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2−2


森に落ちる影が少しずつ増している。

木々の隙間から見える空の端には黄金が混じり、雲の輪郭が浮かぶように光っていた。

刻止のよく知る空の顔だ。異世界においても、日没近くのこの色は共通らしい。

ただし、うっすら見える月は三つあるが。


「うむ!このままじゃ野宿だね!良き!」

「良くないですよ!テントも無いのに…」

「とはいえ、歩けども歩けども森一色だよ?」

「うぅ…そうなんですよね。せめて街道でもあれば…」


休憩とゴブリンからの襲撃&撃退を繰り返し、時々ふらっといなくなる刻止を讃良が叱り、透子が持たせてくれた干し肉を齧ったりしながら森を歩いてきた二人だが、未だに立ち並ぶ木々が途切れる気配は無かった。

そもそも、出口に向かっているのか奥に向かっているのかさえも定かではない。

讃良の言うとおり街道…とはいかずとも、人の手が入った道さえ見つけられれば手掛かりになるのだが。


「ふむ…実は魔法での移動が主流で、道という概念が無かったりして!」

「まさか!…いえ、でも、皆が皆テレポート的な力を使えるならありえる、んですかね…?」

「うはははは!さすがに冗談だとも!すべての人が魔法を使えるわけではないだろうからね!地球とて、車や電車、飛行機が普及しても歩道は無くならないだろう?」

「確かに…ん?」


ふと、讃良が足を止めて周囲を見渡した。

またゴブリンかと思ったが、どうも様子が違う。


「讃良クン、何事かね?」

「いえ、今何か聞こえたんですけど…」


己の聴力検査の結果はどうだっただろうかと思いつつ、刻止も普段は騒がしい口と動きをピタリと止めて耳を澄ませてみた。

すると確かに、何か…葉の囁きとは違うざわめきが聞こえてくる。


「…っあ、馬…馬です!馬の声がしますよ先輩!」

「うはははは!キミは耳が良いのだね!良き!大切にしたまえ!しかし、馬か…」


果たして野生の馬とは森に生息してるものだっただろうか。

疑問を浮かべた刻止だったがすぐに思考を打ち切り、未だ耳を大きくしている讃良の肩を叩いた。


「取り敢えず行ってみようじゃないか!何かあるかもしれないからね!」


特に根拠も何もない言葉だったが、結果として刻止の予想は当たることとなる。

というのも、讃良の耳を頼りに進んだ先で二人は倒れた馬車を見つけたのだ。


「ぐへへへへ!」

「観念しなぁ!」

「くっ…!」

「…まずいな」


ただし…がらの悪い男達とセットで。

端的に言うと、馬車が襲われていたのである。


「うはははは!ベタだね!」

「……はっ!?先輩静かに!」

「おっと、失礼!」


茂みからそれを眺め、刻止はいかにもな展開に手を叩いて喜んだ。

はしゃぐ先輩可愛い!でも危ない!と一人葛藤しつつ彼の白衣を引っ張った讃良は、剣が鋭く交わる音に肩を跳ねさせる。


(ふむ…)


一応忠告を受け入れ、口をふさいだ彼は改めて現場に目を向けた。

馬は血塗れで一頭は息絶え、もう一頭も弱々しくもがいている。

馬車を背に武器を構える三人は護衛だろうか。似た装いの者は三人以外地に伏していて、ここからでは生死不明だ。

それに対して下卑た笑みを浮かべる男達は七人。ボロい服と揃いのバンダナから連想するに野盗といったところか。


見て分かる通り、護衛側の数的不利な状況である。

と、顕微鏡を覗く時と同じ顔で観察していた刻止の脇腹がちょいちょいとつつかれた。


「それで、先輩…()()()()()?」

「おや?」


意外だ、と彼は目を丸くする。

讃良が「助けよう」ではなく、「どうするか」と尋ねてきたからだ。

迷いも憂いもないそこにあったのは、言外に見捨てることも厭わないという意思。

刻止は讃良への評価を改めた。

ある程度は知っていたことではあるが、どうやら彼女は自分が思うより"良い子ちゃん"ではなかったらしい、と。


刻止とて自分を慕ってついてきてくれた優秀な助手は手放したくない。だからこそ、彼なりに自分の行動やら思考をぼかしてマイルドにしていたのだが…取り越し苦労だったのかもしれない。


