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だだっ広い草原は視界を遮るような木すら無く、一面鮮やかな緑色の中に申し訳程度の岩が模様をつけている。
日本では中々見られないような広大な風景に目を輝かせている讃良の横で、刻止はルミルに渡された依頼書と睨めっこしていた。
「ラケル草…あらゆるポーションの材料となる基本の薬草、か。うはははは!見てごらん讃良クン!花の色こそ違うが、鈴蘭にそっくりだよ!」
「先輩の口からそう聞くと、薬の材料じゃなくて毒の材料に聞こえるんですけど…」
「依頼は十本。思ったより多くないのだね?」
「あくまでもお試し用の依頼だからな。つっても、一ツ星にとっちゃ十分大変だぜ?」
二人の前で先導する同行者…ボイゾが鼻を鳴らす。
彼と、その隣にいる斥候のジョン、そして皆の後ろに付いている水魔法の使い手であるウーズは、三人で〔破砕の剣〕という三ツ星パーティーを組んでいるそうだ。
剣など無くとも岩を破砕できそうなマッチョ三人組である。
魔法職であるウーズが一番ムキムキなのがまた何とも言えない。スタッフで殴るタイプだろうかと刻止はちょっとワクワクしている。
「魔物を警戒、対処しながらこの似たような草だらけの中で目当てのモンを探すんだぞ。アンタが思ってるより楽じゃないぞ」
「成る程、成る程。体力だけでなく精神的疲労も大きそうだね!」
「品質も難しいところですよ。弱い草ですから、戦闘などで傷付けるとダメになってしまうのです。少しの傷でも品質ががた落ちしてギルドから弾かれてしまいますからね」
「うはははは!では、採取には細心の注意が必要なのだね!助言感謝するよ!」
「オイコラ、声がでけぇよ。魔物が寄ってくるだろうが」
最初こそ何かされるだろうと警戒していた讃良だったが、意外にも彼らは面倒見良く仕事のノウハウを教えてくれていた。
だからといって油断するつもりはないものの、随分と馴染んでいる刻止に気が抜けそうになる。
と、低い唸り声が草の間から聞こえ、讃良ははっと身構えた。
「チッ、言わんこっちゃねぇ」
彼女よりもずっと早く戦闘態勢をとっていたボイゾが苛立たしげに呟き、ジョンの方に目を向ける。
すると、視線に応えるようにスッと二本の指が立てられた。
「この先にグラスウルフが二体。テメェらで対処可能な数だ」
「危なくなったら手を貸しますので、まずはお二方だけでやってみてください」
「分かりました」
「讃良クン!ファイトだよ!」
「「「オイ!」」」
何故か応援に回ろうとしている刻止の頭を大きな手がガシリと掴んだ。
「テメェも行くんだよ!!」
「うはははは!いやいや、適材適所と言うやつだよ!」
「あァ"!?」
「この辺りは既に薬草の採取ポイントだろう?なら、戦闘は讃良クンに任せて我輩クンは薬草を探そうかと思ってね!」
「あなた…女性に危険を押し付けるつもりですか…?」
「それはちょっと、どうかと思うぞ」
言ってることは合理的だが、配役が最低である。元々刻止が気に入らなかったボイゾは勿論、他二人も軽蔑の眼差しでもって彼を刺した。
「おい嬢ちゃん。アンタも何とか言ってやれ」
「ええと…」
讃良は少し言いよどみ、けれどもここはキッパリり言うべきだと顔を上げる。
「ぶっちゃけ先輩は戦闘中邪魔なので、どっか行っててくれた方がありがたいです」
「「「え」」」
「うはははは!辛辣だね!」
「だって、先輩好き勝手動き回るじゃないですか。うっかり魔法当てちゃいそうなんですよ」
ちなみにこれは森での経験から来た判断だ。
刻止は動きが読めない上、讃良の動きに気を配ろうとしない。
その為一,二回ほど魔法を当てそうになり、讃良の寿命は縮んだ。
「では、そういうことだから…讃良クンのサポートは頼んだよ!」
「あ、オイ!?」
「み、見失ったぞ…何だぞアイツ…」
