領地に押しかけますわ!
ヒューバート様の平穏な時間を維持するための広報活動をしつつも、当初の目論見だって忘れたわけではございません。
それは、ヒューバート様に愛され、結婚すること。
そのためには、わたくし自身の存在をしっかり印象づけなければなりません。だからこそ、週末には必ずヘビントン侯爵領へ通っていたのです。
社交シーズンが終わってからというもの、ヒューバート様とはなかなか会えなくなってしまいました。
わたくしはまだ学院に通う学生、彼は領地を預かる侯爵。しかも、慣れない領地経営に追われているご様子で、日々とても忙しそうでした。正式に婚姻関係を結ぶまでは、わたくしが足を運ぶしかありません。
幸い、ヘビントン侯爵領は王都からそう遠くはありません。王領地の境を越えればすぐで、朝早く出発すれば、途中で休憩を挟んでも夕方には到着できる距離です。
馬車の窓から見えるのは、広々とした休閑地に点々と佇む羊たち。あの葬儀の頃より、少し増えたかしら……と、わたくしは首を傾げました。
この地は昔から、オリーブやブドウの栽培に加え、羊の放牧が盛んな土地です。代々ヘビントン侯爵家は、国内の毛織物産業をサポートしてきました。ヒューバート様もその伝統を受け継いでおられます。
かつては国が牧羊を推奨していたこともあり、飼育費用には補助金が出ていました。寒い冬が続いていた数年前までは、毛織物の需要も高く、羊を飼う貴族は多かったのです。そのおかげで、ヘビントン侯爵家も安定した収入を得ていました。
けれど、近年の温暖化の影響で毛織物の需要は減少。牧畜業は、もはや以前ほどの利益を生まなくなってきています。ヒューバート様が家令任せにせず、飼料の買い付けや資金繰りに奔走されているのも、このためなのでしょう。
しかも今、領地経営そのものがどこも厳しい状況のようです。北部では山岳民族との戦争で平地を失い、ライムギや大麦の供給が落ち込んでいると新聞で読みました。東部は水害、南部は干ばつ。税収が減り、国庫も財政難。国からの恩給も減ってしまい、以前のような贅沢はできなくなっているとか。
国王陛下は財源確保のため、国営カジノや競馬場の運営を始めました。新興貴族をターゲットにした施策だったのでしょうが、皮肉にも古参貴族の方が熱中してしまい、借金を抱える者も出てきているのだとか……。
そのせいか、最近王都で目立つのは新興貴族ばかり。古くからの家柄の貴族は、どこか影を潜めているように感じておりました。
羊たちのふわふわした姿を眺めながら、わたくしは少しだけ、不安な気持ちになったのです。
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マナーハウスに到着すると、いつもヒューバート様が玄関まで出迎えてくださいます。そして、あの柔らかな笑みでこうおっしゃるのです。
「よく来たね、シンシア。寂しかったよ」
その言葉が心からのものだと、わたくしには分かります。彼は、わたくし以外の女性を愛することができない。
ミラベルを除けば、ヒューバート様が愛しているのは、わたくしだけ。
婚約発表パーティーの時、令嬢たちを見て浮かべたあの嫌悪の表情──あれを見た瞬間、わたくしは確信しました。ヒューバート様と結ばれるべきなのは、わたくしなのだと。
「でも、学院の淑女教育はサボってはいけないよ。休日にお茶会の課外授業が入る時もあるだろう?」
ギクッ……それはエスプリ、舌鋒を磨く場のことですわね? 任意参加ですもの、出なくてもよろしいでしょう!
「シンシア、君は将来、完璧な夫を捕まえて幸せになるんだ。だから、学院の授業はきちんと出るんだよ」
ヒューバート様ったら……わたくしの心を、そんなにあっさりくじかないでくださいませ!




