盗み聞き
ふぅ……。
なんともいえない虚脱感に襲われ、わたくしは廊下を歩いておりました。
常夜灯のガスランプの明かりに照らされた廊下には、わたくしの太いシルエットが落ちます。
ぷくぷくした幼児体型……。
キュートと言ってはくれましたが、なんていうか……わたくしのことを愛しているのは、よく分かるのです。
ミラベルに接するのとは微妙に違うわけで、妹という感じでもなく……。
なんと申しましょうか。うーん。
わたくしが頭を悩ませながら、すごすごと自分の寝室に戻ろうとしたその時、ナディーン様が客室から出てくるのが見えました。
ま、まさかまた、ヒューバート様を誘惑しようと?
とっさに観葉植物の陰に隠れましたが、たぶん隠れきれておりません。わたくしの方が横幅があるので。
ところが彼女は、ヒューバート様の主寝室とは反対方向へ歩いていきました。
胸を撫で下ろしたものの、こんな時間にどこへ? 訝しく思い、後をつけることにしました。
廊下の突き当たり、一番奥の客室を彼女がノックすると──
「娘よ、首尾はどうだ?」
泥酔して寝込んでいるはずのハートフィールド伯爵が現れ、娘を部屋へ招き入れました。
この体型でもフットワークだけは軽いわたくしは、大理石像や古の鎧飾りの陰に身を滑り込ませながらそっと近づきました。
しかし、すぐに扉がバタンと閉められてしまいます。仕方なく耳を当てると、酔っているとは思えないほどはっきりした声が聞こえてまいりました。
「どうだ、今回の訪問で婚約まで漕ぎつけられそうか?」
「真面目な方ですわ。捨て身で体を捧げる作戦が上手くいきそう。それに屋敷内も見られて良かったわ。調度品はどれも高価なものばかりで、資産は北部貴族とは大違いですわね」
「廊下の彫像や絵画も売れば値がつく。さすがヘビントン侯爵家だ。来たかいがあった」
わたくしは呆れ果てました。
真面目そうな令嬢だと思いましたが、やはり最初から財産目当てで結婚に持ち込もうとしていたのだわ! ヒューバート様を狙う鮫でございます!
「彼を落とすことができれば、私たちの領地も安泰だ。当主はまだ後見人のいる若僧、なんとかなるか?」
「お父様。ヒューバート様はお若くても、貴公子の中の貴公子ですわ。穏やかで誠実で、理想の王子様よ。わたくし、彼と絶対に結婚いたします」
ナディーン様の声は、うっとりしていました。
まあ、当然でしょう。
イケメン貴公子ヒューバート様を前にしたら、誰だってこうなります。
鮫令嬢たちも、ナディーン様も、このわたくしだってそう。彼を好きにならない人なんていませんわ。
「それにしても、あの雌豚はなんなのかしら? 目障りだわ」
めすぶた!? いえ、確かにそうかもしれませんが──。
変ですわ。ヒューバート様もミラベルも、両親やお兄様だって「かわいい子ブタちゃん」と愛情を込めて言ってくれるのに。
彼女が言うと、やたら棘があるように聞こえるのです。誉め言葉というより、なんだか侮辱されている気分になりました。
「アレが婚約者なんて嘘だと思うの。たぶんヘビントン侯爵は若いから、まだ結婚したくなくて吹聴しているだけだわ」
察しがいいですわね。まったくその通りですわ。
でもね、ナディーン様。
わたくしだって、本当に彼と結婚するつもりですから──覚悟なさって!




