誰かしら、邪魔な女がいますわ
そんな日々が続く内に、婚約して一年が経ちました。
鮫どもを追い払うための広報活動は、順調に成果を上げています。
けれど──肝心のヒューバート様との距離は、一向に縮まりません。
──なぜなら、三ヶ月の出禁を食らっていたから……。
以前は休日のたびに「来ちゃった♡」作戦を決行していたのですが、王都へ戻るのを渋ったことが何度か続き、ヒューバート様にやんわりと叱られてしまったのです
「めっ。悪い子だ。しばらく来てはいけないよ。学生はしっかり勉強しなさい」
ええ、反省はしております。
でもヒューバート様は領地経営に忙殺されて中々王都に戻ってこられず、わたくしは本当に、死ぬかと思ったのです。
ミラベルの励ましがなければ、きっと魂が抜けていたでしょう。
彼女が貸してくれたヒューバート様の服をクンカクンカすることで、なんとか生き延びてきましたが。
今回は、学院の長期休暇。ヒューバート様も許してくれるに違いありません。ひと月近く、ヒューバート様と一緒に過ごせるのです!
待ちきれなかったわたくしは、終業式が終わったその日のうちに、すぐさま王都を出立いたしました。
※
ヘビントン侯爵領では、さらに羊が増えておりました。休閑地はほぼ羊で埋まり、侯爵邸の敷地内にまでウロウロしている始末。領民より羊の方が多いのではないかしら……。
屋敷の扉をノックすると、少しやつれた顔のヒューバート様が出迎えてくださいました。お疲れのようでしたが、いつもの柔らかな笑みは健在です。
「やあ、シンシア。よく来たね」
ヒューバート様……! 久しぶりすぎて、涙が零れそうです。
思わず飛びつくように抱きつくと、彼の口から「グフッ」と声が漏れ、よろけて床にひっくり返ってしまわれました。
「少し痩せたかい? 体の調子は大丈夫?」
尻をポンポン叩きながら、彼は注意深くわたくしを観察なさいました。心配してくださっているのね……。
ちがうのです。お兄様に隠れ食いが見つかって、食品庫に鍵をかけられてしまったから……学院でしか、たくさん食べられなかったの。
「僕に会えなくて寂しかったからかな?」
「そうですわ! ヒューバート様に会えなくて寂しかったからですわ!」
でも、ヒューバート様に心配をかけるくらいなら、がんばって食べます!
「王都や学院や、ミラベルのこと、いっぱいお話したいですわっ」
「うん、夜にでも聞くよ。ごめんね、なかなか戻れなくて。来る前に速達で連絡をくれれば、もっと君と過ごす時間を取れたんだけど。あいにく今日は羊毛の仕入れ業者の選定を入れてしまっていて──」
その言葉を遮るように、絹を裂くような悲鳴が響きました。
「ヘビントン侯爵!」
女性の声です。
次の瞬間、後ろから腕をつかまれ、ぐいっと引き上げられました。視界が反転し、バランスを失ったわたくしは、そのまま床にひっくり返ってしまったのです。
亀のようにバタバタしている時、ようやく他にも人がいたことに気づきました。
「圧死なさっているのかと思いましたわ。一体これは……」
じろりと睨んできたのは、栗色の髪の女性。
ヒューバート様は彼女に支えられて起き上がると、苦笑いしながらわたくしを抱え起こし、彼女の方へ向けました。
「ナディーン嬢、紹介しますね。こちらは僕の婚約者のシンシアです」
「え……」
彼女がカクンと顎を落とすのを見て、わたくしは直感しました。
彼女もヒューバート様に群がる、鮫令嬢の一人なのだと。
「こちらの方は?」
「彼女は──」
「わたくしは、ハートフィールド伯爵の娘ナディーンと申します」
ヒューバート様の紹介を待たずに、彼女は自己紹介をなさいました。見た目は大人しそうなのに、はきはきと物を言うタイプです。
落ち着いた栗色の髪は、くせっ毛のわたくしが歯軋りして羨ましくなるほどのストレート。
けれど、他の鮫令嬢たちのような華やかさはありません。むしろ地味なくらい。ドレスもアクセサリーも控えめでした。
「実はこのナディーン嬢、遠縁なんだ。北部のハートフィールド伯爵領から、お父上と一緒にはるばる訪ねて来てくださった」
ナディーン様は恥じるように俯きました。
「はっきりおっしゃっていただいてもよろしくてよ、ヒューバート様」
わたくしが首を傾げると、彼女は弱々しく微笑みました。
「資金援助のお願いに参ったと」
その言葉には、酷く自分を恥じている気配がありました。プライドがそうさせているのでしょう。
ヒューバート様は困ったように口を閉ざし、やがて誠実さの滲む声でおっしゃいました。
「縁者が困っている時に助けるのは当たり前だよ、ナディーン嬢」