「うはははは!良き!我輩クンは実に気分が良い!故に、助けの手を伸ばそうではないか!」

「ええと、いきなりどうしたんですか?って感じではありますけど、分かりました」

「正直でよろしい!時に讃良クン、"アレ"はあと一回使えるね?」

「スキルのことですか?はい、使えますけど…」

「うむ!では、発動の準備をしてくれたまえよ!その代わり、調整は任されようではないか!」

「え!?ちょ、先輩!?」


讃良の焦ったような声を置き去りに、刻止は隠れていた茂みから飛び出した。


「やあやあ諸君!こんな薄暗いところで何をしているのかね?」

「な…っ!?」

「あ"?」

「何だぁ?」


急な横やりに驚くでもなく、双方は互いへの警戒そのままにギロリと睨みをきかせる。

奇襲と言うにはあまりにお粗末で、気配も殺せていなければ着崩された白衣も森では目立ちすぎる。

どう見たって素人だった。

頭の弱い貴族(世間知らず)でもここまで無防備ではないだろう。

そんな彼に片や嘲笑を、片や焦りを浮かべる。


「ま、まずい…っ!」

「き、きみ!早く逃げ…っぐ!?」

「おーおー、兄ちゃん、お散歩かぁ?運がねぇなぁ!」

「ギャハハハハ!」


「逃げろ」と言いかけた男が近くの野盗に斬られ、暇そうに散開していた連中が刻止を囲うように近付いてきた。

その汚ならしい笑みに対抗するように、彼はにぱっと無邪気に笑う。


「うはははは!いやはや、道に迷ってしまってね!ふむ、確かに…運がない」


わざと夕日を反射させ、見せつけるように構えられたサーベルに怯む様子もなく、刻止は何てことない足取りで渦中に向かって行った。


「しかしキミ達、そろそろ日が暮れてしまうよ?我輩クンが言えたことではないが、早く帰った方がいい」

「…ご忠告ドーモ?」


あまりにも平然とし過ぎていて、彼の正面でにやけていた野盗が僅かな警戒を瞳に宿す。

刻止が状況を理解していない愚か者なのか、それとも余裕ぶった強者なのか判断に迷ったのだ。とはいえ、それはすぐに男の持つ自信に埋もれたが。


「折角だ。混ざってみるかぁ?」


勿論、被害者として。

言葉に乗せずとも、ゆらゆらと揺らされた切っ先がそう笑っていた。


「…く!はや、く…ここから、逃げ…がはっ!」

「ヒャハハハ!もう遅ぇ!!!!」


血を吐きながらの警告も虚しく、リラックスしていた刻止に手の空いていた野盗が一斉に飛び掛かる。

そして、あと一歩で刃が彼の命を刈り取るだろう…その瞬間になって、ようやく気付いた。

弧を描いた口が、ずっと微かな音を刻んでいたことに。

         「3」

  「2」

                「1」

「…ゼロ!」

「な…っぁ…!?」


何をと聞くよりも、一番早い刃が肌に沈むよりも先に、吹き抜けた冷気がすべてをさらって行った。

紙一重まで迫っていたサーベルを指で弾き、刻止は実験が成功した時に似た満足そうな表情を浮かべる。


「うはははは!確かに、もう遅かったね!」


キミ達が、と目を細めて見渡せば、彼の目にはいくつもの氷像がきらきらと写っていた。

襲いかかってきた野盗も、馬車を守っていただろう者も皆等しく、平等に。


「いやはや、讃良クンのスキルはやはり凄いね!初級の魔法とは比べようもないとも!」

「その代わり、色々制限もありますけどね…っじゃなくて、先輩!!何無茶してくれてるんですか!!」


ガサッと背後から飛び出した讃良が、叫ぶように文句を言いながら刻止に巻き付いた。

ぺたぺたと身体中を触り、特に敏感な首の周囲を怪我がないかと念入りに触れてくるものだから、さすがの刻止も表情を崩して彼女を押し退ける。

変な気持ちになるなと言う方が難しい。一応彼とて、多感な男子高校生なので。


「こ、こほん!仕方がないだろう?一撃で全員仕留めるとなると、こうするのが一番手っ取り早かったのだから」

「そりゃ確かに、先輩が引き付けてくれたおかげで全員ノコノコとスキル圏内に入ってくれましたけど…でも、何も進んで囮にならなくても良いじゃないですか!」

「うはははは!」


そう、無謀にも刻止がしゃしゃり出たのは、手持ち無沙汰に周囲の警戒にあたっていた野盗を引き付けるためだったのだ。


讃良のスキル…『三つの冬(フィンブル)』には名の通り三種類の力が内包されている。

そのうちの一つで先程彼女が使用した『風の冬』は、範囲型の凍結スキル。有効範囲内の敵を()()()凍らせる事ができる強力なスキルである。

しかしその有効範囲はあまり大きくなく、しかも少しでもはみ出すとスキル効果から外れてしまうという欠点があった。

ついでに、一日三回の回数制限つきだ。


とはいえ、そのスキルを二回見てきた刻止は欠点にすぐ気付いたし、加えて範囲も発動にかかる時間もすべて覚えていた。だからこその作戦だったのである。

戦力外で暇な分、細かいところまでよく見ていたわけだ。


まあ、仮に失敗したとしてもその時は刻止が"どうにかする"つもりではあったが。その為に囮として自分を選んだのだから。


「ところでコレは生きているのだよね?」

「はい。あくまでも"絶対に凍らせる"というだけで、攻撃性はないみたいなので」

「ならば良き!であれば、今のうちに野盗の氷像はまとめて縛っておこうじゃないか!」

「あ、あのぅ…」

「「ん???」」



ガタ、ゴト、ガタン、と道と呼ぶにはお粗末な獣道を馬車が進んでいく。

馬車と言いつつ、引いているのは馬ではなく人間だったが。


「いやぁ、ホント、本当に助かりましたぁ!もう私、駄目なのかと…女神様の身元に還る時が来たのだと覚悟してましたからぁ」


馬車の振動でふくよかな頬の肉を揺らしながら、刻止達の眼前にドンと座る男は気弱そうに眉を下げる。

ほわほわした口調で油断しそうになるが、男の身なりは見て分かる程上質だ。

たとえ出っ張った腹の肉でボタンが悲鳴を上げていようとも、華やかな装飾と美しい布地で紡がれた服装は地位の高さを教えてくれる。

まぁ…馬車の持ち主だと言うのだから当然だが。


出会いはつい先程。

刻止と讃良がいざ野盗を縛り上げようとしたところで、「あ、あのぅ…」と震える声を伴って男が馬車から顔を出したのだ。

どうやら、讃良のスキル範囲から外れていたらしい。

腹の肉辺りがはみ出ていたのだろうか…などと失礼なことを考えているとは悟らせないよう、刻止はフレンドリーに振る舞ったものである。いや、いつも通りと言えばいつも通りかもしれないが。


