お陰様でこの豚めは、まだ生きています
『親愛なる我が妹シンシア
シンシアが王都を離れて、もうひと月近くになるな。お兄たんは寂しくて死にそうだ。南部の農園はちょっと遠すぎる。気軽に会いに行けないじゃないか。
ところで先日、ヒューバートが珍しく王都に戻ってきた。うちを真っ先に訪ねてきて、君に酷いことを言ったから直接会って謝りたいと申し出てきたよ。やっぱり喧嘩したんじゃないのか? まあよく分からないが、取り敢えず殴っておいたから。
で、謝罪はどうする? 君の居場所、教えていいか?』
『親愛なるクライヴ兄様
お手紙拝見いたしました。殴ってはだめです! ヒューバート様はお人好しですから、わたくしに酷いことを言ったと思い込んでいるだけですわ。謝罪など受ける謂れはございません。
それと、かねてよりお願いしていたとおり、わたくしが体調不良で静養していることは、彼には黙っていてくださいませ。あの方、とんでもなく心配性ですから、押しかけられては困ります。
ミラベルには仕方なくこの頭を見せましたけれど、ヒューバート様には髪が生え揃うまで知られたくないのです』
※
ジリジリと肌が焼けるのを感じ、わたくしは慌てて日傘の中に隠れました。
南部の日差しは強烈で、色白の肌を晒すと火膨れができてしまうのです。
「みなさん、帽子は必ず被って! 水分補給ですわよ!」
果樹園の農夫たちは、片手を挙げて応えてくれました。
わたくしは日傘を持ち直し、馬の腹を軽く蹴って、ぐるりと農園を巡回します。
ヒューバート様との婚約を解消してから三年。
この農園は忙しい両親に代わり、現在わたくしが管理運営しております。
窮乏した貴族が土地を手放すようになると、その領地から小作人が追い出されます。お父様は彼らを農園の労働力として、積極的に雇用しました。
小作人は農業のプロフェッショナルですからね。
ここで育てているのは、種類を絞った果物です。南の島国から輸入するサトウキビと同じく、輸出用の単一大規模農園というものになります。
こう言ってははしたないかもしれませんが──大変儲かるのです。
労働者のお給料は、売り上げと連動させております。働きに応じて賃金が変動すれば、やる気も出るというもの。皆さん、びっくりするほど働いてくれていますわ。
売り上げはこの三年でうなぎのぼりに伸び、その利益で労働者用の住宅も整備できました。
優良な労働環境に惹かれ、王都近くから南部に出稼ぎに来る者までいるほどです。
つまりステイプルトン家のプランテーションは大成功、活気に溢れ、賑わっているということですわ。
たわわに実る果樹園や収穫期の畑を見回っていると、ムキムキの若者が近づいてまいりました。
いえ、若者と言っても、わたくしよりずっと年上なのですけれど……彼は労働監督者で、農園のリーダーでもあります。
その手には、可愛らしい花束が握られておりました。
「お嬢様、どうぞ」
わたくしは、ブーケのように束ねられた色とりどりの花を見て、微笑みました。
「まるで、求婚しているみたいよ、ベン」
ベンの頬が真っ赤に染まります。朴訥で素直そうな若者ですから、気持ちは分かりますわ。
「ふふふ。正直におっしゃっても、わたくし怒らなくてよ?『醜い豚ごときが、気持ち悪いこと言うなよ』ってね」
ベンは「はっ?」と困惑した顔をしましたが、わたくしは馬上から花束を受けとり──
彼の目の前で、バクンと食べました。
農園の巡回を終え、労働者たちの集落を抜けて屋敷に戻ると、前庭に見覚えのある馬車が停まっているのに気づきました。
わたくしの口元が緩みます。
はしたなくも馬を飛び降りて走っていき、屋敷の中に飛び込むと、ちょうど玄関ホールにその馬車の持ち主が立っておりました。
「クライヴ兄様っ!」
お兄様は胸に飛び込んできたわたくしを抱きとめ、ひょいと持ち上げました。
「こらこら、シンシア。また痩せただろう? 軽いぞ」
わたくしはフルフルと首を振りました。
「毛量が減ったからではございませんか?」
三年かけて体重の減少は止まり、髪も無事に生えてきました。
ただ、すべて生え変わったせいか、以前のように爆発するほどの量ではございません。
まとまりの悪かった羊のような天然パーマが、ふんわりと狙ったようにカールされ、いい感じに落ち着いております。
カーラー要らずで、労働者住宅にいる同年代の女子たちからも、羨ましがられるくらい。
「体重はむしろ一時期よりずっと増えましたわ。相変わらず既製品のドレスだと、胸元やお尻がパッツンパッツンなのですもの」
クライヴ兄様はなぜか「ううううこれはいかん」と呻きました。
「もう十九か。さすがに嫁ぎ先を見つけなきゃならんよな……」
なぜか眩しげに目を細めながら、お兄様はそうおっしゃいます。
「あら、わたくしは別に……。女実業家として一人で生きていきますから大丈夫ですわ。そろそろ商談にも同行させてください」
「ダメだダメ! シンシアはあまり人前に出てはいかんぞ!」
みっともない妹が一緒だと、やはりお仕事が上手くいかないのかしら。
わたくしは悲しく思いましたが、クライヴ兄様に悟られないよう、わざと明るく尋ねました。
「お兄様こそ、そろそろ恋人の一人や二人、おりませんの?」
するとクライヴ兄様は溜息をつきました。わたくしとよく似た萌黄色の瞳が、ふと陰ります。
「俺は当分、結婚しないと思うんだ。特定の恋人もいない。社交界に顔を出しても、ついビジネスの話をしてしまってな。野暮だと思われてしまうんだよ」
昔から続く貴族の家門の多くは没落の一途を辿り、現在王都の社交界を牛耳るのは新興貴族ばかりです。
ある程度の財産を築くと、皆さん社交三昧になるのは──成金だからでしょうか。やはり、貴族の真似をしたがるようです。
それに比べると、クライヴ兄様は未だに働き者。ワーカーホリックと申しましょうか。両親に負けじと新規事業を次々に立ち上げ、今では富豪番付に載るほどです。
でも、まるきり自分の時間が無いということですから、それで兄様が幸せなのかどうか、気になってしまうのです。




