醜い鮫令嬢たち!
侯爵邸には、たくさんの招待客が訪れておりました。
一口にタウンハウスと申し上げても、規模はさまざま。ヘビントン侯爵家の屋敷は、田舎のマナーハウス並みに広く、舞踏会のためにホールを借りる必要などございません。
それはそれは、たくさんの馬車が大通りの歩道沿いに停まりました。
今日のわたくしの装いは、フリルが何段にもついた淡いピンク色のドレス。クライヴ兄様のチョイスですが、お母様はなぜか「いや、ちょっとこれは膨張……」と難色を示しておりました。
さらにコルセットは、メイドが紐を締めあげるたびに兄様が悲鳴をあげるので、却下となりました。
でもいいの。わたくしのドレス姿を見て、ヒューバート様は「ぬいぐるみみたいで可愛いね」とおっしゃってくださったのですから。
タキシード姿のヒューバート様は、いつにも増して素敵で、わたくしはうっとりしてしまいました。
彼はわたくしをエスコートしながら、身をかがめて囁きます。
「実は今日、王太子殿下がお忍びでいらっしゃる」
「えぇえええ」
わたくしはスカートを握りしめ、固まってしまいました。
ヒューバート様は微笑を浮かべ、わたくしのズレていたヘッドドレスを直してくださいました。
わたくしのクリームブロンドは、もっこもこの天然パーマで、バレッタが秒ではじけ飛びます。
ですから、特別誂えのものをいつもミラベルが探し出し、用意してくれるのです。
職人の技が光るビーズのバレッタですが、間違って指を巻き込むと、切断されそうなほど強力なのです。
「お、お、王太子殿下なんて……わたくし、学院にいる第二王子殿下ですらご尊顔を拝したことがございませんわ」
「サプライズだよ」
そういえば、殿下はヒューバート様と同い年。学院時代のご学友です。きっと気心の知れた間柄なのでしょう。
でもわたくしは新興貴族。本来なら、お会いすることなどなかったのです。それに──。
「む、無理ですわ。だってこの婚約は──」
わたくしは、ヒューバート様から買っていただいたエメラルドの婚約指輪に、視線を落としました。
怪しまれないよう、左手の薬指にちゃんと嵌めております。
「ああ、どうせ婚約解消になるからかい? 大丈夫。僕たちは今は本気で結婚したいと思われているし、婚約契約書だって証明になる。殿下を欺くことにはならないよ。それに今日はあくまでも、新しくヘビントン侯爵となった僕のお披露目だからね」
王族をたばかるようで恐れ多くなったわたくしは、改めて決意したのでございます。この婚約を、本物にしなければと。
パーティーが始まり、ヒューバート様は過日の葬儀参列のお礼と、爵位継承のご挨拶をスマートに済ませました。
さすが、生まれながらの貴公子ですわね。
ところがその挨拶が終わった途端、貴婦人や淑女らが群れをなすように、ヒューバート様めがけて殺到してきたではございませんか。
どのご令嬢も美しく着飾っているのに、ギラギラと滾っていて、まるで肉食獣。
案の定、ヒューバート様は後ずさりしています。そのお顔は、嫌悪に歪んで見えました。
「なんて……あさましく、醜いんだ」
微かにそう吐き捨てた声を、わたくしは聞いてしまいました。驚きました。
ヒューバート様は、普段は決してそんな言葉をおっしゃいません。よほど女性がお嫌いなのでしょう。
「ヒューバート様、ファーストダンスをお願いいたします!」
「わたくしが先ですわよ! おどきなさいっ!」
「割り込まないで! あなたじゃ釣り合わないわっ!」
「ヒューバート様っ、わたくしとぜひっ!」
確かに醜いわ。舌なめずりまで……まるで鮫です。鮫を見たことはございませんが。
在学中、いつもこのような目に遭っていたのですわね……。
わたくしはヒューバート様を護るべく、彼と令嬢たちの間に立ちふさがりました。
その隙に会場の扉を開き、王太子殿下を中に入れたヒューバート様です。
「本日のメインゲスト、王太子殿下の御成りです」
上手いこと注意が逸れました。国王陛下と同じ赤い髪の男性が、大広間に入ってきたのです。
わたくしにタックルしてきていた令嬢たちが、目を剥いて殿下を二度見し、そのあと慌てて居住まいを正します。
ヒューバート様ほどではございませんが、思わず目を奪われるほど美しい容姿の、まぎれもなく王太子殿下でございました。
写真で拝見したお姿より、ずっと華やかです。まあ、ヒューバート様ほどではございませんが。
殿下はこういう場に呼ばれるのは慣れているのか、これまたスマートに挨拶と祝辞を述べ、殿下のために用意された一人用のソファーに腰かけました。
その周りに人々が群がります。皆、殿下に顔を売ろうと必死です。
それでようやく、わたくしとヒューバート様は顔を見合せて、ホッとしたのです。
会場内は王族のサプライズ出席に大いに盛りあがり、ヒューバート様は満足しているご様子でした。
しばらくの御歓談やダンスの後、ヒューバート様がわたくしに目配せしてきました。
ちょうどその時、わたくしは料理が盛られた立食テーブルの前に陣取っていたので、すっかり忘れておりました。
そうでしたわ──婚約の発表をするのでしたわ!




