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第62話 絶望の竜殺し



 魔王軍が王都に迫っているとの報を受けて、主だった将兵はその迎撃に向かっている。

 今王宮内で国王グーラーを守っているのは僅かな近衛兵のみだ。


 今なら国王を暗殺するのは造作もない事。

 全て私の作戦通り。


 ヘステリアなんかを優遇してこの私デメテルを聖女の座から追いやった愚かな王。

 私が魔界で成り上る為にその首級を魔王様への手土産にして差し上げますわ。


「アルターレ、私が合図をしたらホロコーストドラゴンを召喚しなさい」


「う……ああああう」


 アルターレと呼ばれた男はうなり声のような返事をする。


「本当に分かってるのかしら?」


 このアルターレという男はかつてダンジョン探索中に魔物に襲われて死亡した冒険者の成れの果てだ。

 生前の冒険職は召喚士である。

 冒険者としてのランクはS級に該当し、彼に呼び出せない召喚獣はいないと言われていた。


 今回私デメテルが考案した国王の暗殺作戦の為に、魔王軍四天王の一人屍術師アルパヌが用意したゾンビである。


 ゾンビと言っても見た目は人間とほぼ変わらない。

 少々顔色が悪いくらいだ。


 それも私の聖女の力で無理やり血行を良くしてカモフラージュすれば本当に生きている人間にしか見えない。


 聖女の力は使い方次第でどんな悪事も簡単に行う事ができる。

 人間の見た目を操る事など朝飯前だ。


 王宮内の人間には私とアルターレの二人はただの使用人にしか見えていない。

 私が追放された聖女デメテルと気付く者は誰一人いないでしょう。


 さっきもシンディア姫の部屋の前でアルターレにガーゴイルを召喚させ、シンディア姫を誘拐する事に成功した。


 国王の暗殺に際して障害になる可能性がある人物はユフィーアとバランドル将軍の二人だ。

 竜殺しの勇者ユフィーアは言うに及ばず、魔王軍四天王のひとりドラゴニュートのクロコワイバンを一撃で葬ったというバランドル将軍の武勇も無視はできない。


 しかしバランドル将軍はアルパヌ率いる陽動部隊に気を取られて王宮の外に出ており、ユフィーアの姿も王宮内には見当たらない。


 まさに好機だ。


 残った近衛兵だけでは全てを焼き尽くすというホロコーストドラゴンの灼熱のブレスから国王を守る事はできはしまい。

 もう私の作戦は成ったも同然だ。



「お食事をお持ちしました」


 王宮のメイドがパンとミルクが入った籠を手にして近衛兵達に歩み寄る。

 腹が減っては戦はできぬとはよく言ったもの。

 近衛兵達は笑顔でメイドから食料を受け取って口に運んでいる。


「暢気なものね。これから皆殺しにされるとも知らずに。これがあなた達の最後の食事となるのよ。よく味わって食べる事ね」


 今国王を守っている近衛兵の中の何名かとは面識がある。

 私が王国の聖女だった頃は彼らが私の護衛を務めていた。


 それがあのマールとかいうクソガキの罠によって私のやってきた事が白日の下に晒された時、彼らは掌を返したように私を責め立てた。


 あの時の屈辱は絶対忘れはしない。

 彼らがホロコーストドラゴンのブレスに焼かれ、苦しんで死んでいく様を眺めながら心の底から「ざまぁ」と言って差し上げますわ。


 近衛兵達は食事を終えると、空になったお皿とコップをメイドの手にしている籠に乗せる。


「メイドさんには怨みはありませんので見逃してあげますわ。さっさとお行きなさい」


 しかし、食事を終えた近衛兵はその場で王宮のメイドと雑談を始めるではありませんか。

 どれだけ空気が読めないメイドなんでしょう。


「この非常事態に何を考えているのかしら。もういいわ一緒に死になさい。アルターレ、ホロコーストドラゴンを召喚して頂戴」


「あう……うがぁ」


 アルターレは頷き、ゾンビ特有の聞き取れない言葉で呪文を唱えると、時空の狭間から巨大なドラゴンが姿を現した。


 ホロコースドラゴンは国王グーラーの座る玉座を向きその大きな口を開く。

 近衛兵達は突然の出来事に身動き一つできない。


「さようなら、愚かな王様とその取り巻き達」


 ホロコーストドラゴンが灼熱のブレスを吐き出す瞬間だった。


 ゴロン。


 ドスン。


「え……?」


 私は目の前の光景を理解するのに一瞬の間を要した。


 ホロコーストドラゴンの首が胴体から切り離され、デメテルの目の前に転げ落ちたのだ。


「どういう事ですの……!?」


「あーあ、非売品のメイド服が少し焦げてしまいました。後でマール様に謝らないといけませんね」


「あなたは……ユフィーア!? どうしてこんな所に?」


 私が王宮のメイドと思い込んでいたのは、メイド服を身に纏った勇者ユフィーアだった。


「マール様に陛下の暗殺を企んでいる不届き者がいるから護衛に回ってくれと言われていたんですよ」


「でも、どうしてメイドの姿なんかを……」


「私が陛下の護衛に当たっている事を知ったらあなたは警戒して姿を現さないだろうとマール様は仰っていました。案の定、私がここにいないと勘違いしていたあなたは油断して尻尾を出しましたね」


「くっ……アルターレ! 次の召喚獣を出しなさい!」


「が……うああう」


 アルターレが呪文を詠唱すると、目の前にホロコーストドラゴンより一回り大きな竜が現れた。


「おーっほっほ、これがいざという時の為に魔王様より借り受けていた切り札ハデスドラゴンですわ。かつてその力で魔界の半分を支配していたというハデスドラゴンの滅びのブレス、あなたは耐えられまして? さあ、薙ぎ払いなさい!」


「話が長いですね」


「えっ?」


 次の瞬間、ハデスドラゴンの身体は縦に裂け、それぞれの半身がアジの開きのように左右に分かれた。


「私も嘗められたものですね。竜殺しは私の最も得意とする仕事ですよ」


「ば、化け物め……覚えていなさい!」


 私は勇者ユフィーアの力を見誤っていた。

 まだ王国に復讐を果たしていないのにこんなところで死ぬわけにはいかない。

 私はユフィーアに背を向けて逃走を図るが、行く手を近衛兵に遮られてしまった。


 皆知っている顔ばかりだ。


「や、やめて……私よデメテルよ……ずっとあなた達を可愛がってあげていたじゃない……見逃してもらえるわよね?」


「聞く耳持たんわ!」

「国王陛下の暗殺を企てるなど、その命をもって償ってもらうしかない」


 近衛兵達は私の言う事に全く耳を貸そうともせず、一斉に槍を突き刺す。

 次の瞬間私の意識は永遠の闇の中に沈んでいった。




◇◇◇◇




「ユフィーア殿、もう一人の男は……」


「可哀そうに。アルパヌの呪術によってゾンビとして使役されていたのですね。せめて安らかに眠って下さい」


 そしてアルターレはユフィーアの浄化魔法によって安らかな眠りについた。




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