3-5
一歩進む毎に、刻止は己の口元が歪んでいくのを感じていた。
最初の採取エリアから歩くことおよそ三十分。
何もなかった草原にはちらほらと木が立ちはじめ、まだ森や林とは呼べないまでも木陰がまだら模様を落としている。
植生も変わりはじめ、生い茂る草や花に見慣れぬ種類が増えており、木の根もとにはキノコらしきものも顔を出していた。
整備された道はなく、冒険者達が踏み折っていったのだろう倒れた草の跡だけが頼りだ。
見かける魔物の数も種類も最初のエリアより随分多い。
グラスウルフより一回りほど大きいグリーンウルフの群れや、定番と言えるゴブリンの群れ、キラーフラワーという二足歩行の花の魔物もいた。
とはいえ、戦闘は刻止達ではなく破砕の剣が対処していたので、どんな魔物が来ても問題はなかったが。
さすが三ツ星パーティーの称号は伊達じゃないらしく、タンク兼アタッカーのボイゾとそれを援護するジョズとウーズという形で危なげなく戦闘をこなしていた。
その連携の良さを見れば、長く組んでいると予想するのは容易である。
「よし、この辺だな」
「おや、到着かね」
やがて、勝手知ったる様子で進んでいたボイゾとジョズが足を止めたのは、木が作った天然の広場だった。
外から見ると小さな森にも見えるが、木があるのはほんの外周のみ。
内側は背の低い草花の楽園である。
その様子は城壁に囲まれた街を思わせた。
「ここは特殊な場所でして、どれだけ草や花を摘み取っても翌日にはまた生えてくるのです。なので採取に制限はありませんし、ラケル草の他にも痛み止めに使うロカの花や料理に使えるハーブ等も取れるので、少し腕の立つ冒険者の小銭稼ぎに人気の場所なんですよ」
「ほうほう!それは素晴らしいね!しかし…人気と言うわりには人がいないようだが?」
刻止の言うとおり広場に他の冒険者はおらず、思えば道中でも魔物以外は見かけなかったことを思い出す。最初のエリア周辺にはそこそこ人の気配があったのだが。
「ここに来れる実力があるなら、ダンジョンに行く奴が多いんだぞ」
「討伐依頼の方が報酬も良いですしね。あくまでも小遣い稼ぎです」
「まぁ、それでも…前はもっと賑わってたぞ」
「前はってことは、何かあったんですか?」
「あー、最近この辺にゃ盗賊が出るんだ。だから皆、来るのを控えてんだろ」
盗賊と聞いて馬車の件を思い出した讃良が嫌そうな顔をする横で、刻止は袖越しにパスパスと手を叩いてはしゃいだ。
何がそんなに面白いのかと一同呆れた顔をしたが、それも一瞬。
「うはははは!成る程、成る程!つまり我輩クンはその盗賊に襲われて死ぬという事だね!ありきたりだが、分かりやすくて良き!」
にこやかに広がっていた口から飛び出てきた台詞が場を凍らせたからだ。
「あ、の…先輩?それは、一体どういう…」
「うん?シナリオだとも!彼らの用意した、ね!」
「…へぇ?ただの馬鹿じゃなかったって事か」
返された冷たい声に讃良が現実を飲み込むより早く、木々に沿うような水壁が現れる。
そして、ザクザクと草を踏む音と共に見知らぬ男が四人刻止達を囲うように近付いてきた。どこかに隠れていたのだろう。
彼女が睨み付けた先にはもう頼りになる冒険者の姿などなく、受付で絡んできた以上に醜悪な顔を張り付けた人間がいるだけだった。
「ご明察ってやつだな、がははは!」
「お前…!」
「いやァ、のこのこ付いてくるもんだからよぉ!途中で笑っちまいそうだったぜ!なァ!?」
「チョロ過ぎだぞ」
「ええ、実に愚かで滑稽でした」
ゲラゲラの笑う連中に讃良の頭は怒りで沸騰しそうになったが、爆発寸前に手を握られた事で無意識に練り上げていた魔力を霧散させる。
刻止は「良い子だ」と目を細め、改めてボイゾ達に向き直った。
尚、別の意味で沸騰しかけた少女には触れないでおく。
「我輩クン達は大してお金を持っていないのだがね。何が目的なんだい?」
「無論…その女だ」
ボイゾの目がねっとりと彼女をなめ回し、太い喉がゴクリと上下する。
「あぁ…やっぱりイイ女だ。高く売れそうな、イイ女」
「あ、そっちなのかい?てっきり讃良クンに惚れたのかと思ってたよ!うはははは!」
「リーダーは熟女好きだぞ。人妻だとなお良し」
「オイコラ、ジョズ!だァってろ!!」
