第63話 生と死の境界
ユフィーアが城内の刺客を片づけていた頃、東の城壁前では兵士達とアンデッド軍団の戦闘が続いていた。
その先頭には屍術師アルパヌの呪術によって蘇り、大幅にパワーアップした魔王軍四天王のひとりクロコワイバンとマーライオネットの姿も見える。
どうやらマーライオネットは以前俺が封印の祠に設置したトラップに引っ掛かって無事に死亡していたらしい。
色々やってみるものだな。
兵士達はバグ技を使った訓練によって強化されているとはいえ、魔王軍四天王の域までは達していない。
防御キャンセルのバグ技を駆使して抵抗を続けるものの、徐々に後ろに押されていく。
「マール殿、東の兵は数で勝る相手に死ぬ気で戦っておるというのに、我々は一体いつまでここで突っ立っておればいいのだ」
一万の兵と共に王宮の前で待機しているバランドル将軍も痺れを切らす。
「バランドル将軍、今は耐えて下さい。まもなく戦況が動きます」
大将がうろたえては士気に関わる。
俺は平静を装ってどっしりと構える。
その時、俺達の下に伝令が走ってきた。
「将軍、西より魔獣の軍団が現れました! その数およそ四万!」
「北の空からも鳥型の魔獣の軍団が攻めてきました! その数五万!」
「なんだと!? それではやはりマール殿の申した通り、東の魔王軍は囮だったという事か」
西の魔獣達を率いているのは虎の形をした巨大な魔獣のようだ。
その魔獣の見た目の詳細を伝令に聞いてみたが、俺の知らないキャラのようで詳しくは分からなかった。
アップデートで追加されたキャラかな?
北の鳥型魔獣を率いているのは、世界樹の森で俺達と戦った魔王軍四天王のひとり怪鳥フレガータだ。
その配下の鳥型魔獣達も全員俺達が打ち倒した者ばかりで、いずれも屍術師アルパヌの呪術によってゾンビ化をしている。
「なるほど、そういう布陣で来たか」
俺は冷静に敵将の位置を分析する。
屍術師アルパヌの屍を操る能力には有効範囲がある。
一定以上離れていると効果が切れてただの屍に戻ってしまう。
アンデッド軍団が北と東から攻めてきたという事は、アルパヌはその中間、王都の北東にいると見て間違いないだろう。
「マール様、ただ今戻りました」
丁度いいタイミングでユフィーアが王宮から出てきた。
刺客の目を誤魔化す為にアポロジーストーンと引き換えに手に入れたメイド服をユフィーアに着せていたが、王宮から出てきたユフィーアは騎士の鎧を装備していた。
メイド姿で戦うユフィーアも見てみたかったが、あれはもう二度と手に入らない貴重品だ。
戦闘中に汚れたり破れたら困る。
着替えてきて正解だ。
しかしユフィーアの口から続けて出てきた言葉に俺は絶句した。
「ごめんなさい。マール様からお借りしましたあの服ですけど、ドラゴンのブレスで焦げてしまったので処分してきました」
「な……!?」
「……マール様、気を確かに!」
「……あ、ああ大丈夫、大丈夫だよ」
一瞬意識が遠のいたが、今は戦闘中だ。
俺は歯を食いしばってその悲報に耐え、気丈に振る舞って皆に指示を出す。
「バランドル将軍は一万の兵を引き連れて西の魔獣に当たって下さい。俺とユフィーアは北東に向かいます」
バランドル将軍は俺の指示に対して怪訝な顔で問いかける。
「お主たち二人であの大軍をか? 私の見立てでは西側の魔獣どもは大した強さではない。それよりも北側のフレガータや、東側のマーライオネットが手強い。奴らに対抗する為に北と東に救援の兵を送るべきと考えるが」
「北と東の敵は所詮ゾンビですから弱点を突けば楽勝です。それよりも西の魔獣はゾンビではありませんので正面から打ち倒さなくてはいけません。こっちの方が大変です」
「ふむ、何か考えがあるのだな。あいわかった。それでは北と東はお主達に任せる」
