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4-6


「"あの場所にて待つ"…クルードさんからですよね、たぶん」

「だね!」


案の定迷子になっていた刻止を回収し、どちらが年上なのか分からないやり取りでギルドを賑わせた二人は、まだ記憶にも新しい路地で自分達の足跡を辿るように歩いていた。 


今日得た収入をバーバの店で薬品の補充に使いつつ、紙切れに指定された場所へと向かっているのだ。

また来たのかと目を丸くしたバーバに昨日の分は使い切ったと告げた時は凄い顔をされたものである。


紙切れに従ってとは言っても、書かれていたのは讃良の読み上げた簡素な一文のみ。

しかし昨日の今日だ。さすがに察せる。

向こうもそう思ったからこそ一文に留めたのだろう。


そんな訳で変化のない路地を歩くことしばらく。

気を利かせてなのかいつもそうなのかは知らないが、目当ての場所は篝火代わりに昨日と同じぼんやりした明かりを灯していた。


心なしか昨日より明るく見えるのはワクワクとした心境故か。

刻止は悪戯を思いついた子供の顔で讃良に視線を送り、直後迷いなく酒場の正面へと駆け寄ると…


「きーーーーーーたよ!!!」


そのまま飛び込むような勢いで扉を開けたではないか。

ドンガラガッシャーン!!と外まで響いてきた音に讃良はこめかみをおさえた。


「うっはははははははは!」


その音の出所…思惑通りにひっくり返ったクルードを見つけ、刻止は膝を叩いて笑う。

勢いを付けすぎて扉が歪んだ気がしなくもないが、楽しいことのための些末な犠牲であると見ないふりをした。そもそも刻止は困らない。


「テメェ!もう少し静かに入って来れねェのか!!」


強かに頭を打って視界に星を散らせたクルードは、響く笑い声に追い打ちをかけられながらも下から元凶を睨みつけた。

元々良くない目つきが更に凶悪なものとなり、普通の人が見ればたじろいでしまうだろう威圧を孕んでいるが、刻止にはどこ吹く風である。パタパタと袖を揺らしただけであっさり受け流していた。


「いやはや、挨拶は元気よく!が基本だとも!会長殿がいつも言っていたよ!!」

「誰だよ会長!!!」

「挨拶運動、懐かしいですね」


正門で品の良い笑顔を振り撒いていた正希を思い出しながら、讃良も開けっ放しの扉から二人に合流する。

ちなみに、旧校舎メンバーからすると、一限の開始前に感情をごっそり落とした顔で「表情筋がつった」と文句を言う彼をからかうまでが挨拶運動だ。


「何だか知らんが…取り敢えず空気を読め!!こちとら滅茶苦茶真面目なツラして待ってたんだぞ!?」


言われてみれば、と刻止は瞬く。

よくよく見ると店の様子が昨日と違っているのだ。


点在していたテーブルと椅子は端に寄せられ、代わりに中央…クルードが待ち構えていたそこには、この場に似つかわしくない上品なソファとローテーブルが置かれている。まるで応接室を持ってきたみたいだ。


「ふむ?何故こんなチグハグになっているのかね?」

「いや、アジトん中はどこも倉庫状態でな…人を招いて真面目な話が出来る状態じゃねェんだわ。悪いがここで話をさせてもらいてェ」

「うはははは!良き!旧校舎みたいで我輩クンは好きだよ!」


旧校舎はどこもかしこも古くてボロいが、個人がそれぞれ居場所にしているエリアは持ち込まれた家具や真新しいカーペットなどで彩られていた。そのチグハグさが実によく似ているのだ。