人の好みはそれぞれだからと言いたげな刻止の生暖かい視線と、ナメクジを見るような讃良の凍えた視線を振り払うように声を荒げ、ボイゾは「とにかく!」と言葉を続けた。
「テメェが貧乏だろうが、その女は金になるんだよ。なァに、心配すんな。その顔なら貴族にだって売れんだろ。そしたら、今よりずっといい暮らしが出来るかもなァ?」
「この下衆が…!私を侍らせて良いのは先輩だけです!!」
「はーい!質問!!」
讃良の発言をかき消すように刻止は手を上げる。
「我輩クンは!?我輩クンも売るのかね!?売れちゃうのかね!?」
きゅるん♥️と可愛い子ぶったポーズで尋ねた彼に周囲は困惑したし、ボイゾは真顔になった。
ほんの少し可愛いと思ってしまった自分が恐ろしかったのである。
「…非力。男。ゴミスキル。少年趣味には合わないだろう見た目で、しかも変人。売れねぇわ、カス」
「うはははは!そこまで言うかい!?うむ、正直で良き!」
「はい!!私が買います!!!言い値で買います!!!!」
「まぁ冗談は置いといて、だ」
またしても発言が怪しい讃良をスルーしつつ、刻止は彼女の前に出てゆるりと首をかしげた。
ボイゾはああ言ったが、彼の顔は整っている方である。華奢な体も相まって男性と女性の中間にいるような魅力があり、晒された色白の首も重力で髪がつぅと頬を滑っていく様子もどこか妖艶だ。
性格という特大のデバフが邪魔をしているだけで。
「我輩クンはどうするつもりなのかね?まさか、見逃してくれるわけではないのだろう?」
「当然だ。きっちり殺す」
「臓物くらいは売ってやるぞ」
「御安心を。捨て置いたりはしませんので」
「うはははは!成る程!アイテムボックスは"そう"も使われるのだね!」
魔物の死体が入るのだから、当然人間の死体も入る。しかもアイテムボックス内では時間が経過しないので、腐らせることなく持ち運べるわけだ。
事件現場も殺害時刻もいくらでも誤魔化せるのだから、実に便利なことである。
いやそれどころか、死体を入れたままにすれば事件そのものが隠滅可能か。
「しかし、そうか。…殺す、か」
こちらに来てからというもの、随分と命が軽い。息を吐き出しながら、刻止はしみじみと実感する。
彼は刺激が好きだ。けれども、そんな彼でも平和を求めてはいた。
ただただ仲間達と馬鹿をやっていられる日常を愛してもいた。
けれどもそれは、この世界では戦場に咲く花と同じなのだろう。
見向きもされず無遠慮に踏み潰され、踏みにじられ、こんな所に咲くのが悪いと鼻で笑われるだけで美しいとさえ思ってもらえない。
ならば、と刻止は思うのだ。
その花を守るためには…踏もうとしてくる足を削ぎ落とす武器が必要であると。
「時に、讃良クン」
「え、あ、ハイ!」
くるり、とボイゾ達に躊躇いもなく背を向け、自分に向き合った刻止なの讃良は目を丸くする。
危ないと思ったが、余程ナメられているのだろう。誰も動かず、ボイゾやジョズなんかは別れの挨拶くらいはさせてやろうといった様子だ。
「何ですか、先輩。…もしかして、何か作戦でも?」
「いやいや!ただ、是非を問おうかと思ってね!」
「是非を、問う…?」
どうやってこの場を乗りきるのかという相談ではなく、ただ意見を聞きたいのだと言う彼に讃良は顔を歪める。
まさかとは思うが、奴隷になるかどうかを聞いているのではあるまいな、と。
しかしその予想は、思いもしない方向で裏切られることとなった。
「この世界において、以前と変わらぬ価値観、倫理観は必要かね?」
「…は?」
何せ、彼からの問いは彼らしからぬ哲学的なものであったから。
いや、讃良が驚いたのは正確にはそこではない。
その言葉の裏に潜んだ意味に気付いてしまった。彼女は察しがいいのだ。
「…いいえ」
だからこそ、たったの三文字を今までのどんな言葉より重く答える。
「そりゃ、人として最低限は必要だと思います。獣にならない為に。けど…先輩はもう、二回も…っ、殺されかけてます。たったの数日で、ですよ?」
口にして、彼女は震える己をかき抱くように腕を回した。
目には恐怖からの涙が浮かび、血の気が引いた唇は激情に震えている。
正しく、霜月讃良は…怒っていたのだ。
この世界と、他ならぬ自分自身に。わざわざ刻止に確認をさせてしまった自分の甘さに。
