鏡を見たことがございますの?
わたくしはクライヴ兄様に速達を送りました。早馬なら半日もかかりません。
ヒューバート様を狙う鮫令嬢の撃退には、きっと兄様も協力してくださるはずですわ。
だって兄様は、ヒューバート様とわたくしの偽婚約期間が長く続いてほしいシスコンなのですもの。
実はちょうど今、兄様はミラベルの将来の相手選びを任されている最中なのです。
ミラベルも結婚適齢になり、お見合いの話が山ほど舞い込んでいるのだとか。
由緒ある侯爵家の令嬢ですもの、引く手あまたなのでしょうね。
けれど肝心のミラベル本人が「学院にいる間は結婚しないからね! だいたい何よ、自分たちは結婚したがらないくせに!」と突っぱねているらしく、兄様と大ゲンカになっているそうで……。
そんな話を聞いていたわたくしは、兄様が弾いたお見合い相手数人にコンタクトを取っていただくことにしました。
ミラベルの持参金目当ての没落貴族ではなく、新興貴族たちです。彼らが望むのは侯爵家のお金ではなく、親戚になって箔を付けること。
わたくしは彼らを、伯爵令嬢であるナディーン様にあてがおうと考えました。
もちろん、お兄様に頼るだけではなく、わたくし自身も動きます。
あの誘惑の夜から妙に距離を詰めていく二人を引き離すべく、直接ナディーン様の耳に吹き込んだのです。
「ヒューバート様、領地経営がうまくいっていないようなの。きっと大赤字ですわ!」
嘘ではございません。帳簿も覗きましたし、あの羊の数を見れば近々赤字に違いないと思ったからです。
本当のことを少し混ぜて不安をあおる──その手法はクライヴ兄様の商談の仕方から学びました。
学院でのステルス広報活動の経験も役立ちましたわ。
「暖冬が続いてますもの。毛織物業は落ち込みますわ。もう需要は戻らないと思うの。ヘビントン侯爵領は大丈夫かしらね、ナディーン様」
ナディーン様は唇を噛み、わたくしを見て言いました。
「わたくしはそんなこと関係なく、彼が好きなの」
彼の婚約者を前にして、よくもまあ堂々と言えますこと!
「それに、今は多少赤字でも侯爵家の資産があれば持ち直します。わたくしたち貴族は地母神ギャイアより土地を預かる選ばれし者。ギャイアが護りたまいます」
そういう精神論、わたくし嫌いです。
「いかにも、貴族のご令嬢らしい思考ですわね」
「あら?」
ナディーン様はクスッと笑いました。
「お金儲けしか能のない新興貴族の娘が何を言っても、負け犬の遠吠えにしか聞こえませんわ。ヒューバート様はあなたと結婚するつもりなんてございませんのよ」
「な、なんですって」
まあ、今のところは確かにそうですけどぉ……。
「侯爵家ですわよ? たとえあなたの言うとおり困窮するとしても……ええ、没落したとしても、あなたは選ばれないわ。シンシアさん」
「どうしてそう言いきれますの?」
わたくしはカンカンに怒りました。ヒューバート様がどれだけわたくしをお好きか、分かってませんわ!
「あらだって、汚い成金の血を高貴な血筋に入れたくないでしょう?」
その瞬間、わたくしは初めて「貴族の思考」というものを理解しました。
高位貴族であるヘビントン侯爵家が、身分の隔たりを感じさせずに接してくれていたから、気づいていなかったのです。
ミラベルのクラスの連中を思い出しました。きっと本来、貴族とはこういうものなのでしょう。
「それ以前に──」
ナディーン様はわたくしを頭のてっぺんからつま先まで眺め、クスッと笑いました。
「あなた、鏡を見たことがございますの?」
「え……?」
ポカンとするわたくしに、ナディーン様は深い溜息をつきました。
「ヒューバート様も、罪なお方」




