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3−3


「テメェ…!」

「何、ごと」


額に青筋を立てた男の腕が剣の柄を掴む前に、奥から戻ってきた女性の声がそれを制する。

彼女はピリピリとした空気と穏やかじゃない男の様子に怪訝そうな顔をしたが、あくび一つで流して席に戻った。大物である。


「登録、終わった。これ、ギルドカード」

「ほう、思いの外あっさりなのだね!良き!」

「ん。簡潔に、まとめる、大事。あとは、魔力登録で、完了」


平然と、それこそ今のギスギスしたやり取りなど丸ごと無かったかのように話に戻る刻止に男や周囲は唖然とした。

讃良はこれしきで乱されるなどまだまだだな、と謎の古参マウントをとりつつ、自分もあるべき流れに乗り換える。


「魔力登録というのはどうすればいいのでしょう?」

「簡単。コレに魔力、流す、だけ」


コレと渡された…というより押し付けられたギルドカードに二人は視線を絡ませ、言われた通りに魔力を注ぐべく集中した。


正直未だに魔力というものがピンと来ないが、どういうわけか身体はその使い方を理解しているらしい。

火が灯ったような暖かさが血のように身体を巡り、望む通りにカードへと流れていくのを感じる。


さてどのくらい注げばいいのだろうと閉じていた目を片方開けた刻止は、物言いたげな受付の視線に魔力を止め、讃良の肩を叩いてそちらも止めさせた。


「魔力、入れすぎ、二人共」

「すまないね!加減が分からなかったのだとも!」

「別に、いい。困らない。でも、体調、大丈夫?」

「うむ!何ともないね!」

「私も大丈夫です」

「そう…」


元気だと伝えたのにまた微妙な、物言いたげな顔をされる。

刻止も讃良もそれほど魔力を込めたつもりはなかったのだが、どうやら体調を気にされるくらいには多かったらしい。

そういえば自分達はINT…魔力に関係する素質が揃って高いのだったと思い出し、それのせいかと刻止は納得した。


「取り敢えず、これで完了。そのカード、あなた達の、もの。失くす、ダメ」


手に収まっているカードを見ると、魔力を注ぐ前はくすんだ土くれのような色だったものが光沢のある銅色に変わっている。

表面には名前と切っ先を上に向けた剣のマークが刻まれ、全体のデザインは名刺のようだ。


カードをひっくり返せば、他の情報は裏面に刻まれていた。

ちなみに何故"そう"だと分かったのかといえば、刻止は代筆によって書かれた文字をさらっと覚えたからである。

名前、性別、年齢、スキルはもう自分と讃良のものなら書けるだろう。


「簡単な説明、いる?」

「はい!是非お願いします」

「うはははは!讃良クンてば、積極的だね!」

「だって私、()()()()()に馴染みないですから」

「あぁ、成る程!」


変な言い方だが、ゲームやラノベを嗜んでいる刻止や円魔からすればギルドというものは馴染み深い。

ストーリーによく出てくる設定なので、どんなものなのかの枠組みが頭の中に存在しているのだ。


しかし、ゲームやラノベどころかアニメや漫画にすら縁遠い讃良にとっては、想像もつかない未知の施設である。

ギルドに入るのも、入った後もやや腰が引けていた理由にようやく得心がいった。

まぁ、だからといって反省する刻止ではないのだが。

口から出たのは「頑張って!」という気遣いも何もない言葉。讃良は怒っていい。


「ギルド、ランク制。下は一ツ星、上は七ツ星」

「星…もしかして、この剣のマークに書かれているのが?」


刀身に一つ描かれた星をなぞる讃良に、受付の女性は頷いた。


「最初は、皆一ツ星。受けられる依頼、一ランク上、まで。上のランク、なる、大変だけど、報酬いい。あと、素材の買い取り、オマケつく」