刻止は懐かしさに目を細めつつクルードの向かいにボスンと腰掛ける。

柔らかく沈み込む座面に思わず気の抜けた声が出そうになって、彼は袖で口をおさえた。

カツラ探しと称して忍び込んだ校長室のソファよりもずっとふかふかで、途中昼寝を挟んでいなかったらおやすみ三秒をキメられたかもしれない。


高級品すげー、と手でもちもちソファを弄っていた刻止だが、テーブルの向こうでクルードが姿勢を正したのが見えてお巫山戯をやめた。

雰囲気にのまれた…というわけでは当然なく、取り敢えず真面目な大人に付き合うことに決めたのだ。


そして、同じく背筋を伸ばす。

まぁ、格好だけ取り繕ったところで爛々と好奇心に輝く目はそのままなので、あまり意味はないのだが。


「それで…」


話とは、と切り出すより早く。

クルードはガバリと音がつきそうな勢いで二人へつむじを向けたではないか。

さすがの刻止も面食らい、目を丸くして傍らの讃良を仰いだ。彼女も困り顔である。

二人の動揺には気付いているだろうに、クルードはそのまま重い声を吐き出した。


「まずは、感謝を」

「おや、という事は…使ったのだね」

「あァ。お前からもらった毒ってやつを使わせてもらった。暗殺は…成功したよ」


深い深い安堵。歩き疲れた旅人がようやく腰を落ち着かせたような音。

感情の純度の高いその声につられ、特に緊張していたつもりのない刻止まで肩が軽くなった気がした。


「うはははは!それは何よりだとも!ところで、投与した方の人は大丈夫かい?少しでも吸い込んでいたら危険だからね」

「そこは大丈夫だ。こっちもそれなりに場数は踏んでるんでね。んなヘマはしねェよ」

「良き!では、一安心したところで本題は?」

「あァ…」


クルードがおもむろに手のひらを上に向けると、どこからか現れた藍色の髪の男がそこへパツンパツンに膨らんだ麻袋を載せる。

影に形をもたせたような不思議な男だ。


袋は中々の重量があるようで、金属の擦れる音で鳴きながらクルードの手を僅かに沈めてみせた。

そしてそれは、ドンとテーブルに…刻止の前に移される。


「こいつは依頼主からの報酬だ。ざっと金貨500枚。余程死に様がお気に召したのか、色を付けてくれやがったよ」

「金貨がご、500枚!?」


讃良が素っ頓狂な声を上げるのも無理はない。

しばらく生活して分かった事だが、この世界では黒貨10枚で銀貨1枚、銀貨100枚で金貨1枚に置き換わる。

体感的にではあるが、黒貨1枚…1リールの価値は地球の100円相当。つまり、金貨1枚は約10万円といったところか。


そうなると、金貨500枚…50万リールとはかなりの大金なのである。

一般庶民である讃良と刻止にとっては目を輝かせるというより、むしろ恐れを抱く金額だ。

それをケロッとした顔で扱えるのだから、こと金銭感覚においては刻止よりクルードの方が狂ってると言えるだろう。


と、他人事のように麻袋から覗く山吹色を見ていた刻止だったが、続いた言葉に危うくひっくり返りそうになった。


「これを全部お前らに渡してェ」

「「は???」」


ソファでなければ今頃後頭部を打っていたな、という現実逃避もほどほどに、彼は動揺を散らすべくわざと乾いた咳をこぼす。

隣で「え?え!?」とわたわたしている讃良のおかげですぐに落ち着きは取り戻せたが、混乱はまったく引いていない。それでも、相手の真意を探るべく彼は緩慢に口を開いた。


「何故、と聞いても?」

「今回の成功はお前の協力が無けりャあり得なかったからな」

「うはははは!いやいや、確かに我輩クンはアドバイスをしたけども…結局のところ、実行したのはそちらではないかね」


せめて、一割か二割取り分を寄越されるならまだ分かる。

しかし全額など、誰が予想出来ようか。


そもそも刻止は己の知的好奇心とその瞬間の気分で動いたにすぎず、金銭のやり取りなどは気にもしていなかったのだ。

