豚さんではなくラクダですわ
「お兄様、そんなときは夜食を食べればいいのですわ」
わたくしが慌てて提案すると、クライヴ兄様は「なるほど」と頷き、大人しくなりました。
「そうだね。ミラベルのやつ……うちにお土産を持ってきたのに、君に見せびらかしただけで、そのまま持って帰ってしまったらしいじゃないか」
「四つはいただきましたわ」
泣きながら追いすがるわたくしに、ミラベルは悲痛な声で叫びました。
「ごめんなさいっ、ごめんなさいっ、あげられないの! 食べてる時が一番幸せってあなたが言ってたから今まであげてたの! でももうダメよ、我慢して! しっ! あっちにいきなさいっ!」
そして、タルトの箱を持って、逃げるように立ち去ってしまったのです。うう、桃のタルト……。
パチンと指を鳴らすと、兄様は使用人に命じました。
「シンシアの夜食用に、チョコレートのタルトを五十個ほど買ってきてくれたまえ。ああ、シンシア。食べる時は俺を起こすんだぞ。君が食べるところを見るのが、一番の楽しみなのだから」
お母さまがげんなりした顔でおっしゃいました。
「シンシアは食べるのが大好きだから、わたくしも望むまま与えてきました。でも年頃なのだから、そろそろ考えないと」
おやつを減らされては大変と、わたくしは焦ります。
「だ、だけど、ヒューバート様は、こんなわたくしがいいとおっしゃってくれています」
「そうとも。そのままのシンシアに惚れたのだろう?」
お母さまは「確かにそうなのよね……」と悩んだ末に、それでも首を横に振りました。
「デビュタント前ですから分からないでしょうけど、これからヒューバート様と社交界に頻繁に出るようになるわ。その体型は……裕福な貴族社会では、逆にみっともないのよ」
なぜかお父様が顔を痛そうに歪め、罪悪感たっぷりの声で兄様を諭そうとなさいます。
「もう、お前たちを飢えさせたりしない。約束するから、クライヴ。そんなに食べさせなくても、シンシアは大丈夫だよ」
兄様はイヤイヤするように首を振りました。
「別に誰がなんと言おうと、我々にとってシンシアは天使だからいいでしょう? ヒューバートだって、婚約者に悪い虫が付いたら困ると思うんだ」
そうですわ! お兄様はまあ置いておいて、ヒューバート様が可愛いとおっしゃっている──そこが重要なのです。
「でもね、クライヴ。健康だって心配なのよ」
「……健康?」
クライヴ兄様が目を丸くしました。
「なぜです? あの頃より……栄養失調で死にかけた困窮時代より、よほど健康的ではございませんか」
「わたくしも知らなかったのだけど、この前シンシアを見かけた知り合いのお医者様から言われたの。太り過ぎって、いろんな病気を引き起こすらしいわ」
「な、なんですって!?」
お母様の言葉に、クライヴ兄様は驚愕の声をあげました。
「そんな……俺はてっきり、しばらく食べられなくても、溜め込んだ脂肪から……」
ラクダか、と呟くお父様の隣で、兄様はしばし呆然としておられました。
やがて我に返り──わたくしが食べようとしていたプティングを、サッと目の前から取りあげてしまったではございませんか!
「お、お兄様!?」
「許せ妹よ、兄もこんなことはしたくないのだ……!」
わたくし、甘いモノで締めないと永遠に食事が終わった気がしないのです!
兄様が涙を流しながら高く掲げたお皿を、わたくしは取り返そうとピョンピョン跳ねてしまいました。
淑女教育も、食べ物の魅力の前では無力なものです。
兄様は「許せ、許せ、ああなんと辛いのだ……!」と号泣しております。
まるで先ほどのミラベルのようですわ!
「大丈夫です、わたくしラクダになりますから! 返して」
お母さまは息をついて、わたくしにおっしゃいました。
「諦めなさい、シンシア。明日の準備をいたしましょう。コルセットで締めあげて、くびれを作らなければ」
クライヴ兄様がまたナプキンを叩きつけました。拾ったり投げたり、忙しそうですわね。
「母上、シンシアを虐待しようっていうんですか! 彼女にコルセットなど要りません!」
──ダメだこりゃ、とお父様がつぶやくのが聞こえました。