「ここで甘ったれた事を言ったら、私はきっと先輩を失ってしまいます。勿論、自分自身だって。そんなの、許せない。絶対に。だから、私は…私は、"武器を手に取ります"」
「うはははは!良き!であれば、我輩クンももうキミに遠慮はしないよ!」
武器を手にする。それは、日本で生まれ育った彼女にとって決別の言葉に相違ない。
刻止はその答えにホッとしたような顔をした。すぐに笑顔の中に隠してしまったが。
「おーいおい」
気持ちを揃えた二人の間に良い雰囲気が漂うが、すぐに野太い声が刻止の背を叩いてぶち壊した。
「まさかとは思うが、テメェらやる気かァ?女はまぁともかく、毒を作るしか能がねぇクズに何が出来るって?がはははは!」
「「「ぎゃははははははは!!!」」」
「無理はしないことですよ」
「大人しくしとけば苦しませないぞ。諦めるんだぞ」
「いやいや!ここは責任をもって我輩クンが教えてやらねばなるまい!」
誰が思っただろうか。
今までと少しも変わった様子なく、まるで役者のように大袈裟な動きで振り返った刻止がその瞬間…袖口から毒を撒くなど。
「「「あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"ぁぁぁ!!?!?」」」
前触れ無く飛び出した液体は、柄杓から道路に撒かれる打ち水のようにウーズ以外の者へ降り掛かると、容赦なく彼らの眼を焼いた。
「ぅあ"、いぎぃぃぃぁ"!」
「あ"ぁ"!?目ぇッ!?目がァ!!!」
「ひぎ、ぃぃ、な"ん…、見え"な…っ!?」
「あ"づい"!!顔が、あ"づい"ぃぃぃぃ!!!」
「うっははははははは!!どうしたのかね?随分と賑やかになったじゃないか!」
「テ、メェ…!何を!何をしたァ!!!!」
燃えるような激痛が走る顔をおさえ、太い腕を出鱈目に振り回しながらボイゾが吼える。
しかしそんな彼や踞ってのたうち回る面々を見ても、刻止はただただ子供のように無垢な顔で首をかしげるだけだ。
「何って、何て事はないよ?たかが濃硫酸じゃないか!キミ達が笑った毒…作用で分類するなら腐蝕毒や糜爛毒にあたる、何て事ない毒だとも!」
ほら!と追加でかけられ、あまりの激痛にとうとうボイゾも膝をつく。
濃硫酸。学校でもよく扱う薬品だが、これも立派な毒物だ。
刻止の『毒生成』で問題なく作り出せる上、その濃度は学校などに置かれるものとは比べ物にならない。
強力な脱水作用を有するそれをモロに、しかも大量に浴びた結果、男達の目や皮膚には重篤な化学熱傷が与えられたのである。
良い子の皆は絶対に真似してはいけないし、取り扱いには気を付けてほしい。
尚、刻止に言わせれば水酸化ナトリウムでないだけまだ優しいものだ。
それであれば目も皮膚も溶ける。
「い、一体何が…彼らに何をしたのですか!?」
「讃良クン」
「任せてください!」
突然苦しみ、もがきだした仲間に理解が追い付かず呆然としていたウーズがようやくスタッフを握り直すも、既に遅かった。
その口が詠唱を紡ぐより早く、彼はカチンと凍り付いてしまったから。
いくら手練れの冒険者とはいえ、意識の空白は讃良が固有スキルの準備を終えるには十分だったのだ。
死ねない氷に捕らわれたウーズを肩越しに満足そうな顔で見ていた刻止は、踞る男達に視線を戻して目を細める。「そろそろかな」と微かな音で呟いて。
「クソッ!!ウーズ!オイ、どうした!?返事し…ァ"?ガ…?」
最初に異変が起きたのはボイゾだった。
追加で浴びせられた濃硫酸で剥き出し部分の皮膚が余すところなく焼け爛れ、立っていられない程の激痛に苛まれながらも唯一刻止に暴言を吐き続けていたのが彼だ。
経過の観察に勤しんでいた刻止の耳は右から左に聞き流していたが、他の面々のうめき声の中でずっと囀ずっていたのである。
それが今、言葉を失った。
「ヵ、ヒュ…ヒュ、カフッ…ァ"…!?」
はく、はく、と口だけが空を噛み、その姿は陸に打ち上げられた魚そのものだ。
やがて顔を覆っていた手は喉に回り、どうしてと抗議するようにその爪でもって掻きむしる。
「ゲホッ…ッ…?ッ、ッ…!!?」
「…ン…グッ……ハ…ァ"!?」
そしてボイゾに続くように、ジョズ、他の男達と悲鳴が喘ぎに変わっていく。
あまりに異様な光景に讃良は思わず口元をおさえ、それと同時に気付いた。
「…この、匂い…温泉?」
「うはははは!あまり嗅がないように気を付けたまえよ!」