いや、少しも考えていなかったと言えば嘘になるが…せいぜいがお小遣い稼ぎになれば程度。


正直、死にかけの亀を助けたらいきなり竜宮城に拉致されたような気分である。想定以上のお返しで現実味がない。


彼の余裕を崩せたのが面白かったのか、クルードは顎をくいと少し上げて目を細めた。


「それでも、だ。どうしても受け取ってもらいてェんだよ」

「どうしてもって…うーむ…」

「だ、駄目ですよ先輩!怪しすぎます!それに、こんな大金持ってたら夜道で刺されそうですし!」

「まーまー、落ち着いてくれや。まだ話にャ続きがあるんでね」


続きと聞いて二人が警戒をあらわに口をつぐむと、その隙間に悪い大人はするりと入り込み…これが本題だと特大の爆弾を落としたのである。


「この金で、俺らを買ってくれ」

「「Pardon(なんて)???」」


英語教諭をおちょくるために無駄に習得した完璧な発音を、まさかこんな所で披露する羽目になるとは思いもしなかった。


普段はよく回る刻止の頭も、歯抜けの歯車となれば回せやしない。何がどうしてそうなった?と空回りするしかないのである。

予想外に予想外を重ねられ、さすがの彼も頭痛を覚えた。


「あー、もう!リーダーってば端折り過ぎっしょ!」


思考に沈む刻止と、「これって人身売買ですか…!?」と慄きながら彼を揺さぶる讃良の混乱を見かねてか、一人の男がクルードの背後から滲み出る。

先程の藍色の髪の男と同じように輪郭のはっきりしない雰囲気を持っていたが、こちらの男はくすんだ金色の髪と人懐こく笑顔を振り撒く様子から、どことなく大型犬を思わせた。


「ざっと説明すると、まず軸になるのはさっきリーダーが言った事っしょ。今回の成功はアンタの協力無くしてあり得なかった〜ってヤツ」

「あぁ、そこは一応分かるとも。だからこそ、我輩クン達を買いたいと言うならまだ理解出来るのだがね」

「つまり、言い間違いですか?それならそれで先輩を買いたいとか万死なんですけど」

「いんや、言い間違いじゃない。リーダーの言葉通りっしょ」


それはすなわち、買いたいではなく買われたいという台詞に間違いはないという事。

その違いにクルード達の思惑があるのは確かだ。

刻止は真意を探るべく、珍しく静かに話の続きに耳を傾けた。


「オレらが落ちぶれたって話は昨日リーダーがしてたっしょ?そもそもその原因ってのが新しく現れた同業者(闇ギルド)なんだけど…奴らのお得意がオレらと同じ暗殺のオシゴトでさ、主に魔法を使った手口がウリなんだよね。影や他人を魔法で操って…とか、心臓だけを魔法で取り出して…とか、魔法で足元から剣を召喚して串刺し…とかさ」


それは実にスマートで、刺激的な死をもたらす。

依頼の多くを占める金持ちの物好き…要するに貴族達は、ただ刺して切ってというアナログな死よりも不可思議で惨たらしい死に湧いたらしい。

湧いているのは貴族の頭だろうと二人は大いに呆れた。


「依頼はどんどん向こうに流れたっしょ。それだけでも痛手なのに、それと同時に人員まで流れた出したわけ。そりゃ、依頼の豊富さに加えて"安全"とくれば…皆が飛びつくのも納得ってもんっしょ」

「うはははは!確かに、魔法を使えば安全圏からの暗殺も容易いのかもね!」

「かも、じゃなくて、出来ちゃうんだよねこれが」

「ですが、皆が皆魔法に適性があるわけでは無いですよね?それとも、初級の魔法でも暗殺って出来ちゃうものなんですか?」

「んー、できない事もないだろうけど、実用的なのは中級以降っしょ」

「それなら…」

「けど、あのギルドは適性が無い奴には魔道具を貸し出してるんだよね。無料で」

「ふむ、成る程ね!」


魔道具にも色々ある。

人の手で作られる魔道具は火をつける、水を出すといった補助的なものが多いが、迷宮(ダンジョン)などから発見される魔道具の中には実戦投入できるレベルの強力な物も少なくない。

