3-2
二人を待っていましたとばかりに、そこに唯一並んでいた人が用事を終えて去る。
空いた窓口には、ふわふわとしたグラスグリーンの髪を揺らす小柄な女性が今にも寝そうな様子で机にもたれ掛かっていた。
「あ、来た」
「やあやあ、来たとも!キミが呼んだのだろう?」
「ん、呼んだ」
「私達に何か…?」
「用がある、そっち、でしょ」
ポツポツと短く区切りながら話す女性は、人前にも関わらずくぁっと欠伸を溢して姿勢を正す。
机の上でグシャグシャになっている書類は大丈夫なのだろうか。
「君たち、新人。登録」
「おや!ご名答だとも!」
刻止は目を丸くして拍手の代わりに袖を揺らす。
カウンターに書かれた文字はやはり読めないが、彼女の様子からしておそらくここが登録窓口なのだろう。
「あの、何で分かったんですか?」
「見たこと、ない。ろくな装備、ない」
「うはははは!確かに周囲の者より我輩クン達は身軽だね!けれども…ふむ、依頼人かもしれないとは思わなかったのかね?」
「何かに、困ってる顔、してない」
キッパリと刻止の目を見て言い張った女性に、彼はにんまりと楽しそうな笑みを返した。
なかなかどうして、緩い雰囲気に似合わず鋭い人物のようだ。
「それで、登録、するの?」
「ああ、よろしく頼むよ!」
「ん、かしこまり」
コクンと首が落ちたように頷き、彼女はカウンターにあるしわくちゃの書類…ではさすがにマズイと思ったのか、下から新しいものを取り出して二人へと差し出す。
「名前、性別、年齢、必須。固有スキル、スキル、任意。けど、何か一つは、書いて。依頼、アドバイス、困る」
「ふむ…一ついいかね?」
「何」
「代筆は頼めるだろうか」
当然と言えば当然だが、この世界の文字を読むことすら出来ない刻止達が文字を書ける筈もない。
逆に日本語や英語かこの世界で通じるのかを試してみるのも手だが、もしそれで異世界から召喚された者だと勘付かれたら厄介だ。
刻止とて実験やスリルを味わうタイミングくらい選べる。
受付の女性は刻止の申し出にきょとんと瞬いたが、すぐにまたコクンと頷いた。
特に怪しまれた様子はない。
「かしこまり。でも、意外。身なり、良いのに」
「うはははは!我輩クン達にも色々あってね!」
「詮索、しない。私も、ギルドも」
「良き!ありがたい限りだ!では、讃良クンからどうぞ。レディーファーストというやつだね!」
「何かちょっと違う気もしますけど…お言葉に甘えて、お願いします」
気遣いというより生け贄的なニュアンスを感じたものの、讃良は大人しく一歩前に出た。
名前、性別、年齢、少し迷って氷魔法のスキルを告げると、女性はスラスラと書類の空欄を埋めていく。
刻止がそれをじっと見ているが、チラリとも気にしない。
「ササラ・シモツキ、女、十七歳、氷魔法のスキル有り。間違いは?」
「ありません。大丈夫です」
「ん。次」
記入済みの書類をずらし、またカウンターの下から新しい用紙を取り出した彼女の目が刻止に向いた。
「貴方の、番」
「うむ!では語ろうではないか!我輩クンという人間を構成するプロフィールというやつを!まず、好きなものだが…」
「必要事項だけで、いい」
「うはははは!ノリが悪いね!クールで良き!」
場を譲る為に身を引いた讃良に代わって前に出た刻止は、にべもなく台詞を切られた事を気にするでもなく、いっそ愉快そうに笑いながら己の胸に手を当てる。
さながら舞台の主役のように、朗々と彼は声を上げた。
「名はトキシ・ドクジマ、性別は男、年は…十八になったんだったかな?持っているスキルはただ一つ…『毒生成』だとも!」
そう自信満々に言い放った刻止に返ってきたのは…しんとした静寂。
何事かと首をかしげるも、まぁいいかと目の前の女性の反応を待つことにした。
呆けていたらしい彼女はその視線にはっとなって、ペン先と瞳をきまり悪そうにゆらゆらと彷徨わせる。
「…毒、なの…」
「おや、何か問題でも?」
「いや、その、そういう、わけじゃ…」
ただでさえポツポツとした声が更に聞き取り難くなったので耳に意識を集めると、クスクスと擦れるような笑い声が聞こえてきた。
一人や二人分ではない。
どこからと問われればこの室内中からと答える他ないそれは、決して気持ちの良いものではなかった。
「聞いた?」
「『毒生成』だってよ」
「マジ?ショボくね?」
「毒とか、ないわー」
「ゴミスキル」
