無駄無駄無駄無駄無駄なのですわ!
実は、わたくしのお父様は、何度かヒューバート様の領地経営をお手伝いしようと申し出ていました。
赤字分の補填を提案したり、羊の処分を進言したり、処分後の耕作地に適した作物の種類を助言したり……。
ヒューバート様はお父様の意見に耳を傾けてくださいますが、それを実行するかどうかは、あくまでご自身の判断次第。
現段階では、ヘビントン侯爵家は年収十万パリッピの大金持ち。だからこそ、危機感が薄いのかもしれません。
頑なに、羊を売りたがらないとのことでした。
今は良くても、事業というものは常に先を見据えて動かねばなりません。
ヒューバート様も、それは理解しておられるはず。でも、気さくで優しい彼にも貴族としての矜持があり、新興貴族の助言通りには動けなかったのかもしれません。
お父様の言葉でも動かないのですから、わたくしが何を申し上げても無理でしょう。
つまり、遠縁であるハートフィールド伯爵領への援助を止める手立ては、今のわたくしには無いということなのです。
わたくしは、ナディーン様を警戒いたしました。
施しとは、相手がそれを糧に立ち直る意志があってこそ意味があるもの。
その気のない相手に情けをかけても、その場しのぎにしかなりません。
継続して伯爵家を支え続けたとして、侯爵家が共倒れにならないと言い切れますの?
ハートフィールド伯爵家は、ヒューバート様に何を返せるというのでしょう。
「ヒューバート様、それではわたくしの気が済みません。どうか、わたくしの身体をお好きになさってください」
身体をお好きになさって、とはどういう意味でしょう? ワニ園のエサにでもしろと?
ヒューバート様が断ったというのに、この鮫──ナディーン様はしつこいのです。
「今の世の中、純潔でなければ結婚できないということはございません。ですから、わたくしを──」
そう言って、再びガウンをハラリと落としました。ヒューバート様は慌てて目を逸らしました。
男性は女性の裸を見ると狂喜乱舞するのだと、学院の令嬢たちから聞いたことがございます。
それで誘惑し、メロメロになった相手とドッキングすれば、子供ができるのだとか。
まさに、夜這いというやつですわね! ナディーン様は、それが目的で訪れたに違いございませんっ。
わたくしは確かに偽の婚約者です。ですが彼女はそのことを知らないのですから、婚約者からヒューバート様を略奪しようとしている泥棒猫なるものに他なりません!
わたくしは怒り狂って、彼の寝室に飛び込もうとしました。わたくしの未来の夫を誘惑するなんて!
ところが──わたくしがそうするより先に、またしてもヒューバート様がキッパリ断ってくださいました。
「女性の初めては、大事にしなければならない」
ほーら、ごらんなさい、ナディーン様。彼は女嫌いなのです。色仕掛けで誘惑するなんて逆効果なのに、愚かな人!
「で、ですがわたくし、覚悟を持って来たのです。それに……」
ナディーン様はほんのり頬を染めました。まつ毛に涙の粒が光っています。
「引っ込みがつきません。女性に恥をかかせるのはおやめください。確かにわたくしの身は、満足な手入れも出来ず、ドレスもアクセサリーも持っておりません。ですが、それほど醜いでしょうか?」
「い、いやいや、とんでもないっ、そんなことはない。君はとても美しい」
ヒューバート様が、目に見えて狼狽えているのが分かりました。
「でしたら、わたくしをご覧になって! 醜いと思わないのでしたら」
わたくしはナディーン様の狡猾さに、腹が立ちました。脅しではありませんの!? 自分から脱いでおいて、彼に罪悪感を抱かせるなんて!
でも大丈夫。ヒューバート様は女嫌いですからね! 女性の裸になんて、これっぽっちも興味ございませんっ!
──そう思っていたのに。
ナディーン様に気を遣ったのか、しばらくしてヒューバート様は、おそるおそる彼女の裸に目をやりました。
わたくしは、ハッとしました。
ヒューバート様のその瞳が、熱く潤んでいるのを見てしまったからです。
「あの……美しいです」
彼は小さくそう伝えました。わたくしは息を呑みました。たじたじしつつも、その声には素直な賛美が込められていたからです。
「ほんとうに……とても美しい」
そう言った後、ヒューバート様はしばらく沈黙しておりましたが、やがて低い声でおっしゃいました。
「もしどうしてもと言うなら、僕は責任を取らなければならないんだ。ナディーン嬢」
それを聞いたわたくしは、嫌な予感がいたしました。
「恥をかかせるわけではない。必要なら、僕にも準備がある。考えさせてください。今日は客室に帰っていただけませんか?」




