓の外を指さしました。
「王都の土産をたくさん積んできた。村の連中と分けてくれ。いつもシンシアが世話になっているからね」
メイドたちはキャッキャウフフしながら外へ飛び出していきました。
「アポーとオパイナポーを食べるのは久しぶりだな」
この農園のフルーツは、普段は加工されて遠方へ運ばれます。生で食べられるのは産地ならではの贅沢。
中でもお兄様はアポーとオパイナポーが大好物で、来るたびに生で召し上がり舌鼓を打たれるのです。
オパイナポーは、砂糖の十倍甘いのに太らず、ソースにすると肉を柔らかくするという素晴らしい果物──。
「甘い! 前よりジューシーになっていないか!?」
一口食べたお兄様が、採れたてのオパイナポーを凝視しました。
「何かしたのか?」
「ええ。突然変異でやたら甘くなった物の種と、甘みは無いけれど汁気の多い物の種を集めて、同じ場所に植えてみましたの。農園に来てすぐ始めた実験なのですが……」
「品種改良品か! こんなに早く成果が出るとは。すぐ売り物になりそうだ」
喜んでくださって嬉しいですわ! やはり生が一番ですわ。
「わたくし、この街に農園直営のフルーツパーラーを作りたいのです。でもここは観光が弱いので集客が難しそう。本当は王都に出したいの」
さらに、先ほどベンがくれた花束を見せました。
「これもようやく商品化できそうですし」
「例のフラワーフルーツか?」
「はい。食用花は見栄えが良いので、王都の社交シーズンに流行させられないかと……」
ただし、オパイナポーと同じく問題があります。
花束は、暑い中で持ち歩いたので、萎びておりました。
水に入れれば数日は保ちますが、この形では輸送が難しいのです。ドライフラワーにすると見栄えも味も落ちてしまいます。
「ふっふっふっふ」
お兄様の口から不気味な笑いが漏れ、銀縁メガネがギラリと光りました。なんだか虫みたいですわ。
「そんなシンシアに朗報だ。ついに鉄道が王都まで開通した」
「え! 本当ですの? 予想よりずっと早い完成ですわね」
「鉄道会社を経営している友人が言うには、王族の気が変わらないうちにと、夜通し工事したらしいよ」
王都とその周囲は王族直轄地。敬虔な地母神教徒の国王は、ギャイア神の眠る区域にレールと枕木を打つことを嫌がり、敷設は長年頓挫していました。
加えて馬車業者の反発で、線路はいつまでも王都に届かなかったのです。
だからこの南部の生ものは、馬車で積み替える時点で傷んでしまっていたのですが……。
「それなら王都にお店が出せそうですわ!」
わたくしが目を輝かせると、お兄様は苦笑しました。
「まったく、仕事の鬼だな。女実業家に向いてるかもしれん」
「お兄様に言われましても」
お兄様は姿勢を正し、表情を改めました。
「話が逸れたな。今日は仕事の話をしに来たんじゃない。お前の結婚について話に来たんだよ」