男の護衛だろう者達も巻き添えで凍り漬けにしていたのでどうなることかと思ったが、命に別状がないと知るとふにゃふにゃした顔で安堵の言葉を溢しつつ許してくれた。

しかも、刻止達が道に迷っているという台詞を聞いていたのか、是非街まで送らせてくれと言ってくる始末。

お人好しというか…刻止はいっそ恐れすら抱いた。

綺麗すぎる水には魚も住めないのである。


とはいえ、街に向かえるなら好都合。

二人は男の好意に甘えることにしたのだった。


「あぁ!そういえば、自己紹介を忘れていましたねぇ」


もしも罠であったとしても何とかなるだろうと愛嬌のある鼻をじっと見ていた刻止は、焼きマシュマロのように溶けた表情に肩透かしを食らった気持ちになって思考を散らす。

殺るとしたらどの毒か、なんて物騒な思考を。


「私はこの先…ベロニアの街で商人をしています、マール・カマロと申しますぅ。以後お見知りおきを」

「うはははは!我輩クンは毒嶋…いや、トキシ・ドクジマ。しがない旅人だとも!」

「同じく、ササラ・シモツキです。よろしくお願いします」

「おお!トキシ殿とササラ殿ですねぇ!改めて、私めを助けていただきありがとうございましたぁ」


子犬のように無垢な笑顔で刻止の手を袖越しに掴むと、マールは気持ちの大きさを伝えんと大きく上下に振る。

ありがとう、ありがとうと一振毎に聞こえてくるようだ。


こういった行動は止めてきそうな讃良だが、振り回される側になった刻止の顔が珍しすぎて真顔で心のシャッターを切り続けているので使い物にならなかった。


「それにしてもぉ、お二人は旅人とお聞きしましたが…」

「うむ!我輩クン達は名も無いほど辺鄙な村の出なのだけれど…そこがもう、退屈で退屈でね。ついに嫌気がさして、目的も計画もなく飛び出してしまったのだとも」


すらすらと息を吐くように設定を作り上げる刻止に感心しつつ、チラリと目線を送られた讃良は姿勢を正してマールに向き直る。


「しばらく放浪していたんですけど、そろそろ腰を落ち着けようかと話していた折りに偶然転移石に飛ばされてしまって…気付いたらこの森を彷徨っていたんです」

「成る程ぉ、それであんな所に…この森は目印もなく、魔物も多いですからぁ、さぞ苦労なされたことでしょう」


何を言っても信じるマールに、本当に商人が務まっているのだろうかと讃良は頭痛をこらえた。


「お二人共見たことのない出で立ちですしぃ、きっと遠い所からいらっしゃったのでしょうねぇ」

「そう、それでなんだが…」


刻止はアイテムボックスから、おもむろに硬貨とリンゴに似た食べ物を取り出す。

ちなみに、アイテムボックスは珍しいものだろうと隠すつもりだったのだが、マールが普通に袋型のものを使っていたので価値観を改めた。


「この辺りの物価を知りたくてね。街ではこの実はいくらくらいで買えるだろうか?」

「ふぅむ?リーガの実ですかぁ。この辺りでもよく出回っていますから…他の街と変わらず3リール程度ですかねぇ」


3リールと言いながら、マールは刻止が膝の上に散らせた硬貨のうち、一番小さな黒い硬貨を三枚取って讃良へ渡した。

リンゴもどきは"リーガの実"。硬貨の単位は"リール"というらしい。


「うはははは!成る程!では、カマロ殿。これ一枚で買えるだけリーガの実を譲ってはくれないかな?」


次に、刻止は一回り大きい銀色の硬貨をマールへ差し出した。

