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2−3


お行儀よく並んだ石畳をぼんやりと照らす魔力灯と家々の明かりが、仕事帰りや飲みの帰りだろう人々を優しい婆のように見守っている。

中世の城塞都市を思わせる街並みにそんな暖かさを感じるのは、夜道を行き交う人々の表情が皆明るく、肩肘張らずに柔らかいからだろう。

ポカリと口を開けた路地に入り込んだらどうだか分からないが、少なくとも見える範囲の治安は良くて清潔だ。


異世界で、かつ自分達の暮らしていた日本とはまるで違う文化レベルに、足を踏み入れた直後は不安が大きかった。

しかし軽く歩いた後は、朝になって布の取り払われた市場の賑わいを楽しみだと思えるくらいには期待が大きくなっている。


まぁ、毒を求めて様々な危険地域や裏社会を渡り歩いていた刻止であれば、たとえここが暗黒時代と称される中世ヨーロッパ並の治安だったとしてもしれっと順応出来ただろうが。


「なんてね」と小さく笑って窓から目を外し、刻止は質素な木製テーブルの上から空の皿を片付けている讃良へと視線を戻した。


「夕食、美味しかったですね!ちょっとドキドキしましたけど」

「うはははは!某カップ麺の謎肉並に正体不明な肉だったからね!」


よく煮込まれたクリームシチューの中にごろりと入っていた肉を思い出す。

見た目は鶏肉に似たあれは何だったのか。

しばらくスプーンに乗せてにらめっこしたものの、食べてみればじゅわっとジューシーかつ臭みのないさっぱりした味わいに思わず美味しいと叫んだものだ。

結局何の肉なのかは分からなかったが。


二人がいるのは宿屋"ムトゥンの枕"。

羊を思わせる看板を掲げたこじんまりとした店で、マールの紹介で二部屋を貸してもらっている。

とはいえ、今は「一緒に夕食をとりたい」と駄々をこねた讃良に折れ、二人で刻止の部屋にいるのだが。


確かに自分は毒にしか興味がないが、普通男の部屋に来るか?と、彼はらしくもなく常識を持ち出して真顔になったものである。

更に、「襲っても良いんですよ?」と言ってくるものだから頭が痛い。

慣れで流せる刻止でなければ危なかっただろう。

勿論、彼以外に彼女がこんな提案をする事はありえないが。


「部屋も綺麗で、ご飯も美味しくて…良い所を教えてもらえて良かったですね!」

「そうだね。さすがは街をよく知る商人のお墨付きだとも!残念なのは、この良い宿を拠点にのんびり観光…とはいかないことだ」

「うぅ…そうですよね…」


宿屋も商売。当然部屋を借りるにはお金がかかる。

マールの善意で七日分の宿代は支払い済みだが、それ以降は自分達で料金を納めなければならないのだ。


「確かここの宿は、一泊食事付きで27リールでしたね」


手帳を開き、讃良は己の字を指でなぞる。

リーガの実の価値から考えると安い方なのかと思ったが、マール曰くこの街ではちょっといい所…つまりはやや割高であるらしい。


冒険者が使うような宿なら一部屋10リールもあれば泊まれる所がほとんどであり、更にこの街の多くの宿は冒険者向けなので競争の都合でもっと安い所もあるくらいだ。

その分狭いし質も落ちるが、固いベッドが苦でないなら寝泊まりには十分。節約を考えると我慢すべき点ではある。


刻止はアイテムボックスから選別にと渡された硬貨を取り出した。

テーブルに散らばるのは銀貨八枚と黒貨七枚。おそらく87リールといったところか。

二人だと一泊が限界だ。仮に宿のランクを落としたとしても、一週間持つか怪しい。


「うはははは!なるべく早く稼がないと、野宿生活だね!」

「何でちょっと楽しそうなんですか…私は嫌ですよ」

「とにかく、そこら辺の問題も踏まえて現状の整理といこうではないか」


硬貨を端にまとめ、刻止は地図を広げた。

ついでに便利道具の"アガレスの眼"も取り出し、地図の上にレンズ越しの視線を滑らせていく。


「ふむ…ベロニアは、ここだね」


そして目当ての文字…この街を示すそれに黒貨をパチリと一枚置いた。

ルベリオン王国から出てはいないが、北側にある大神殿からはかなり遠い…大森林帯の近くに位置している。


「うはははは!悪くない位置だとも!」

「ですね。それに、カマロさんの話によると国営というよりほぼ自治区に近いらしいですから」


宿までの道中で聞いたところによると、ここベロニアは国内で一位二位を争う程に冒険者で賑わう街らしい。強力な魔物やダンジョンの多い大森林帯のおかげだろう。


それ故に冒険者ギルドも活発で、増した発言力は今や領主である男爵を越えているそうだ。

なので、現在はほぼギルドが中心となって街を治めているとか。