その警告に彼女は匂いの正体を察し、慌てて服の袖を伸ばして口と鼻を覆う。
「H2S…硫化水素。火山大国である我輩クン達の祖国では、中々に恐れられてきた毒だよ!」
硫化水素。火山性のガスに含まれる毒であり、讃良が呟いたように温泉地などで感じる特有の硫黄臭さの原因だ。
人体にもたらす害は…呼吸麻痺。
空気を求め、もはや刻止という存在すらも忘れて喘いでいたボイゾがやがてパタリと崩れ落ちる。
昏倒など、生易しいものではない。
何せ、刻止が作り出す硫化水素は、即死濃度を軽々越える高濃度なものだったのだから。
皆が同じように動かなくなるまで、そう時間はかからなかった。
「うはははは!思い知ったかい?我らが母なる大地、地球が育んだ毒の恐ろしさを!…と、ついでだ。讃良クン、その氷像の顔だけ溶かして倒しておいてくれるかい?」
「分かりました。でも、どうしてわざわざ倒すんですか…?」
小さく手を上げて疑問を口にした讃良に、「良い質問だ!」と刻止は目を光らせる。
まるで旧校舎に戻ったようなやり取りだ。
「硫化水素はね、空気より重い気体なのだとも!だから、くれぐれもキミはしゃがんだりしないでくれたまえよ!」
そう、この性質があったからこそ彼は初手の毒に"痛み"を選んだのである。
愛する毒を馬鹿にされた事への意表返しという意味も勿論あるが、誰しも突然の激痛に苛まれて体を真っ直ぐ保つのは難しいだろう。
つまり、一番の目的はボイゾ達を一時的にでも踞らせることだったのだ。
そうすれば、事前に発生させていた硫化水素の層に顔を突っ込ませることが出来るから。
それこそ、気絶させた人間を水溜まりで溺死させるように。
そうとも知らず彼らはガスの中で叫び続け、毒をこれでもかと吸い込み、結果自滅したのだ。
痛みや混乱に頭を埋め尽くされ、臭いに気付く余裕も無いままに。
讃良は久しぶりに毒を恐ろしいと思った。
日頃刻止から色々と聞きすぎて麻痺していたが、これこそが目に見えない毒というものの恐怖なのだ、と。
この世界に触発され、少しでも侮った自分を恥じた。
「けれど、先輩。どうしてそんな手間を?先輩ならもっと、その…強力な毒も知ってますよね?それこそ、囲まれてすぐ無力化出来るくらいの」
「うはははは!勿論だとも!しかし気体で、なるべく即効性を持ち、かつ讃良クンへの危険を減らすとなると…咄嗟に思い付いたのが硫化水素だったのだよ!」
気体なのは相手にノーリスクで取り込ませるため。刻止とて、屈強な男に近付いて無理矢理液体を飲ませる…なんて、無謀な話だと分かっていたので。
しかし、気体状の毒となると取り込みやすいのは相手だけではない。
「私の、ため…?」
「その通り!ほら、サリンなんて使ったらキミまで巻き込んでしまうだろう?」
「キュン」
讃良になるべく毒を吸わせないための工夫こそが空気より重い…つまり顔より下に溜まる硫化水素を使う事だったのだ。
その気遣いに彼女の顔がどろっどろに緩む。
刻止が「はて?水酸化ナトリウムをかけちゃったかな?」と思うレベルの顔面崩壊っぷりであった。
尚、そんな恋する乙女の足元では一人の男が恐ろしい種明かしに絶望しながら絶命していたが。
倫理観という枷を外した子供は、子供故に順応が早く、純粋で、何より…残酷だった。
「さて、帰ろうか」
「はい!どこまでも付いていきます!」
「うはははは!節度は守ってくれたまえよ!」
「倫理観捨てちゃったので、無理ですね!」
「良い笑顔!」
傾き始めた太陽の中、二人は死体とついでに周囲の草花を回収すると、さっさとアイテムボックスに詰め込んで惨劇の舞台に背を向ける。それこそ、赤の他人のように。
毒は刻止の意思一つで消し去れるので、もうこの場所はただの採取場に過ぎない。
そのはずなのに、最初より暗くてどんよりして見えるのは…果たして、夕刻という時間だけのせいだろうか。
「それにしても、何なんでしょうね…"毒が弱い"って。普通に凶悪じゃないですか」
「ふむ…我輩クンが思うに、"この世界の"という枕詞が付くのではないかね?少なくとも、我輩クンの愛する地球の毒はちゃんと効いているのだから!」
エーデライズにおいては人も魔物も皆、毒への高い耐性を持つ。
オルダスも言っていたが、刻止が倉庫であさった本にも同じように書かれていた。
しかし実際はどうだろう?