純粋な魔法程の効果とはいかずとも、人の力を越えるのは容易いのだ。


魔法の実力が足りない者でも魔道具を使えば十分な成果が上げられる。

成果が上げられるという事は、イコール報酬を得られるということ。

その上で安全性が高いとなれば…誰だってそちらへ流れたくもなるだろう。


「あいにくウチにはそんな魔道具は無いし、そもそも古き良き手法(アナログ)にこだわりを持ってたギルドなんだよね。だから流行りに乗り遅れてこのザマってわけっしょ」


男は軽い口調で、しかし心底寂しそうにガランとした酒場を見渡して肩を竦める。

その目に何を映したかなど刻止の知ったことではないが、きっと自分も旧校舎という居場所を失ったらこんな顔をするのだろうと思った。


「俺らも分かってんだ。変わらなきゃいけねェってことは。依頼はどんどん魔法ありきの無茶な要求ばかりになってるしな」


説明を任せて口を閉ざしていたクルードが唸るように呟く。

どこにも納得の色がない台詞に、刻止は昨日と同じ感想を抱いた。

大人って大変だね、と。


子供は感情を吐き出す生き物で、大人は飲み込む生き物。国どころか存在する世界すらも違うのに、同郷の者が目の前にいるようで哀れだと思った。

自罰的な苦労性など日本人だけで十分だろうに。


「だが、今更変わるってんなら周りに倣えじゃ意味がねェ」

「何よりオレら、魔法での暗殺とかなーんか肌に合わないんしょ。だから今もここに残ってるわけだしね」

「おう。そこで…お前の"毒"だ」

「うはははは!良き!実に良い目の付け所だ!!素直に称賛しよう!」


しかし、と刻止はゆっくり足を組む。


「我輩クンがその"変化"に付き合う義理はないよね?」


今回は気まぐれで毒を提供したが、定期的に渡すとなると話が違ってくる。

刻止の毒…すなわち地球の毒は、今の所刻止にしか作れないのだ。

それをギルドの中核に据えたいということはある意味の束縛に近く、あれが欲しいこれを頂戴と都合よく搾取されるのは気分が悪い。


…と、そこまで考えた瞬間、頭の奥でパチンと何かが弾けた。

まさかと目を見開くと、正面の笑顔がぐっと深まる。


「そう。だから、さっきの提案なんだよ。俺たちはお前の毒を使うんじゃなく、使()()()()()()()()立場が欲しいんだ。その為なら、お前の手にだって足にだってなってやる覚悟でな」

「ちょ、手足ってそれは私の特権で…!」

「讃良クン、ちょーっと我慢しておくれ」

「うぐぐ…」


やられた。浮かんだのはその四文字。

献上でも提供でもなく、クルード達が望んだのは下賜。

だからこそ、自分達を買ってほしいと頼んだのだ。明確に刻止より下であると示す為に。

ようやく繋がった話に、刻止は眉をハの字にしながらカラカラと笑った。


「キミ、たったの一日…どころか、あの短い接触だけで我輩クンを"扱えない"と判断したわけだ?」

「むしろ十分だったよ。何より…俺らはお前の慈悲で生かされてるからな。とてもじゃないが、従えるなんざ考えらんねェわ」

「うはははは!慈悲だなんて、大袈裟だね!」

「事実だろ…あの毒は、それほどのモンだった」


遠い目をしてそう言った彼は毒で死んだターゲットでも思い出しているのか、台詞の端に恐れを滲ませて顔色を悪くする。

是非とも仔細を聞きたい刻止だったが、ここはグッと堪えた。一応彼とて空気を読むこともあるのだ。


「お前は簡単に俺達を殺せた。少なくとも忠告がなけりゃ、匂いを嗅ごうとした俺や実行役は自滅してただろうよ」


毒物に理解の乏しいクルード達にとって、あんな粉が容易く人の命を奪えるなど予想外も予想外。

正直なところ、こんなものがと侮っていた。


刻止に念を押されたから慎重に扱ったに過ぎず、だからこそターゲットがもがき死んだ瞬間強烈に刻み込まれたのである。自分達が刻止によって生かされたのだ、ということを。

それは確かな敗北感を伴って突きつけられた事実だった。


「"こっち"じゃ強い奴こそが尊重されるモンだ。俺らを簡単に全滅させられるお前を上に見んのはおかしな話じゃねェのさ」

「腕っぷしでは到底敵わないけどね!」

「ハッ!腕っぷしが強ェだけの輩なんざいくらでもいる。"こっち"の連中が一目置くのはそういう単細胞じゃなく、力、頭脳、人脈、カリスマ、情報、スキル…何であれ、磨かれた強い"武器"を持ってる奴なんだよ」