「恥ずかしくないのかな」
「俺なら今世諦めるレベル」
「かわいそ(笑)」
ヒソヒソ、クスクス、ケラケラ。
波が重なっていくように笑い声…嘲笑は大きくなり、耳を澄ます必要の無いほど膨れたそれに讃良が肩をいからせる。
しかし…
「うっははははは!!人気ないね!良いじゃないか、毒!」
当の本人には怒りも悲しみもなく、ただそう認識されているという現実を受け止めて笑うだけ。
つまるところ、刻止は微塵も気にしていないのである。
そんな彼の姿にエネルギーの無駄を悟った讃良は怒りを沈め、鎮火した後の煙を吐き出すようにため息をこぼした。
怒りが消えると、讃良が次に抱いた感想は「可哀想」である。勿論、刻止に対してではない。
「あの、本当に、他のスキル、ない?」
「ないね!我輩クンの武器は毒だけだとも!」
「そう…ん、分かった」
女性から言わせてもらえば、『毒生成』持ちと記すくらいなら無記入の方がいいと思ったが…そのスキルしか持っていないのであれば、ギルドの規則上記入する他ない。
諦めてスキルの欄にペンを走らせた後彼女は席を立ち、少し待つよう二人に告げてからふらふらとバックヤードに消えた。
途端、今まで我慢していたものが弾けるようにドッと笑い声が空間を満たす。
「いやー兄ちゃん、『毒生成』とか!よくそれで冒険者になろうなんて思ったな!!」
「ギャハハハ!きっとすぐに死んじまうぜ!30リール賭けてもいい!」
「んじゃ、俺三日以内に50リールな!」
「なら、アタシは五日~」
「つかさ、冒険者ナメてね?」
「うはははは!皆言うじゃないか!正直で良き!」
一緒になってはしゃぐ刻止に讃良は頭痛を覚えた。
「マジメな話よぉ、んなネズミ一匹殺せねぇスキルで何するわけ?」
「大丈夫!我輩クンには頼れる助手がいるからね!」
「はい!先輩は私が守ります!」
「うわ、女任せとかダサ…」
「ないわー」
「最低ね」
「うはははは!更に印象が悪くなったね!」
嘲笑に侮蔑が混ざり、讃良には憐れむような視線が向けられる。
彼女は居心地悪さから身を守るように白衣を整え、早く受付の女性に帰ってきてほしいと願いを込めて窓口の奥を見つめた。
と、そんな讃良の肩にゴツゴツした手が乗せられる。
明らかに刻止のものではないそれに総毛立った彼女は身をよじろうとしたが、びくともしない上に強い力で引き寄せられて顔を歪めた。
「ちょっと、何ですか!?離して!」
「なぁ、可愛い嬢ちゃん。こんな雑魚捨てて俺んとこ来ねぇか?」
「はぁ!?」
睨み付けた先には筋骨隆隆な大男。
使い込まれた防具と、その隙間から覗く肌に刻まれた傷跡は歴戦の戦士を思わせ、背に背負った大剣と共に多くの敵を屠ってきたのだろう自信が表情や姿勢に滲んでいる。
一目で強者と伝わってくる男は、どうやら今ギルドにいる誰よりも格上らしい。
周囲を見渡してそう結論付けた後、刻止は大男を見上げて口を開いた。
「やぁ、すまないが彼女は我輩クンの大切な助手でね。引き抜かれると困ってしまうのだとも」
「そうです!!私は先輩のものなんです!!この身はすべて、先輩の為にあるんですからね!!」
彼は「そこまでは言っていないが」という言葉を寸でで飲み込んだ。
「あのなぁ、俺ァ嬢ちゃんの為を思って言ってんだぜ?アンタにゃ才能がある。氷魔法の適正ってのはレアなんだよ。だのに、そんな雑魚と一緒じゃ沈む船に乗るようなもんだ。見過ごせねぇ」
「先輩と沈むなら本望です!!」
「うはははは!讃良クン、ちょっと口を閉じていたまえ!」
話が変な方に拗れそうな予感がしたので、讃良を会話から下がらせる。
不服そうながら大人しく口をつぐんだ彼女は八つ当たり気味に男の手を叩き落とし、男は男で邪魔をされたと言わんばかりに忌々しげな目で刻止を見下した。
「どういう関係かは知らねぇが、アンタにゃ彼女は相応しくねぇ。本気で大切に思ってんなら解放してやれ」
「おや、関係も知らずに口を挟んでくるとは…それはいささか傲慢ではないかね?」
「何?」
「我輩クンに彼女が相応しいか否かなど知ったことではないよ。確かなのは、彼女が自らここを選んだという事だとも。我輩クン含め、外野がとやかく言う権利などないさ」
しきりに頷く讃良を見るも、男は納得していない様子で眉根を寄せる。
往生際の悪いことだと刻止が目を細めたのを正しく嘲笑と受け取ったのか、その額には青筋が立った。しかし…
「何、ごと」