「ふむふむ…そのランクはどうやって上がるのかな?」

「ギルド、推薦。試験、する」


口調のせいで分かりにくいが、まとめると概ねこんな感じだろう。


・ギルドは一ツ星から七ツ星までのランク制。

・刻止達は一ツ星からのスタート。

・受けられる依頼は自分のランクの一つ上まで。

・上のランクになるのは大変だが、報酬がいい。また、素材の買い取りに色がつく。

・ランクアップはギルドからの推薦による。ただし、試験があるらしい。


讃良は手帳を取り出そうとして止めた。

代筆を頼んだ手前、目の前でメモをとるのは憚られたのである。

しかし、一度で理解しろいうのは些か酷だ。

難しい化学式を前にした時のような彼女には後で説明をしてあげようと、刻止にしては珍しく親切心が顔を出す。

とはいえ、その親切心がいつまで持続するかは気分次第であるが。


「他、聞きたいこと、ある?」

「では、罰則や禁止事項はどうなっているのか教えておくれ!」

「ん。依頼、失敗、罰金。場合によって、降格。ギルドカード、紛失、再発行、300リール。あと…」


ちらりと刻止達の後ろを見やり、彼女は声のトーンを落として続けた。


「冒険者同士、いざこざ、ギルド、関与しない」

「うはははは!成る程、成る程!」


依頼失敗時に罰金やランクの降格があることや、ギルドカードの再発行に料金がかかることは想像していた事である。問題なのは最後だ。


冒険者同士のいざこざにギルドは干渉しない。

つまり、もしトラブルが発生してもギルド側は冒険者を諌めることもなければ罰を与えることもないということ。

周囲に被害が及ぶ場合はまた違ってくるのかもしれないが、自分達の問題は自分達でなんとかしろというスタンスらしい。

実に分かりやすいそれは、刻止達にとって都合が…


「オイ、ルミル」


と、今の今まで黙ってやり取りを見守っていた男が再び前に出てきたではないか。

讃良は嫌な顔を隠しもせず、刻止はといえば平然とした顔で男に目を向ける。というより、彼の場合はすでに誰であったかを半ば忘れていたのだが。

そして、ルミルと呼ばれた受付の女性は面倒そうに息を吐き、やる気のない視線を向けた。


「何、ボイゾ」

「コイツらにも"いつもの"、やらせんだろ?」

「ん。そのつもり」

「なら、俺が付き添ってやる」

「あの…何の、話ですか」

「あぁ、このギルドにゃな、ちょっとした伝統行事ってのがあるんだよ」


男によると、このギルドでは登録直後の新人にまず、一ツ星ランクの依頼である薬草採取をやらせるらしい。

この依頼は採取の基礎練習となるだけでなく、薬草の生息域には弱い魔物も出るので討伐の練習にもなる。最初のお試しにはもってこいの依頼なのだ。


その為ギルドは必ずこの依頼を登録直後に受けさせ、初心者に冒険者という仕事を身をもって経験させるのである。

とはいえ、最初という事を考慮して二ツ星以上の冒険者が付き添うことになっているが。

チュートリアルで死んでしまったら本末転倒という事だろう。


「確かに、あなた方のランク、任せる、相応しい。けど、何で?」

「言ったろ。俺ァ嬢ちゃんの力を買ってるんだ。氷魔法の使い手ってだけじゃなく、魔力量も多いとくれば…パーティーに欲しいって思うのは当然だろ」

「まあ、分からなくも、ない」

「だろ?男の方は正直どうでもいいが、将来有望な新人は潰したくねぇ。だから手を貸す。俺ァ何か間違ってるかよ?」

「間違って、ない、けど…」

「うはははは!では、よろしく頼もうではないか!」

「え、ちょ、先輩!?本気ですか!?」


ルミルの表情が困惑で崩れた。

ここまで分かりやすい変化は彼女にしてはかなり珍しい。

正気か?と瞳で問えば、刻止は緩い調子で袖を揺らすだけ。

