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4-4


「人を殺してェ」


「はーい!解散、解散!!先輩、解散しましょう!」

「あ"ー!!待て待て待て!待ってくれ頼むから!!ホントに、ほんっとーに困ってんだって!!」

「だからって開口一番で殺人予告する人がどこにいますか!!」

「だって困ってんだもん!」

「うはははは!キミ、さっきまでの口をどこに落としてきたのかね!」


とても先程までしっかりとした説明を披露していたとは思えない言葉選びに、取り敢えず男が想像以上に切羽詰まってる事だけは伝わってきた。

まぁ、酒が入っているとはいえ大の大人が涙目で子供に縋り付いてくるのだから余程なのだろう。


刻止は両側からしがみついている男女に夜は長くなりそうだとニコニコしつつ、目下男の手から白衣を引き抜くことに苦心したのだった。薬品ならいくらでも塗れて構わないが、野郎の鼻水はごめんなのである。


「あー…いきなり悪かったな。ちっと焦りすぎた」


決まり悪そうに口を曲げ、ガタつく椅子にでも座っているような様子で男は後頭部を掻く。

彼は気にするなと視界の中心で揺らされた白に細く息を吐き、今度はきちんと頭で言葉を組み立てていった。


「そうだな…まずは、俺の事を話すとするか。自己紹介もしてねェし」

「おや、そう言えばそうだったね!困らないから忘れていたとも!!」

「いらなくても一応は持っててくれや。俺はクルード・フランドル。ここ、"赤い蛇"でリーダーをやってるモンだ」

「赤い蛇…って何です?お店の名前ですか?」


しかしそれなら"リーダー"は些か不自然か。自分の口から出した台詞に納得いかない様子の讃良に、男はぷはっと笑う。

それは馬鹿にしているような響きだったが、向けられた先は彼女ではない気がした。


「なァに。大したモンじゃねェよ。廃れちまったギルドの名さ」


昔はこの名だけで大人から子供まで震え上がったというのに…そんな懐古をこぼしかけて、クルードはグッと歯を食いしばる。

何せ、それを言葉にするのは子供に縋るよりも惨めに思えたから。


「ふむ?ギルドとは冒険者ギルドだけではないのかね?」

「おう。国に認められてんのは冒険者ギルドと商人ギルドだが、他にも非公認のギルドってのはぼちぼちあるぜ。ウチもその一つ…言っちまえば闇ギルドってやつだ」

「うはははは!一気に物騒になったね!!闇ギルドとはアレだろう?暗殺、盗みに、人身売買ってパターンもあるかな!」


男はシニカルな笑みを浮かべる。それが答えらしかった。

刻止が並べたワードに警戒を強めつつ、讃良は合点がいったように呟く。


「だから、人を…」

「そ。つまりは依頼を受けてんだわ。暗殺の、な」

「それって、私達に言って大丈夫なんですか?」

「大丈夫じゃねェよ。大丈夫じゃねェが、言ったろ。こっちも焦ってんだ。悪いが、巻き込ませてもらうぜ」

「おや、とんだとばっちりだ!」

「これも対価と思って諦めてくれ」


刻止はクルードの凪いだ眼差しに小さく息を吐く。恐らくこの男は、情報が漏れたりしたら躊躇なく自分達の首を刎ねるだろう。

話が通じるとはいえ、そこはやはり裏の人間。上着を羽織るように軽々しく闇を纏っていた。

とはいえ、それに怯える彼ではないが。


「…どうやら、その依頼とやらが問題みたいだね?」

「そうとも。大問題だよ、ホント。ちっと愚痴に付き合ってくれや」


曰く、このギルドはここ数年で一気に人が減り、かなり苦しい状況に陥っているのだという。

人手不足で依頼が回せなくなると得意先は次々と離れ、信用も減り、今では二月に一つ依頼が入ればいい方。

そんな状態でギルドが経営出来る筈もなく、結果この有り様らしい。