言うが早いか、あっという間にいなくなった刻止にボイゾも斥候のジョンすらも唖然とする。ご丁寧に気配まで消しているではないか。
怪しげな組織と命懸けの鬼ごっこをした経験がこんなところで生かされるとは、当時の追っ手達も夢にも思わなかっただろう。
「あの、お嬢さん…あなた、本当に彼と一緒で良いんですか?」
いっそ清々しい程の他人任せにドン引きしつつ、ウーズは讃良を気遣うように声を落とした。
自分達とて人の事をとやかく言えるほど良い人間ではないが、断言する。コレはない。
しかし彼女は、なんて事ない顔で大丈夫だと笑ってみせた。
「先輩って大体いつもあんな感じなので、今更ですよ。それに私、その…そういう自由なところも好きですし…」
「「「ア、ハイ」」」
恋する女の子とは凄いのだなと中年達にダメージを与えた讃良は、グラスウルフの姿を見つけて魔力を練り上げる。
グラスウルフとは緑色の体毛を持つ狼型の魔物で、大きさは柴犬くらい。
攻撃は爪と牙を用いて襲いかかってくるというシンプルなものだが、そのすばしっこさは中々に厄介だ。
更に、必ず二頭以上で襲いかかってくるので、連携には注意が必要である。
事前に聞いていた魔物の情報を思い出しつつ、讃良はスッと戦場の空気を吸った。
【グルルルァ!!】
「"凍てつく氷の隣人よ、我が声に応えよ"…『氷球』!」
【ガル!!】
どうやら、情報は正しかったらしい。
讃良の魔法はあっさり躱され、二頭いたグラスウルフ達はそれぞれ別れて茂みに紛れてしまった。
こうなったら片方ずつ確実に倒したいところだが、魔法を使うにはそれなりの集中がいる。
まだ魔法にも戦闘そのものにも慣れていない今の彼女では、一方を狙うともう一方に手が回らなくなる可能性があった。
そも、喧嘩すらしてこなかった優等生に立ち回りなど分かる筈もない。
讃良は一瞬の思考の後、ならばと力を抜いた。
(まさか、諦めたのか…!?)
無防備な姿に武器を握る手を強めたボイゾだったが、飛び出そうと腰を屈めたところでウーズに止められる。
「何故だ!このままでは…」
「いえ、ですが、彼女の魔力が…」
【【ガオォォォォン!!】】
マッチョ同士が胸ぐらを掴み合っているうちに、グラスウルフ達が動いた。
左右からの挟撃。
単純ながらも首と足をそれぞれ狙った攻撃は的確で、タイミングもピッタリ。
ジョンが「避けろ!」と叫ぶも、鋭い爪と牙はもう、彼女を捉える寸前であった。
寸前で、けれども…止まった。
それもその筈。
「『氷壁』!!」
【ガフッ!?】
【ギャイン!?】
攻撃が届くよりも早く、グラスウルフ達の前に氷の壁が現れたのだから。
そう、讃良は詠唱だけ済ませた状態でこれを狙っていたのだ。
要はカウンターである。動きについていけないのなら、確実な瞬間を待ってそこに攻撃を置けばいい。
「とどめです…!『氷槍』!!」
そして、壁に体を強く打ち付けたグラスウルフに体勢を整える隙を与えず、彼女は地面から突き出た氷の槍で柔らかい腹から串刺しにしたのだった。
その鮮やかなコンボを可能にしたのは、ギルドに置かれていた鑑定の石板によって取得した『チェイン』…同じ属性、同じ等級の魔法なら、一度の詠唱で連続使用することが可能になるというスキルである。取得しておいて正解だったようだ。
「よし!」
パキィンと役目を終えて砕けた氷が降り注ぐ。
キラキラと光を乱反射させるそれは、元々整った容姿の讃良をより魅力的に飾った。
「やっぱ…いい女だ」
眩しそうにボイゾが目を細めたのは氷に弾かれた陽光故か、はたまた彼女本人のせいか…
何はともあれ、今は健闘した新人を労うべきだろう。そう思い、絶命した魔物を嫌そうに見下ろす讃良に一歩近付いた…その瞬間。
ボイゾ達三人は一斉に武器を構えた。
「うはははは!お見事だね!」
「「「!?」」」
腹の底が震えるような嫌な気配にてっきり魔物かと思ったのだが、現れたのは別行動をしていた刻止ではないか。
(((今のは一体…?)))