「お願いします」
「行くぞ者ども! 我らはこれより西の魔獣を一掃する!」
バランドル将軍は兵を率いて西の城壁へ向かっていった。
それを確認すると俺はユフィーアを連れて王都の北東へ向かう。
城壁の上からだと戦況が良く見える。
クロコワイバンとマーライオネットの勢いに押されている東の兵士達は城門の付近まで後退していた。
このままでは城門を破られるのは時間の問題だろう。
「マール様、北の城壁を見て下さい!」
ユフィーアの声で北側を見ると、鳥型魔獣の一部は既に空から城壁を越えて王都の内部に入り込んでいた。
「マール様、このままでは市民に被害が出ます! 早く何とかしないと……」
ユフィーアは焦燥感に駆られて捲し立てるが、住宅地まではまだ距離がある。
俺の計算ではしばらくは大丈夫のはずだ。
それよりも、今の俺に重要なのは魔獣がどの位置まで侵入できているのかだ。
俺は紙と鉛筆を手に計算を始める。
「ここから東門の距離……そして北門の距離……内部に入ってきている魔獣の先頭の位置……」
「マール様、何をしているんですか? もう時間がありません、私は北側の救援に向かいます。相手がアンデッドなら私の浄化魔法で一網打尽にできます」
「ダメだユフィーア、あれだけの数を相手にするとなるととても魔力が持たない。今はこの場で俺の指示を待て!」
おれはユフィーアを制止すると計算を続ける。
思ったより難しいな。
もう少し数学の授業をちゃんと聞いておけばよかったと後悔する。
「よし、奴の居場所が分かったぞ。……そういえばユフィーアの魔法の射程距離はどのくらいある?」
「え? 電撃魔法でしたら30キロメートル程は飛ぶと思いますが」
「列車砲かな?」
「何ですかそれ?」
「いや、何でない。それよりもここから1時23分の方向、距離三千三百四メートルの位置に思いっきり魔法をぶつけてくれ」
ユフィーアは双眼鏡を手に目標を確認する。
「ええと、その位置には大きな岩がありますね」
「ああ、それを吹き飛ばすつもりでやってくれ」
「何か作戦があるんですね。それでは行きます、飛翔電撃魔法ライトニングキャノン!」
ユフィーアの手の先から放たれた電気の砲弾は美しい弧を描いて目的の座標目掛けて飛んでいく。
そして着弾した瞬間に閃光と共に大地が揺れ、後には大きなクレーターが出来上がっていた。
そこにあった岩は跡形も粉々に吹き飛んでいる。
「マール様、これで良かったんですか?」
「ああ、これで全部終わったよ。見てご覧」
ユフィーアが周囲を見渡すと、城壁に殺到していたアンデッド軍団の動きは完全に止まっていた。
「ゾンビはそれを操っている術師を倒せばただの屍に戻るからね」
「え? いつ術師を倒したんですか?」
「さっき吹き飛ばした岩陰に隠れてたじゃん」
「え? あそこにいたんですか? どうして分かったんですか?」
「計算しただけだよ」
「????」
ユフィーアはまったく理解できないといった表情をしているが、屍を操る事ができる範囲を知っていれば術師が隠れている場所を逆算するのは簡単な事だ。
惜しむらくは、屍術師アルパヌの御姿を直に拝めなかった事だ。
彼女は美しい女性の姿をした魔族で、その限界まで布面積を小さくした装束は一部のプレイヤーの心をがっちりと掴んで離さない。
某イラスト投稿サイトにも多くのイラストが投稿されており、薄い本の数も桁違いだ。
彼女は魔王軍四天王の一人の為当然倒さないとシナリオが進まないのだが、攻略サイトのバグ一覧のページには『アルパヌが仲間にならない』事がさも当たり前のようにバグとして記載されている程の人気キャラだ。
「マール様、何を落ち込んでいるんですか? 早く西側の救援に向かいましょう」
俺はユフィーアに背中を押されて王都の西へ向かう。




