抑止力にならないなんて
殿下がわたくしに向けていたゴミ──いえ、家畜を見るような視線が、同情に変わりました。
周囲もなぜかサーッと引いていくような、微妙な空気に包まれます。
「すまなかった、シンシア嬢。それにヒューバートも許してくれ。確かに、そう思って見れば……可愛らしい」
ヒューバート様は謝罪を受け取り、殿下を許しました。どうやら、悪気はなかったようです。
「本当にすまない。女性の趣味は様々だというのに……君がD専だったとは」
「D専ってなんですか?」
戸惑って尋ねたヒューバート様に、殿下は呆れたような呻き声をあげ、席に戻られてしまいました。
そこへ、クライヴ兄様がズルズルとミラベルを引きずってやってきます。
「ここで喧嘩はダメよ、二人とも落ち着いて!」
「ヒューバート、どういうことだ」
兄様はわたくしを背後にかばいながら、彼に詰め寄りました。
「殿下もミニブタを飼っていたのか? では、もしかしてシンシアに気があるのか!?」
ヒューバート様のお顔が、サッと青ざめます。
「そんな……僕が先に申し込んだのに、王太子殿下まで!? 僕の計画が──」
「ヒューバート、君には申し訳ないが、この婚約は無かったことにしてくれたまえ。シンシアが王族に見初められる日が来るなんて……さすがに断る理由はない。新興貴族とはいえ、うちのシンシアならあり得たことだった! 俺としたことが──」
ミラベルが喚きました。
「お兄様たち、冷静になって周囲を見てください! シンシアは確かに可愛いわ! でもたぶん……お兄様たちはズレてるのよ!」
わたくしはミラベルの肩に手を置き、ゆっくりと首を横に振りました。周囲の視線には、さすがにわたくしも気づいております。
なんとなく、彼女の言いたいことが分かったのです。
「大丈夫よ、ミラベル」
「傷つかないで、シンシア。痩せればいいわ。そうして、こいつら全員見返してやりましょう」
「みんな、わたくしに嫉妬しているのね」
「どうしてそうなるのぉおお!」
とにかく、婚約は無事に(?)周知されました。
わたくしは晴れて、彼の婚約者となったのです。
ところが困ったことに、ヒューバート様を狙う鮫令嬢は後を絶ちませんでした。
パーティーが終わった数日後から、縁談が次々とヒューバート様に持ちかけられてきたのです。
わたくしという婚約者がいるのに、でございますよ?
「抑止力にならないみたいだね」
ヒューバート様は、例によってわたくしの太腿に頭を乗せたまま、結婚申し込みの手紙を破り捨てました。
それは社交界の金の鯱と謳われる美女、ヘイワード侯爵令嬢クリスティーナ様のものです。
「これで五件目だ」
「ごめんなさい」
ヒューバート様が目を丸くしました。
「なぜ謝る? 君のせいではないだろう、シンシア。僕がモテすぎるのがいけないんだ。罪な男なんだよ」
相変わらずナルシストで素敵ですわ。
「それより、ミラベルからまた下剤を盛られたみたいだね。大丈夫?」
やつれたわたくしの顔を見て、ヒューバート様は心配そうに眉を顰めました。
「ええ、油断しましたわ。お母様やあのお兄様までミラベルに協力していたなんて。毒に注意しなければならない王族の気持ちが、よく分かりましたわ……」
「この前は、隠れ食いしてたところをミラベルに見つかって、喉に指を突っ込まれてたようだけど」
「クライヴ兄様も、おやつを全部隠してしまうのです。それにわたくしを運動させようと、躍起になってきましたわ。泣きながら、毎朝ウォーキングに誘ってくるのです」
人参をぶら下げられた馬よろしく、キャンディを目の前にチラつかせて走らせようとするの。淑女にそんなことさせるだなんて!
わたくしはヒューバート様の髪を撫でながら、ため息をつきました。
伝統的な貴族に倣おうとする新興貴族ならば、動いたら負け、くらいの気概を持たないといけませんのにね。
それにしても、ヒューバート様が心配です。金塊のような艶々の金髪、角度によって緑の混じるヘイゼルの瞳、きりりとした眉毛──この方の見目がもっと悪ければ、わたくしも安心できるのですけど……。
でも、この容姿だって、わたくしが彼を好きになった理由の一つですものね。
「ミラベルがわたくしに聞くのです」
「なんて?」
「私の姿を見て、美しいと思わないのかって」
ヒューバート様は笑いました。
「あいつ、ナルシストだな」
兄妹ですわね。
「もちろん、美しいと答えましたわ。ミラベルのヘイゼルの瞳は光の加減で金に見えて、本当に綺麗だと」
しかしミラベルは首を横に振るのです。
「シンシア、私を美しいと思うなら、鏡で自分を見てどうなの?」
わたくしは彼女に聞かれ、両親やクライヴ兄様、故ヘビントン侯爵夫妻、ヒューバート様、そしてミラベル自身が今までたくさん誉めそやしてくれた言葉を思い出しました。
「ミラベルたちの言うとおり、可愛い系だと思うわ」
「私もひと役買っていたのねぇえええ!」
と、なぜかミラベルは絶望したような声をあげました。
最近、情緒が不安定です。やはりご両親の死のショックからは、なかなか立ち直れないのでしょう。
わたくしはその時のミラベルの様子を思い出し、涙ぐみました。
可哀想なミラベル。
「そうだわ! わたくし、学院でがんばります!」
「何をだい?」
目を丸くするヒューバート様──わたくしの婚約者に、わたくしは決意を込めて言いました。
「婚約者の務めを果たしますわ」