ここで二人にとって幸運なのは、ギルドと大神殿の仲が悪いということ。

おかげでこの街には神殿関連の施設がなく、身バレの心配がかなり少なくなっているのである。

教会がないことを残念そうに語っていたマールには悪いが、刻止達はガッツポーズをした。


「完全に気を抜けるわけではないが、拠点としてはほぼベストだろうとも」

「じゃあ、ここに滞在して情報を集めていく…ということでいいですか?」

「うはははは!良き!他に選択肢もないしね!」


あてもなければ金もなく、国から出ようにも魔物だらけの森か海原を抜けるしかないのだから。


「さて、ここでしばらくやっていくとして…問題はどうやって情報を集めるか、だね」


呼ばれた目的や、帰り道の有無など自分達に関することは勿論、この世界の情勢や文化なども過ごしていく上で必要だろう。知るべき事は多い。

オルダスや他の何者かに正希達が利用される前に正しい情報を揃えなければならない以上、何かしらの効率的な手段が欲しいところだが…

と、悩む刻止を見て躊躇いがちに讃良が手を上げた。


「それなんですけど…冒険者になってみるのはどうでしょう?」

「おや?その心は?」

「情報はタダでは手に入りません。本を買うにしてもお金が必要ですし、人から聞くにも信頼という対価が必要になってきます。その点、この街では冒険者はかなり信頼されているみたいですし、依頼を受ければ更なる信頼もお金も稼げるので一石二鳥かと」

「うはははは!正論だね!良き!では、冒険者になろう!」

「え!?そんなあっさり!?」

「身分も不確かな我輩クン達が他の職につけるとも思えないからね!それに…カマロ殿が言っていた言葉も気になる」

「それって…"ベロニアの冒険者ギルドは歴史が古くてぇ、昔は【勇者】も利用してたって噂もあるんですよぉ"ってやつですか?」

「うはははは!似てる!!」


讃良が真似したのは、冒険者ギルドを薦めてきたマールの台詞である。

関所を通る際、身分証が無いと言った二人に「ギルドカードが身分証代わりになる」と話してくれた彼が、その流れで語ってくれたのだ。

ちなみに、身分証がなくても通行料を払えば通れた。一人15リール取られたが


「よし!方針は決まったね。明日にでも登録に行ってみるとしようじゃないか!」

「はい、わかりました!」

「ではまとまった所で…讃良クン、部屋に帰りたまえよ!」

「えー?一緒に寝ませんか?」

「寝ない!!!」


ずいずいと扉の方へ背を押す刻止に讃良は口を尖らせるが、少しでも長く居たい彼女はそういえばと話題を持ち出す。


「気になっていたんですけど、カマロさんってお礼の選択肢からわざと現金…というか、硬貨を外してましたよね?」


最終的には宿代だけで話を済ませたが、道中「他に必要な"品"はありませんかぁ?」と食糧品から日用品、果ては魔道具まで寄越してこようとしてきて大変だったのだ。

この世界の物価が分からないながらも、貰いすぎだと直感が囁いたのである。

これが礼だけではなく、また何かあったらよろしく的な先への投資だったら面倒この上ない。


しかし、思えば讃良の言うとおり、彼が提示してきたお礼はすべて"物"であった。

この宿にしても、これで借りるようにと硬貨を渡されたのではなく、先払いという形で二人に部屋という物が提供されたようなものである。

それについて刻止は少し考え、口を開く。


「彼なりの誠意といったところではないかな」

「誠意…ですか?」

「彼は護衛を雇っていただろう?普通に考えると、対価はお金だろうね。だからこそ、我輩クン達を"恩人"として尊重するために"雇った者"と同じ対価を避けたのではないかな」

「…なんだか、ぽやぽやしているようでしっかりした人だったんですね。それに、やっぱりいい人です」

「うはははは!懐が暖かくなったら彼の店を覗いてみるのも良いかもね!」

「はい!その為にも、明日から頑張らないとですね!」

「うむ!という訳で、おやすみ!!!」

「あ、しま…っ!?」


隙あり、と最後の一押しをし、刻止は讃良を退出させることに成功した。

扉を開け、押し出し、からの閉め出しまで…一連の動きはそれはそれは鮮やかなものだっと、後に讃良は悔しそうに枕を叩いたものである。


刻止は聞こえてくるブーイングを無視しながら白衣を脱ぎ、シングルベッドに転がった。

固くはあったが疲れた体はそれでも心地よく微睡み、シャツがシワになるなと思いながらも意識はとろりと眠気という優しい毒に溶かされていく。


こうして、彼は異世界で初めての眠りについたのだった。


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