「前のリーダーは自分が頑張らねェとなんて焦った末に、浸魔に溺れて消えちまった」

「あぁ!それでキミ、やけに詳しかったんだね」


苦々しい顔の彼は、一体何を思ってそこまで調べたのだろうか。

刻止には知ったことではないが、少なくともその前リーダーに情はあったのだろう。そうでなければ、こんな後悔の色を瞳に宿したりしない筈だ。


「…んで、今回の依頼主はそんなウチに残った最後のお得意様だ。これを断ったりしたらもう終いだろうよ。だから受けざるを得ないんだが…内容がな」


クルードは何もないテーブルの上、まるで依頼書がそこにあるかのように木目へ指を立てた。


相手(ターゲット)は勿論伏せるが、要望はこうだ。"パーティーの最中、皆の目の前で可能な限り苦しめて殺してくれ。ただし、自分は血が嫌いなので、なるべく綺麗に殺すこと"…ってな」

「おやおや、それはまた…」


刻止の口がむずりと歪む。

まるで笑い出すのを堪えるような仕草に、しかしクルードは気付くことなく拳をテーブルに叩きつけた。


「無茶苦茶だろ!?こんなの!!あの性悪貴族…っ!こっちが断れないって分かっててコレだ!クソが!!」


どうやらクライアントは貴族らしい。まぁ、暗殺者を求める人間としては妥当なところだろう。

現実世界ではどうなのか知らないが、物語上で見る貴族社会はドロドロで救いようが無いと相場が決まっているのだ。つまり、ラノベを履修している刻止からすれば例に漏れずといったところか。


だからそんなに青い顔で必死に記憶から追い出そうとしなくていいのに、と刻止は頭を抱えてしまった素直な後輩のつむじを眺めた。

その間もクルードの口は止まらない。


「そもそも!暗殺ってのは人目を忍んでこっそり殺るモンだろォが!!それをパーティーのど真ん中殺れって…ショーじゃねェんだぞ!?いや、出来ねェとは言わねェよ?俺や残ってる奴らの腕がありゃまァ、出来はするさ。けどな!ナイフにしろ矢にしろワイヤーにしろ、血は出るんだっつーの!!!」


言葉の尻を乱雑に投げ、肩で息をするクルードの手からじわりと血が滲む。

怒りの中にある悔しさが目に見える形で現れているようだった。


二人は大人がここまで感情を剥き出しにしている姿を見たことがない。

だからこそ、いつもの軽口一つ、言葉一つと掛けられぬままに嵐が過ぎるのを待つ小鳥になる他なかった。

自分の理解を超えた大きなエネルギーがうねる様を、ただただ凄いなと眺める事しか出来なかったのだ。


「クソ!!魔法を使うにしたって、あの家のパーティー会場にゃ反魔法結界が張られてるんだ!専門家でもねェ俺らじゃどうしようもないだろうが!!これでどうやって殺せって!?バカにすんのも大概にしろってんだ!!」


クルードは恥も外聞もなく慨嘆する。酒が回っていたのだろうし、そうせざるを得ないくらいには追い詰められていたのだろう。

荒い呼吸だけを残した彼は、ひどく失敗したかのような顔をしていたから。


「うはははは!大人って大変だね!」


けれども刻止は、止んだ嵐をそんな言葉でまとめた。

嘲るような音にクルードは彼の性格を知ったのである。

その引き攣った表情は正希達が良くする"コイツやべぇな"の顔に似ていたと、讃良は後に語った。


「はぁ………マ、そーよ。大変なんだよ、大人は。あ"ーどうしたもんか…パーティーはもう、明日だってのに」

「え?それってつまり…タイムリミット、ですよね?」

「そ。けど良い案がなーんにも浮かばねェ。だからもう諦めて最後の晩酌を楽しんでたって時に…」

「我輩クン達が来たのだね!」

「何かすみません…」

「別に怒っちゃいねェよ。ただ、だからこそ思うところもあってな。タイミング良く来やがったお前らにアドバイスを聞いてみようと思ったわけさ。死の気配がするお前らに、な」