冒険者として生き抜くにあたり、第六感というのは馬鹿に出来ない。
今までとて、己の肌や直感が感じた"嫌な予感"というものに幾度となく助けられてきた。
しかし辺りを探っても何も見当たらない。
不思議そうに三人を眺める刻止がいるだけだ。
ボイゾ達は顔を見合わせ、逡巡の後に気のせいだったと結論付けて構えを解く。
警戒されていたなど露知らず。
彼らの様子に状況は終了したと判断し、刻止は呑気な顔で袖を旗のように大きく揺らした。
「おーい、讃良クン!お疲れ様ー!」
「あ、先輩!!もしかして、見てました?」
「うむ!見事なカウンターだったとも!」
「えへへへへ!」
氷のような美人の表情はドロドロに溶け、一瞬で台無しになる。
もはやそこにいるのは魔物を倒した冒険者ではなく、ただの乙女だ。氷の破片ではなく花が舞っているようある。
このままでは二人きりの空気になりそうだったので、中年のマッチョ達は心底面白くなさそうな顔で「おーおー、お疲れちゃん」と割り入った。
「嬢ちゃん、よくやったな!大したもんだぜ!」
「新人にしては鮮やかな戦いだったぞ」
「しかしあの作戦には驚きました。あなたは度胸がおありなのですね」
「あ、どうも」
「「「…」」」
温度差よ。
そこはかと無い差を突き付けられて胸を痛めた三人は、これ以上傷を広げないために刻止へと向き直ることにする。
「オイオ~イ、随分と早ぇ帰りじゃねぇか、腰抜けクン?」
「薬草見つからなかったんだぞ?」
「いやいや!ちゃあんと見つかったとも!」
どうだか、と三人は肩をすくめる。
戦闘があったとはいえこの短時間だ。
慣れたボイゾ達ですら一本見つかればいい方だというのに、ド素人のド新人である刻止が早々見つけられたなど信じがたかった。
しかし、得意気に伸びた鼻を折る気満々で腕の筋肉を隆起させた三人は知らない。
讃良が心底憐れむような目を向けていたことを。
「うはははは!丁度いい!ちゃんとラケル草か確認してくれたまえよ!」
小馬鹿にされている事など歯牙にもかけぬ刻止がアイテムボックスを逆さにした瞬間、バサバサと降ってきた草が地面に盛られていく。
それを見たボイゾは己の目が信じられなくなり、思わず隣のウーズを殴った。同じくウーズはジョズをスタッフで殴り、ジョズはボイドの尻を蹴り飛ばす。皆もれなく痛かった。
「「「はぁ!?」」」
痛かったからこそ、その声は重なったのである。
「わ、先輩さすがですね!軽く十本以上はあるんじゃないですか?」
「うむ!存外簡単だったよ!」
「いやいや、いやいやいや!早すぎんだろ!?時間歪んでんのか!?」
「ど、どこにこんなに沢山あったんだぞ…」
「はて?おかしなことを言うね?」
取り乱すボイゾ達にきょとんと目を瞬かせた刻止は周囲を見渡し、近くの茂みを掻き分けて一本の草を引っこ抜く。
戦闘に巻き込まれて痛んでしまってこそいるが、それはまぎれもなく…ラケル草だった。
「この通り、探せばそこら辺に生えているじゃないか」
「あ、あの一瞬で見つけたぞ…?」
「こんな草だらけの中、こうもあっさりとは…驚きです」
開いた口が塞がらないとはこの事か。
魔物ならまだしも、薬草のような小さい探し物が苦手な三人にとってはもはや魔法だった。
間抜け面の彼らに、讃良はクスクスと機嫌良く笑う。
「先輩は得意ですもんね。草とかキノコとか見分けるの」
何故そんなスキルが身に付いているのか、など愚問である。自然界は毒の宝庫なのだ。
「それで、どうかね?合っているかい?」
「ぇ…あ、ええと…」
動揺によって震える指で一本一本摘まみ、ウーズは散らばった草を仕分けながら整えていく。
ほどなくして完成した山は…一つであった。
「間違いなく、二十九本すべてラケル草です…」
