わたくしという婚約者がいるのに!
なんとなく胸騒ぎを覚えたわたくしは、その夜、ヒューバート様の寝室へと足を運びました。
ミラベルの王都での様子もお伝えしたいですし、クライヴ兄様が新たな事業を始めたこともご報告したい。
そして何より──二人きりになりたかったのでございます。
夜に殿方の寝室を訪れることが非常識だなんて、もう思いません。
だって、わたくしは婚約者。そして十六歳ですもの。既成事実を作って、結婚へと持ち込んでもよろしいのではございませんこと?
世の中には、結婚前なのにお腹が大きくなってしまう令嬢もおります。順番が逆なのですわ。
正式な閨の授業はまだ履修しておりませんが、ドッキングすれば子供ができることくらいは承知しております。
つまり、ヒューバート様をヘッドロックして深いキスさえできれば──わたくしだって!
ナディーン様を見つめるヒューバート様の優しい眼差しが忘れられず、わたくしは焦りを覚えておりました。
ですが、主寝室からは誰かの話し声が聞こえてきました。
こんな夜更けに先客? 首を傾げながら、少しだけ扉を開けて中を覗き込むと──
驚いたことに、そこにはナディーン様がいらしたのです!
ええ? ここはわたくしの婚約者、ヒューバート様のお部屋ですわよね?
わたくしは隙間から顔だけをねじ込み、会話に耳を傾けました。
「わたくし、領地のためならヒューバート様にこの身を捧げてもいいと思い、ここに参りました」
そうきっぱりと告げたのは、ナディーン様。
そして、目を丸くしてベッドに半身を起こしていたヒューバート様の前で、ガウンをはらりと脱ぎ捨てたのです!
「お父様から許可されております。どうか、お納めください」
衝撃でした。ガウンの下は、一糸まとわぬ裸──。
ほっそりとした背中がランプの光に照らされてオレンジ色に染まり、艶やかに輝いております。わたくしは思わず、生唾を呑み込んでしまいました。
ナディーン様は、きっとヒューバート様より年上なのでしょう。大人の魅力に、わたくしまで胸がドキドキしてしまったのです。
「ちょ、ちょっと待ってください、ナディーン嬢」
我に返ったヒューバート様は、慌ててベッドから飛び降り、ガウンを拾って彼女にかけました。
「そんな軽率な真似を、ハートフィールド伯爵が許したと?」
その声には戸惑いと怒りが籠もっておりました。
ナディーン様は細い肩を震わせ、顔を背けます。
「なりふり構ってはいられないのです。債務が嵩み、使用人へのお給料も滞っていて……もう家財を売り払うしかございません」
売ればよろしいのに、とわたくしは思いました。そもそも使用人を雇うのをやめるべきですわ。莫大なコストがかかるのですから。
使用人の数や華美な調度品で面子を保とうとする伯爵家が、当主になったばかりのヒューバート様に助けを求めるなんて──許せません!
贅沢な生活にはお金がかかる。それくらい、分からないのでしょうか。
わたくしは、ヒューバート様が彼女を拒絶してくださることを期待しました。
色仕掛けで施しを受けようだなんて、最低ですもの。
「安心してください。僕が面倒をみますから」
ええええっ!?
わたくしから見れば、ヒューバート様が嫌うはずの「お金目当ての鮫令嬢」でしかないのに……。
彼の目には、領地のために自らを犠牲にしようとする健気な女性に映ったようでございます。
若くして当主となったヒューバート様は、様々な責任を果たそうと努めているのだわ……。
でも、わたくしには無理をなさっているように見えました。
わたくしのお父様の予想どおり、牧羊にしがみつくのは失敗でございます。
国内需要はこの一年で綿製品に押され、羊毛は王都から北部の限られた地域で賄えてしまう。
確かに、ヒューバート様の領地はまだ影響を受けておりません。
けれど……。
わたくしは不安な気持ちでナディーン様の背中を見つめました。
ヘビントン侯爵領だって、このままでは余裕がなくなるのではないかと案じたからです。