刻止は珍しく虚を突かれたように目を丸くし、すぐに弾けるように笑い出す。


「うはははは!何だ、キミ。こちらの名前を聞いてこないとは思っていたが…知っていたのだね!」

「まァな。情報屋じゃなくともこっちの連中ってのは耳が早いんだよ。良く覚えとけ」

「つまり、ストーカーですか…?先輩のストーカーとか万死ですけど??」

「だから!何で!!そうなるんだよ!!!」


ピキピキと器用に刻止を避けてテーブルを凍らせる讃良の目は、痴漢か何かを見るそれだった。

エーデライズにその罪状はないが、大変不名誉な視線であることだけはクルードにも分かる。


思わず立ち上がりかけた彼だったが、睨み合う両者の間に漂った空気は笑い転げたらしい足に蹴飛ばされ、霧散してしまった。

その足の主は仰向けに寝転んだままクルードを見つめ、「良き!」とにんまり笑う。


「提案しよう、クルード殿」

「は?提案って…まさか…!?」

「うむ!ズバリ、毒を使うのが良いだろうね!!」

「…」


輝いた瞳が一拍と持たずに死んだ。さながら、火をつけた瞬間に落ちた線香花火のような虚しさを背負い込んで、クルードはだらりと椅子に座り直す。


「毒って…そりゃ、血は出ねェしじわじわダメージを与えられっけど…」

「ほら!ピッタリじゃないかね!」

「どこがだよ!!毒で人が死ぬか!!俺がしてェのは嫌がらせじゃなくて暗殺なんだっての!!」


「はぁぁぁぁ…」と大きすぎるため息でテーブルを撫で、明らかな落胆を見せるクルードに刻止と讃良は顔を見合わせた。


「死ぬよね」

「死にますよね」


こぼれ落ちた男女の声は、果たして人間のものだったのだろうか。

クルードがそんな馬鹿げだ事を思う程に、紡がれた解は透明で淡々としていた。頭の奥で警笛が鳴る。


彼は独自の情報網により、二人が冒険者登録初日に格上の冒険者を殺した事は知っていた。

けれども、特別目をつけていたかといえばそうでも無い。

せめて「ガッツがある新人だな」程度の感想を持ったくらいだ。


如何せん、闇ギルドの界隈では刻止達よりずっと幼い子供でも殺しに手を染めるものなのである。年齢一桁の殺し屋を見慣れた彼に注目しろという方が難しいだろう。


しかし今、己がつけた評価をクルードは心底後悔している。


「うーむ…そのパーティーとやらはいつ頃なのかね?」

「え、あ、あァ、確か…明日の昼頃だった筈だ」

「うはははは!良き!それなら間に合いそうだ!!」


刻止は雑多な知識が入った己の引き出しから一つを選び、取り出すイメージと共に勢いをつけて起き上がる。普段笑う以外に使われない腹筋が悲鳴を上げたが、アドレナリンが誤魔化してくれた。


「讃良クン!瓶を!」

「はい。こちらに」


慣れたように讃良が手渡したのは、バーバから幾つか譲ってもらった空のガラス瓶。

まさかこんなにすぐ出番が来るとは、この瓶も思っていなかっただろう。


刻止は蓋が固く締まっている事を確認した後、片手に乗せた瓶へもう片手から垂れ下がる袖を被せた。

クルードに見せつけるようにゆっくりと動かす彼の気分はマジシャンである。

ある意味マジックであるのは間違っていないかもしれないが。


「さぁさぁ、いくよ!!3、2、1…ほい!!」


ぱっと袖をどかした彼の手には、空のガラス瓶…ではなく、中に何かの粉末が入ったガラス瓶が握られていた。

その変化に気付いたクルードが、前のめりになって中身を覗き込む。


「…これは?」

「勿論、毒だとも!!」

「毒?これが…?ベノムファレーナの鱗粉か何かか?」

「うはははは!我輩クンのオススメ、とだけ言っておこうか!」


これは謂わば、ちょっとした気まぐれ。

思いの外クルードという人物が愉快だったので、興が乗ったにすぎない。

故に、手の内まで晒すつもりはないのだ。


答える気がないと伝わったのか、クルードは細めた瞳を刻止から再度ガラス瓶へ向けると、ひょいと二本の指で摘んで中の粉を遊ばせる。


半信半疑…否、八割以上疑いに傾いているその表情が後々どう変わるのか?

