勝利ですわ!
何が罪なのでしょう。彼に罪があるとしたら、美しすぎることと、ナルシストなところだけですわ! あとは完璧なのです。
「身分の前に、あなたのような醜い女と後継者なんて作れませんでしょ? 期待させるのは罪だわ」
ナディーン様から哀れむように言われましたが、わたくしは怯みません。
彼女が指し示した壁掛けの鏡の中には、ピンクのドレスにピンクのリボンでモコモコの髪をまとめた、ぬいぐるみのように愛らしいわたくしが映っております。
クライヴお兄様はもちろん、両親も侯爵一家も「可愛い、可愛い」と頬擦りしてくださいました。
もうわたくしの名前はシンシアではなく「可愛い」なのだと思っているくらいです。
分かっていないのはナディーン様の方ですわ。醜いのは鮫令嬢たち。ヒューバート様はあなた達なんて大っ嫌いなんだから!
そうよ、この女に現実を突きつけてやるのです。
「わたくしという婚約者を差し置いてヒューバート様との結婚を望むなら、ヘビントン侯爵家側にもそれなりの恩恵を与えられないといけませんわ」
ナディーン様が眉を顰めました。
「え?」
「もしヘビントン侯爵家が今後窮地に陥れば、ハートフィールド伯爵の領地を割くくらいの覚悟がおありなのでしょうね?」
ナディーン様は目に見えて狼狽えました。
「わたくしの話を聞いていなかったの? 伯爵家の領地の一部は、他の北部貴族同様、敵国に取られてしまったのよ? ですからわたくしたちはこちらに援助を求めて──」
返す当てなど無いということですわね!
「援助を求めるだけでなく結婚するおつもりでしたら、もちろん持参金くらい用意なさるんでしょ? 今は無理だとしても。だって身ひとつで嫁ぐ価値が、ナディーン様にあるとは思えませんもの」
ナディーン様は、火が吹き出しそうなほど憎悪に満ちた目でわたくしを睨んできました。
「こ、この……豚ロースの分際で!」
ふん! ミラベルくらい美女になってから出直してきなさい!
「もしハートフィールド伯爵家の債務を返済したせいでヘビントン侯爵家が窮乏した場合、伯爵家の屋敷はもちろん家財一式、残った領地だって売る覚悟くらいはありますわよね?」
伯爵領は土地が痩せていて特産もございませんもの。手放したって惜しくはないでしょう?
ナディーン様は頬をひきつらせて反論してきます。
「ブヒブヒと何をおっしゃっているの? 侯爵家がそこまで困窮するわけないわ。年収十万パリッピよ?」
「今はそうでしょう。でもこの先は? 抱え込んでいる羊毛のことだけではございませんのよ?」
わたくしは、お父様とお兄様が憂えて話し合っていたことを、大袈裟に流しました。
「土地優遇制度が無くなるという噂、聞いたことはございませんか? 相続税法が変わるそうなの。庶民院の議席が増えましたから、近々議会に法案が提出されるそうですわ。敗戦の賠償金で国の財政は傾いているようですし、手っ取り早く大貴族から絞り取るつもりではないかしら」
ナディーン様は初耳だったようで、目を見開いて固まっております。当然です。そんな話、まだ出ておりません。出てきても貴族院で握りつぶされそうですし。あくまでも可能性を示唆しただけ。
わたくしの話を聞いて不安になりながらも、彼女はヒューバート様を諦めようとしません。
しつこい、と思いましたが……おそらく彼女は、もう支援目当てではなく、本気でヒューバート様を好きだったのだと思います。
わたくしはへこたれません。ヒューバート様がいないところで、いたずらに不安を煽る文句を来る日も来る日も吹き込みました。
毒を少しずつ流し込むように。日々の積み重ねは大事です。
だって、長期休暇が終わる前に彼女を追い出さなきゃならないもの。
ようやく、わたくしの地道な活動の成果が現れ始めました。ナディーン様の元気が日に日に無くなってきたのです。
さらにタイミングよく、お兄様にお願いしていた縁談がハートフィールド伯爵宛てで屋敷に届きました。
仕事が速いわ! さすがお兄様。
その頃にはナディーン様よりヒューバート様の方が熱心に話しかける側になっていて、わたくしはどうしていいか分からず、ひたすら彼の株を落とすことに専念していたのです。
やれ、いびきがうるさいとか、足が臭いとか、誰も見ていないところで鼻からパスタを食べるとか、夜中ブリッジで歩くとか、シスコンだとか、ナルシストだとか……。ナルシスト以外はもちろん全部嘘です。
ナディーン様はわたくしが唆す言葉に徐々に揺さぶられてきたようで、明らかに迷いが生まれていました。縁談の申し込みを受け取ったハートフィールド伯爵の進言もあり、ヒューバート様から手を引こうとしていたのです。
しかし今思えば、それは逆効果だったのだと分かります。だって、ヒューバート様の方は違ったのですから。
自分を狙う積極的な女性は苦手ですが、逆に素っ気ない態度になったナディーン様が気になるようになっていたのです。
彼はナルシストですし、モテてきた人生に慣れっこだったので、自分になびかない女性がいることが信じられなかったのかもしれません。
奇しくもナディーン様は「押してダメなら引いてみる」の、恋愛の手管を実践している形になっていたのです。
だけど大丈夫。要は追っ払えばいいのだもの。ナディーン様が屋敷からいなくなれば、ヒューバート様だってすぐに目が覚めます!
だめ押しのように、クライヴ兄様からすごい相手の縁談が転送されてきました。いくつもの鉱山を抱える国内有数の富豪、ジョシュア・ストーンフィールド氏です。
貴族ではございませんが、ナディーン様が血筋と富を天秤にかけ始めていたのは分かっておりました。
頼みの綱のヒューバート様が──まあ、わたくしの刷り込みのせいなのですが──怪しいなら、ナディーン様とて現実的にいくしかございません。
案の定、これだけの富と名声を集める方を、さすがのナディーン様も成金と蔑むことはできなくなったようです。
決定打となったのは、この大富豪実業家に身寄りが一切ないという点でしょう。
本人に万一のことがあれば、その配偶者に全財産が譲られる可能性が──彼女の頭の中をチラついたに違いありません。
ナディーン様はついに折れ、ストーンフィールド氏との縁談を受けることにしたのです。
わたくしの、完全勝利でした。