その能天気さがいっそ恐ろしいとルミルは額を押さえた。


そんな彼女も、周囲のざわめきも、讃良の上げた制止の声ですらまるで遠くで山鳩が鳴いている程度に流し、彼はボイゾと真っ直ぐ対峙する。そして、一歩。

歩み寄るソレはゆっくりで、けれどもどうしてか…子供がアリを踏みにじる瞬間と似ていた。


「キミは優秀な冒険者なのだろう?なら、何も問題はないとも!我輩クンとしても讃良クンを危険に晒したくはないからね!」

「先輩…!そんなに、私の事を思って…!ふふ、うふふふ…!」

「チッ…その余裕も今のうちだ。すぐに冒険者の厳しさを知るだろうよ。テメェの実力がどんなもんか、この依頼が教えてくれる筈だからな」

「それは、それは!実に楽しみだね!」


ボイゾは水を掴むような会話に再度舌を打ち、二人に背を向ける。


「準備を整えて、一時間後に門の前に来い。遅れることは許さねぇぞ」

「了解だ。それでは、よろしく頼むよ!」


振り返ることなく大きな背が扉の向こうに消えると、一度は収まっていたざわめきがぐつぐつと湧いてきた。

そのほとんどが刻止を憐れんだり馬鹿にするもので、讃良は目をつり上げながらしわくちゃの白衣を揺さぶる。正気に戻ったらしい。


「何でですか先輩!何であの人に頼んじゃったんですか!?もう!もう!!絶対何か裏がありますって!!」

「同意。賢くない、選択」


讃良だけでなく窓口から身を乗り出したルミルにまで苦言を呈され、刻止はぐわんぐわんと揺らされながら苦心した。


「ボイゾ、パーティー、三人。全員三ツ星で、強い」

「うはははは!それがどうかしたのかね?」

「問題ありまくりですって!!怪しい上に三ツ星ですよ!?」

「まぁまぁ讃良クン。ここは我輩クンの愛を信じてくれたまえよ!」

「え!?」

「わぁ、大胆」


はわわ、とルミルと一緒に口をおさえた讃良だったが、すぐに現実に気付く。

彼女はよく知っていた。刻止が愛を囁く対象など、一つしかないということを。


「心配する必要などどこにもない!我輩クンは毒が使えるものだと証明するとも!皆にその素晴らしさを認めさせてみせるよ!」

「あぁぁ…やっぱり毒ですか!!分かってましたけど!分かって、ましたけど!!」

「よし、讃良クン!そろそろ我輩クン達も準備しようじゃないか!」

「うぅ…もう、どうにでもなれー!!先輩は私が守りますぅぅぅ!!」

「うはははは!やる気満々だね!良き!」


何だこの二人。

今だかつてない一体感がギルドを襲った。

緊張感のまるでないやり取りは彼ら…いや、"彼"がこれから()()を受けるかもしれないという事を忘れさせる。


…そう、洗礼だ。

嘆かわしいことに、このギルドには一定数そういうこと(新人いびり)をする連中がいる。

その中でもボイゾの率いるパーティーはランクが高く、たちが悪い事で有名だった。

故に皆は沈黙を選ぶ。目をつけられたくないからだ。

ギルドの方も普段の働きが良い彼らに文句はつけにくく、何より不干渉の規則があるので黙認するだけ。


だから今回もまた、ギルドにいた者達はいつも通りボロ雑巾にされるだろう新人を憐れみ、嘲笑い、酒の肴にでもするつもり…だったのだが…


「なぁに、悲観することはないさ!なるようになるとも!」

「楽観することでもないですけどね…」


刻止が()()()()姿を想像できなかったのは、そのお気楽さ故か、それとも…


「うはははは!」


カラカラと笑う彼の目が、まったく笑っていなかった不気味さのせいか。


一つだけ確かだったのは、日夜危険と隣り合わせな冒険者達の勘は正しく機能していた…という事である。


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