イジメっ子、第二王子アーサー
わたくし、ポカンと彼を見上げてしまいました。そういえば、見事な赤毛だわ。なるほど、王太子殿下に似てらっしゃったのね。
つまり見物している見慣れない方々は、おそらくミラベルと同じ高位貴族の校舎にいる生徒たち。
「ミラベルの兄貴の噂の婚約者を見にいこうぜ!」と、ぞろぞろやって来たに違いありません。
意地悪そうな笑みを浮かべ、アーサー殿下は再び私の頭を叩きます。ちょ……ポムポムどころではございませんわ! めり込みそう。
「ヘビントン侯爵の婚約者は、ミラベルの親友だというからさ、どれほどの美少女かと思ったんだ。なんだ、引き立て役にでもしたいのか?」
ミラべルが眉を吊り上げます。
「そんなつもりはございませんっ!」
「どうかな、悪役令嬢と平民の友情なんて、そんなものだろ」
アーサー殿下は怒るミラベルをご覧になり、ニヤニヤしてらっしゃいます。
「ぎゅむ」
ひときわ強く頭を叩かれました。
「おっと、首がめり込んじゃったかな。ああ、元からか」
「おやめくださいっ、痛がっているわ!」
ミラベルが中に入ってきて、彼の手を掴みあげました。
わたくしは冷や冷やしながら、それを見守ります。
わたくしが手を振り払うよりは不敬ではございませんが、いくらミラベルが侯爵令嬢でも、相手は王子なのです。
「キャンキャン騒ぐなよ、悪役令嬢」
でも王子がゲラゲラ笑っているところを見るかぎり、ミラベルをからかうのが目的のようです。
あら、このいじめっ子王子、もしかしてミラベルのことが好きなのでは?
クライヴ兄さまと似てますわ。ミラベルは怒らせると、チワワが咆えているようで可愛いのです。
すると取り巻きのひとりだった令嬢が、わたくしにおっしゃいました。
「侯爵家当主が成金の娘と婚約なんて、恥ずべきことですわ。お前、婚約を解消なさい」
ミラベルがわたくしに囁きました。
「ヒューバート兄様にお見合いを申し込んできた、ヘイワード侯爵家のクリスティーナ嬢よ」
この方が! わたくしの中から怒りがあふれ出てきました。実は姿を見たのは初めてです。
でも変ね、社交界の金の鯱と言われるほど特筆すべきところはございません。
金髪はヒューバート様に比べたらくすんでますし、身に纏う雰囲気もミラベルほど光り輝いておりません。
ミラベルの方がよほど金の鯱と呼ばれるにふさわしいですわ。
せいぜい、社交界の黄鉄鉱とかなら分かりますが……ふんっ! きっと自称──ステルスマーケティングで自分の二つ名を広げたに違いないですわ!
「聞いているの? ヒューバート様にあなたは相応しくないと言っているのよ」
クリスティーナ嬢に詰め寄られましたが、わたくしはプイッと顔を背けました。
妄想の中ではもうヒューバート様とは結婚しているくらいの仲なので、わたくしもかなり強気です。
「彼の方から、結婚を申し込んできたのですわ」
「脅したに違いないわ!」
するとミラベルが、クリスティーナ嬢の前にずいっと出ました。
猫のようにパッチリした目で睨みつけるその迫力は、さすがに悪役令嬢とまで言われるだけありますわ。
クリスティーナ嬢はじめ、ご令嬢のみなさんはたじたじとなり、口を噤んだのです。
言ってやってください、ミラベル!
「あ、あなあなたたたちっ、ふ、振られたからって、こここ、根拠の無いこと言わないで。お、お、お兄様とシンシアは、けつけつ結婚すりゅのよ!」
動揺しすぎよ、ミラベル。知らなかったわ、ミラベルって嘘がつけないのね。
「とにかく、お兄様の方からシンシアに結婚を申し込んだということだけは、デマではございませんわ。この私が保証するんだからっ!」
そんなミラベルとわたくしを、令嬢たちはギリギリ歯ぎしりしながら睨みつけていました。
その日から、学食や購買部での食券の売り切れが早くなったそうです。
厨房のコックさんたちが「やけに皆食べるようになったな。くそ忙しいし食材足りねーわ」とぼやいているのを小耳に挟みました。