「つまりオレらは、"毒"って武器を持つアンタの強さを認めてるって事っしょ!」


野性的だ。しかし、だからこそ賢い。

刻止はゆったりとした瞬きを繰り返しながらクルード達の話を噛み砕いていく。

様々な言葉を連ねてはいたが、結局のところ彼らの思惑は単純明快。


沈まぬ船に乗りたいのだ。


自分達の力ではただ溺れて沈むだけで、かといってその辺に浮いている似たりよったりな船は自分達が生き延びれる環境ではない。

そんな時に通りかかったのが刻止だった。

"毒"という船を乗り回す姿が彼らには余程魅力的に見えたのだろう。


刻止の機嫌が上を向く。

見る目あるじゃん、と。この世界に来て初めて(推し)を認めてもらえたのだ。さもありなん。

その機微を捉えたのか、クルードが身を乗り出した。


「ギルドの運営や雑事が面倒なら俺らが今まで通り全部やる。お前はただ、好きに自由に気まぐれに毒を恵んでくれりャいいんだ。依頼なんかの調整はこっちが勝手にするからよ。無理強いだけは絶対にしないと、約束する」

「ふむ、ふむ」

「逆にお前は俺達を好きに使ってくれて構わねェ。表からじゃ手を出しにくい事だってあるだろ?」

「うはははは!どうしよう讃良クン!とっても好条件だ!!」

「先輩!つられちゃ駄目ですよ!というかこの人、いちいち的確というか…私達の事知りすぎですよね!?ストーカーですか!?」

「ついでに、毒の提供に関わらず依頼報酬の七割を常に渡すぞ」

「うぐ…!確かにお金は必要ですけど…!」


クルードは人当たりのいい顔でにこりと笑う。ストーカーではないが、こと交渉にあたり、多少なりとも二人のことは調べたのだ。

この街に来る前の事は何一つ分からなかったが、だからこそ"訳アリ"である事は察していたし、刻止の自由な性格も二人が金策に苦心している事も掴めていた。その上でのこの条件だ。


「どうだ。足りねェか?」


正直これ以上クルード達が提示出来る利点はない。

どうかコレで満足してくれと笑顔の下で冷や汗を流していた彼はしかし、知らなかった。


彼の提示した条件の中に、刻止にとってとびきりの好条件…最高のカードがあったことを。

悩むふりして袖で隠したその向こう。歪んだ口はきっと讃良にすら勘付かれてはいないだろう。


刻止は歓喜した。

クルードは知らぬうちに、普通なら手に入れられなかっただろう"ある事"をするための場を彼に提供しようとしているのだ。


"ある事"とは、つまり、"人体実験"。


口に出さない理性はあれど、彼の頭にはその四文字が躍っていたのである。

倫理観の枷を外した毒狂いが求めるのはやはり、そこなのだ。

当然そんな危険思考を悟らせるヘマはしないが。


理性のある狂人とは成る程厄介なものだなと、刻止は自分自身を見て深く納得したものである。


「讃良クン、こういった手合は情報に強い。今ので理解しただろう?」

「はい…大変不本意ですが」

「ならば我輩クン達が慣れないことをするより、彼らを利用した方が効率的だとは思わないかね?」

「あ、そっか。先輩の手足になってくれるって…」

「ん?情報収集くらいならいくらでも承るぞ。ま、それ専門にしてる人間よりは劣るがな」

「いやいや!十分だろうとも!」

「むむむむ」


刻止はまだ揺らいでいる讃良を見上げ、少しばかりズルい手を使うことに決めた。

自分のためは勿論だが、彼らの能力はかなり有益なのだ。

神殿で情報を待つ仲間たちのためにも、ここで手に入れない手はない。


「讃良クン、讃良クン。善悪なんてものは一度その辺に置いてごらん。その上で聞こうじゃないか。キミは、見ず知らずの誰かの命と、我輩クン達の利益…どちらを取るかね?」


シン、と五拍の空白。

困ったように一度視線を床に落とし、しかしすぐに刻止へと戻された視線。

その色の変化は、オセロを返すのに似ていた。


「………後者、です。命を天秤に乗せるのは良くないと分かっていますけど…私は、善人にはなれません。この世界には、私達を理不尽に巻き込んだ代償を払ってもらいましょう」