今の刻止は試薬を入れる直前に似たワクワクで心を躍らせていた。

()()()、蓋を開けようとした彼の手を止めるように、人差し指をとんと瓶の頂点に置く。


「コレが効くまで早くて十時間。パーティーの時間から逆算して、この粉をターゲットに吸わせてごらん!そのくらいは容易いだろう?」

「そりゃ、まァな。朝飯前だ」

「うはははは!良き!ならば、くれぐれもターゲット以外が吸い込まないようにだけ気を付けたまえよ!勿論、キミ達もね!」


忠告を終えて指をどかせば、一拍空けて察したらしいクルードが腕を伸ばして瓶を遠ざけた。

そのくせ、顔には未だ濃い猜疑が浮かんでいるのだから面白い。


「本当にこんなモンで殺れんのかねェ…?」

「我輩クンは保証するとも!取り敢えず、これが我輩クン達に出来る最大のアドバイスだね!」

「信じる、信じないはお任せします」


刻止がテーブルから飛び降りたのを見て、讃良も椅子から腰を上げる。

二人の足先は出口へと向いていた。


「では、我輩クン達は帰るとするよ!」

「よろしいですよね?」


クルードは刻止とガラス瓶を交互に見て、やがて諦めたように目を伏せる。

納得の如何はともかく、情報の対価は受け取ったのだ。


「あァ…付き合ってくれてあんがとさん。頼むから、衛兵には黙っといてくれよ」

「うはははは!そんなつまらない真似はしないとも!ま、頑張りたまえよ!」


バサリと白衣を翻し、刻止は下手くそなスキップのリズムを響かせながら酒場を後にする。

取り敢えずといった様子で一礼をし、讃良もまたその背を追って扉の向こうへ消えた。

残った男はぼんやりした魔力灯に瓶をかざし、大きく、大きく息を吐く。


「ありゃ、とんでもねェな」


とんでもねェーー死の香りだ。


誰に聞かせるでもなく呟いた口はどうしてか笑っていて。

それを誤魔化すかのように我慢していたシガーを一本咥えた。

詠唱もなく先に小さな火種の魔法が弾けると同時に、クルードの背後で影が揺れる。


「聞いてたろ。コイツを吸わせてこい。今からなら間に合うだろ」

「…はぁ、信用するので?」


深い水底のような声がした。

静かで空虚な男の声だ。

温度など無いようなそれに、しかし長い付き合いから感情を見つけ出したクルードは鼻で一笑する。


「なら、他に策は?最初の案の通り、テメェが首折りに行くか?」

「…ターゲットの防衛魔法を破れる程の筋肉は、ありませんので」

「あれなァ…あの臆病な伯爵サマは、たとえ身内だけのパーティーだったとしても魔法を解いたりしねェからな」


刻止達には言わなかった…というより言ってしまったら容易に特定出来てしまうので言えなかったが、此度のターゲットは自己を守る事に関しては超一流と有名な人物だ。

ついたあだ名は誰が呼んだか鉄壁伯爵。皮肉のつもりが思いの外ガチなので笑えない。


同業者の知り合い含めて、これを突破出来るのは魔法無効化のスキルが付与されたナイフを持つクルードくらいである。だからこその難題だったのだ。


「俺らにゃ後がねェ。策もねェ。なら、賭けてみるしかねェだろうよ」

「…はぁ、了解」

「まァ、一応俺も当日会場に行く。ダメだったら責任持って尻拭いするさ」


依頼者の意には添えないが、殺らないよりはまだマシだろう。

その時自分はどうなるか、なんて。

ぷかりと吐き出した煙に己を重ね、クルードは自嘲した。何とも頼りないもんだ、と。


「…つーか、もう一人はどうした?ずっといねェよな?」

「…あぁ、それが…影に潜んでた時女に…その、大事な所を踏み抜かれたらしく」

「そりゃ、ごしゅーしょさん…」


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