マールはつぶらな瞳を瞬かせ、遠慮がちに刻止の顔を覗き込む。


「それは、構いませんけどぉ…そのくらい、差し上げますよぉ?お二人は命の恩人なのですからぁ」

「いやいや!ここは商人と客としての取引をさせておくれ!何事も、最初が肝心と言うだろう!」

「…分かりましたぁ。銀貨一枚でリーガの実三個と、黒貨一枚のお返しですねぇ」

「ありがとう!我輩クンはこの実が好きでね!助かるよ!」


一個3リールのリーガの実が三個買え、一番小さな硬貨が一枚帰ってくるというなら、銀色の硬貨は黒い硬貨10枚分…10リール程の価値になるのだろう。

言葉と違って渡されたリーガの実が一つ多いのは、マールの好意と思われる。


これより大きな硬貨は無いので検証はここまで。

讃良は刻止の目配せに首肯を返し、白衣から取り出した手帳に情報を書き込んでいく。

綺麗な手に握られたシャープペンシルから察せるだろうが、これは地球産の品である。

と、さすが商人と言うべきか。マールの目がキランと光った。


「み、見たことのない品ですぅ…!それは筆記具なのですかぁ!?」

「え、ええ。旅の途中で行商から買いました。何でも、海の向こうの品だとか…?」

「ほう、ほう!カラネロの職人技でしょうかぁ…いや、この繊細さ…まさかあの国の…?いや、まさかですねぇ」


何やら気になる事を呟いている彼に刻止は眉を上げたが、外からドンドンと馬車が叩かれる音に気をそらす。


「おぅい、カマロさん。もう少しで街に着きますよ」


また野盗でも来たのかと思ったが、聞こえた声は護衛のもの。

あの時真っ先に「逃げろ」と叫んでくれた青年である。


彼含めた護衛は六人中三人が亡くなってしまったものの、残りの三人は一命を取り留めた。讃良のスキルで凍っていたのはご愛嬌だ。

無事に解凍後、ポーションで傷をさっさと治した彼らは馬の代わりとなって馬車を引いてくれていたのである。


「ほっ…ようやくですかぁ。いやぁ、生きて帰れるなんて夢みたいですよぉ!本当に、何とお礼を言ったものか」

「うはははは!馬車に乗せていただけただけで十分だとも!」

「いえ、いいえ!さすがに気が済みませんよぉ!」


ずいっと実を乗り出したマールの圧に、刻止は限界まで背もたれに体を押し付けた。

鼻息荒く引きそうもない彼がこれ以上近付かないように宥めつつ、讃良は「それなら…」と顔を上げる。


「先程も申しましたが、私達は一度腰を落ち着けようと思っていたところなのです。なので、もしよろしければ長期でも泊まれる宿屋を紹介していただけませんか?」

「おお!お安いご用ですよぉ!そうですよねぇ、旅に宿は必須ですからねぇ!ふふん、任せてください!」


讃良は小さくガッツポーズした。ベッドは大事なのである。

と、ガタゴト揺れていた馬車がゆっくり止まる。マールの顔が緩んだところを見るに、どうやら目的地に着いたらしい。


「「わぁ…!」」


促されるまま馬車を降り、二人は思わず感嘆の声をこぼす。


「トキシ殿、ササラ殿、ようこそ冒険者の街…ベロニアへ!」


ばっとマールが腕を広げた向こう。高い城壁に囲まれた日本とまるで違う街並みが広がるその場所に、刻止達は沸き立つ興奮を靴裏に込めて一歩を踏み出したのだった。


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