「うはははは!良き!!キミの苛烈さはとっても好きだよ!」

「プロポーズですか?結婚しましょう!!」

「しない!」


茶番もほどほどに、刻止は改めてクルード達を正面に見据えて居住まいを正す。

讃良の台詞が意外だったのだろう。目を白黒させている彼らには悪いが、あいにく彼女は見た目通りの清廉な人間ではなかった。


生まれ育った環境のせいで常識人の皮を被るクセがあるが、中身は自分と自分が身内と認めた者以外は人間とすら見ていないような超排他的な人物なのだ。

刻止がする問いは、その皮を剥ぐためのきっかけにすぎない。

わかりにくい分刻止よりたちが悪いだろう。


「クルード殿。我輩クン達はそちらの要求をのもう」

「…っ!?ぇ、あ、ってこたァ…!」

「うむ!キミ達とこのギルド、丸ごと買い取らせてもらうとするよ!!」

「っ!!恩に、恩にきる!!!」

「やったー!やったっしょ、リーダー!」

「馬鹿野郎っ!俺ァもう、リーダーじゃねェの!くっ…!」

「…うるさい」


花火が上がったように盛り上がる面々に、刻止と讃良は顔を見合わせて笑った。

クルードが男泣き、くすんだ金髪はいつの間にか隣にいた藍色の髪に飛びついて落ち着きなく跳ね、藍色の髪は迷惑そうではあるが口元に隠し切れない喜色をにじませている。


まさかこんなに喜ばれるとは思わなかった。二人の正直な感想だ。

いい年した大人の大はしゃぎは、見ててむず痒くなるものだと学んだ瞬間である。


「しかし、随分と毒に期待してくれているのだね?我輩クンとしては嬉しいが」

「もーね!オレは死んだターゲット見てビビッときたっしょ!!次の時代が来たって!!」

「…わかる。コレだ、と思いましたので」

「はんっ!甘ェな!!俺ァ受け取った時からだ!」

「うーん…本能とかなんですかね?」

「暗殺といえば、だものね!!」


地球において毒は暗殺のベーシック。

はるか昔から今に至っても使われるソレに、暗殺者の血が反応したのかもしれない。


「何より!魔法でもなく、どころか魔力の欠片もない"ただのモノ"なのにあの威力!しかも魔法を無力なモンにしちまうとか…堪らないっしょ!下剋上みたいで!!」

「「…ん?」」

「あァ、あれな。俺ァ会場に潜入して近くで様子を見てたが…光魔法でも万能薬でもターゲットは回復しなかったんだよな」


「驚いた」と言うクルードに、刻止も内心驚いていた。

どうやら彼の毒には光魔法…状態異常を治す類の魔法や、万能薬すらも効かないらしい。

思わぬ所で知りたい事を知れた。

早速の利益である。


「…ボス」

「ん?」


ほくほくと表情を緩ませていると、不意に正面から声がかけられた。

聞き慣れない呼称に意識を戻せば、男三人がじっと己を窺っていることに気付く。

何だろうかと首を傾げた刻止の耳元へ讃良がそっと唇を寄せた。


「たぶんですけど、先輩の言葉待ちですよ。生徒会でよく感じる雰囲気です」

「あぁ、そういう!」


分かりやすい例えに得心がいった。

つまり、正希のような振る舞いを求められているのだ。

手を打った彼はポイと靴を脱ぎ、目の前のテーブルに飛び乗って仁王立ちする。


ローテーブルと日本人として平均的な身長の組み合わせなので然程高いとは言えない目線ではあるが、本人は堂々たる様子で顎を上げ、片手を腰に当てた。そして、薄暗い室内にそぐわない晴れを思わせる顔で口を開いたのである。


「諸君!手を貸す以上、我輩クンは期待しよう!この組織が世界の"毒"となる事を!そして、その働きをもって"毒"の恐ろしさを皆に教えてあげておくれ!」

「「「Yes,ボス!」」」

「はい!」

「では、記念すべき最初の"お願い"だが…」


妖艶に目を細めた刻止に、その場にいた皆がごくりと唾を飲む。

しかし彼は未練の欠片もなくテーブルから飛び降りると、ポケットから羽根ペンとメモ帳代わりの紙束を取り出して頬を紅潮させたのだった。


「此度のターゲットがどのようにして死に至ったのか、詳しく教えておくれ!!」


てっきり真面目な話かと身構えていた男達はズッコケたし、讃良は「さすが先輩」と呆れ混じりの称賛を送る。


こうして、締まらないものの確かに世界に毒が滲んだ。

それは魔法という万能な力にあぐらをかいていた世界へ、()()()()忍び寄ったのである。


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