「うはははは!惜しい!あと一本だったね!」
「あ、いえ、二本ほど傷んでいたので提出出来るのは多くて二十七本なんですけど…」
「いや、ウーズ。問題はそこじゃないんだぞ」
魔物と一戦交えた程度の時間で依頼の倍量を軽く越えてくるなど、現物が目の前にあって尚信じられない。
これでは依頼をこなしたというより、小石拾いを披露してもらったみたいだ。それ程までに呆気なかった。
最初からアイテムボックスに入っていたのでは?と勘ぐったものの、ボイゾは眉間を指で押しながら首を横に振る。
今回の依頼は試験的な意味を持つので、それに関してはルミルが事前に確認済みだ。
ちなみに、通常時の依頼ならいつ採取したものでも納品出来る。勿論鮮度が良ければ、であるが。
つまるところ、この出鱈目のような現実を認める他無いのである。
「はぁ…釈然としねぇが、これで依頼は達成だな」
「おお!それは良かった!」
「あ、あの…質問いいですか?」
「どうしたんだぞ?」
満足気な顔で今すぐにでも帰ると言い出しそうな刻止の襟首を捕まえ、讃良は不完全燃焼な様子でラケル草の山を見下ろした。
「依頼で十本提出するとして、残った分はどういう扱いになるんでしょう?」
「あぁ、その事ですか」
刻止が採ってきたラケル草は二十九本。
そのうち十本は納品し、二本は傷んでいて弾かれるとすると、十七本が手元に残ることとなる。
採ってきた当人は薬の材料であるらしいそれをじっくり調べたそうではあったが、讃良は何か言われる前に目で却下した。
彼女は刻止にめっぽう甘いが、それはそれとしてしっかり者なので。
「もし売ったり出来るのなら、ありがたいのですが…」
「それなら、十本一束でギルドが買い取ってくれる筈だぞ。確か、一束あたり5リールだぞ」
「本当ですか!」
良いことを聞いた、と讃良は表情を明るくする。
今の二人にとって金策は必須だ。
刻止がいれば採取そのものは難しくなく、時間さえ掛ければそこそこ稼げるかもしれない。
と、そんな彼女の思考を読んだのか、ボイゾがゴホンと喉を鳴らした。
「ただし、だ。ここは一応、超初心者用の採取エリアって事になってる。採り過ぎは厳禁なんだ」
何でもこの辺りは、戦う術をほぼ持たないような者やまだ遠出出来ない子供などが使うエリアらしい。
そういった冒険者の為に、多少実力がある冒険者達はここでの採取は控えるのが暗黙の了解なのだ。
「既に結構な数のラケル草を採ってしまいましたし、これ以上の採取をお望みでしたら場所を移さないとですね」
「他の採取エリアは近場でも三十分くらい歩くぞ」
讃良はジョズの言葉に空を睨み付けた。
「さてさて、どうするかね讃良クン。我輩クンはどちらでも構わないよ!」
「うーん…まだ日も高そうですし、行きましょうか!稼げる時に稼いでおかないと…野宿は嫌なので!!」
「うはははは!やはりそこなのだね!」
「当然ですよ!文化的な生活は大切なんでんすからね!!」
「案外野宿も楽しいものだよ?」
「むー…そりゃ、先輩とならどこだって楽しいでしょうけど…やっぱり嫌です!」
「あー…割り込んで悪いが、行くならさっさと行こうぜ」
「そうだぞ。善は急げって言うんだぞ」
「道中の魔物もここより強くなりますし、余裕を持っていきましょう」
ボイゾ達は苦虫を十匹くらい噛み潰したような何とも言えない顔の下、「夫婦漫才なら他所でやれや!」と自慢の腕をテーブルに叩きつけたい衝動を飲み込む。
中年に若者のイチャつきはキツいものがあった。色々な意味で胸が痛い。
まぁ、当の刻止達にそんなつもりはなかったので(讃良の方は黒寄りのグレーだが)、寂しい大人の僻みではあったのだが…幸いなことに、カッコ悪いその感情を暴く第三者はいなかった。