刻止の目から見て、己が作った毒に対して耐性があるようには…とてもじゃないが思えなかった。
そこで彼はこう考えたのである。
この世界の毒は弱いのかもしれないが、刻止の毒は…地球の毒は未知数なのではないか、と。
「…あの、先輩。もしかしなくても、その…転移初日に殺されそうになった時も…殺りましたね?」
そうでなければ今回、いかにも害を加えてきそうな男に自信満々な様子で付いていくはずがない。
彼は確かに破天荒だが、愚者ではないのだ。
その事は彼女もよく知っているし、少し考えれば分かることだったのに…"何か"が思考を曇らせていたのだろう。
その"何か"とは毒が弱いというこの世界の先入観だったり、今は外すことを決めた枷であったり…確かなのは、刻止は常に讃良より一歩離れた場所にいたということ。
「何で、黙っていたんですか」
それが、どうしようもなく悔しかった。
だからつい咎めるような口調になってしまい、彼女は内心で焦る。
更に追い打ちをかけるように、笑って流すものだと思っていた刻止がきゅっと口を結んでしまったものだから、もうパニックだ。
「あ、あの先輩!?ちが…っ、えっと、怒ってるとかじゃなくて、あの、その…!」
「…嫌われたくなかった。そう言ったら、キミは笑うかい?」
「………へ????」
ピシッと固まった讃良に、刻止は珍しくいつもは饒舌な口をまごつかせた。
「我輩クンにとってその、側にいてくれる存在というのは…キミや会長クン達だけだからね」
正気なところ、彼に人を殺めてしまった罪悪感はほとんどない。
自分を殺そうとしてきた者なのだから、自分に殺されても文句は言えないだろう…というのが刻止の言い分であり、実際今回も"殺すつもりだ"と聞かなければ命まで取るつもりはなかったのだ。
ただ、そんな彼でも怖くなった。
どんな理由であれ人道を外れてしまった自分を、大好きな居場所たる仲間達は許してくれるのだろうか、と。
だからあの時、咄嗟に正希達に嘘をついてしまったのである。
「いくら我輩クンの逃げ足があっても、プロの殺し屋に敵うはず無いのは明白なのにね。我ながら下手な嘘をついたものだよ」
それでも正希達は笑って許してくれたから、刻止は救われたような気になったのだ。
しかし、あの時嘘に気付いていなかった彼女…もっとも近いところにいる讃良にどう思われるのかは、やはり怖かったのである。
「ぇ…先輩、可愛い…は??というか、あの、もしかして先輩って、めっちゃ私の事意識してくれてます…???」
「ん?そりゃね!後にも先にも我輩クンの"助手"になってくれる物好きなどキミくらいだろうとも!」
「相思相愛!!!BIGLOVE!!!!」
「うはははは!何やら我輩クンと温度差があるね!落ち着きたまえよ!」
夕陽に向かって叫ぶその姿は青春だし、夕陽のせいじゃない顔の赤みは可愛らしいのかもしれないが、如何せん目がアウトである。
刻止には目の前の少女が恐竜か何かに見えた。そう思ってしまうくらいギラギラと捕食者の目をしていたので。
「まぁ、我輩クンの憂いは消えたし…今後は遠慮無く降りかかる火の粉には毒を返すとしようじゃないか!付いてくるのなら覚悟したまえよ!」
「大丈夫です!先輩に降りかかる前に火元を殺…凍らせますから!」
「うはははは!良き!ただ、我輩クンが実験する分は残しておいてくれたまえよ!この世界の人間と毒の関係は未知数だからね!是非とも研究したいのだよ!」
逢魔が刻。ゆぅらゆらと彷徨っていた二人分の影は…この時、一歩人の道から外れたのだった。




