第61話 襲撃
王宮の使用人の話では、シンディア姫の部屋に突然大きな翼を持った魔物が現れて姫様を攫っていったという。
途端に王宮内は慌ただしくなる。
「姫様が攫われた……?」
俺は王宮の外に飛び出して空を見上げると、蝙蝠のような翼を持った巨大な魔物がシンディア姫を抱き上げて羽ばたいているのが見えた。
シンディア姫は気を失っているのか全く動かない。
シンディア姫に近付くと何らかのバグに巻き込まれる。
それは魔物だろうが例外はない。
それなのにどうしてあの魔物は平然と飛び去ろうとしているのか。
もしかするとアポロジーストーンでシンディア姫のバグが直ったんだろうか。
頭の中で状況を整理しているとユフィーアが息を切らせながら駆け寄ってきた。
「マール様、ここにいらっしゃいましたか」
「ユフィーア、シンディア姫の呪いは解けたのか?」
「いえ、姫様のお部屋に案内されている途中でしたので……」
という事はバグは直っていない。
それなのにあの魔物がバグに巻き込まれていないという事は……。
分かったぞ、これは……イベントのムービーシーンだ。
先日のアップデートでメインシナリオの一部が変更されたり、追加されたシーンがある事が分かっている。
原作ではシンディア姫はゲームの終盤に主人公が関わらないところで魔族に攫われて魔王城に監禁される。
魔王軍があのバグり姫をどうやって誘拐したのかはプレイヤーの間では長く議論されてきたが、それに対してのメーカーの答えがこれなのだろう。
予め作られた映像を垂れ流すだけのプリレンダムービーならばバグが起きようはずもない。
そしてただの映像である以上俺達はそれに介入する事は出来ない。
もうシンディア姫が攫われるのを止める手段はなく、文字通り見ている事しかできない。
「姫様を取り戻せ!」
「天馬騎士団、竜騎士団、出撃せよ!」
王宮の飛兵部隊が一斉に飛び立ち魔物の追撃に向かう。
「マール様、私も行きます」
「いや、その必要はないよ」
ユフィーアもそれに加わろうとするが、俺はそれを制した。
どうせ間に合わない事は分かっているし、原作ファンタシー・オブ・ザ・ウィンドで魔物が姫を攫った理由も知っているからだ。
それは陽動であり、王国軍の本隊が魔物を追って出払った隙に魔王軍が王都を襲撃する。
これによって守りが手薄になっていた王都は壊滅的な被害を受け、物語は最終決戦へと進んでいく。
本来ならば重要なイベントのはずなのだが、原作では主人公達が一切関わらないイベントの為、全てナレーションで片付けられていたのでイマイチ盛り上がりに欠けるシーンである。
恐らく開発期間の都合で作り込む時間が足りなかったせいという説が主流である。
先日のアップデートでどさくさに紛れて追加されたのだろう。
俺はプリレンダムービーに干渉する事はできないが、その後の魔王軍の襲撃部分は自分で操作できるイベントかも知れない。
ならば俺はできる事をするだけだ。
「ユフィーア、もう間に合わない。それよりも嫌な予感がするから広場へ行ってくれないか」
「しかし姫様が攫われるのを黙って見ている訳にはいきません」
「シンディア姫は大丈夫だ、俺が保証する」
この世界の皆は知らないだろうが、シンディア姫にはバグによってHPの概念がないので危害を加えられる事はできないので少なくとも命を落とす事はないはずだ。
「俺の予想ではこれは陽動だ。いつ魔物が攻めて来るかも分からない。俺は陛下に掛け合ってくるからユフィーアはいつでも出撃できるように広場で待機をしてくれ」
「は、はい」
俺はユフィーアを置いて謁見の間に向かう。
謁見の間にはバランドル将軍の姿もあった。
「おおマール殿、お主も来ておったのか。これは心強い」
「はい、シンディア姫が魔物に攫われたと聞いて飛んできました」
「うむ、我らも直ぐに姫様の奪還に向かおうぞ。それでは陛下、行ってまいります」
「バランドル将軍、待って下さい。これは魔王軍の陽動です。急いで王都の守りを固めるべきです。魔王軍の本隊は直ぐにでも攻めてきますよ」
「何だと? しかしそれでは姫様はどうなる」
もちろん陛下の前で姫様を見捨てるなどと言えるはずはない。
だから今回もそれらしい嘘をつかせてもらう。
俺は陛下の前に歩み出て進言する。
「陛下、シンディア姫が女神の加護を受けられている事はご存じでしょうか」
「女神の加護だと? それは初耳だが」
「昔から彼女の身の回りで不可思議な事が起きるというお話は伺っています。それは女神様の加護のお力が強力すぎる為に、過剰に周囲に影響が出てしまっているのです。魔物達は姫様を攫ったところで、それ以上の危害を加える事はできません。私が保証いたします」
シンディア姫のバグについて、俺はユフィーアには呪いと教え、グーラー陛下には女神の加護と伝える。
言い方次第で受け取る方の心証は全く異なるものとなる。
この場にユフィーアが居たら間違いなく話が拗れるので連れてこなかったのである。
俺の言葉にグーラー陛下は目を瞑り、思考を巡らせる。
「ふむ……思い当たる節もある。お主がそういうのなら真実なのかもしれんな。娘の為に王都の民を犠牲にする訳にはいかぬ。バランドル将軍、急ぎマールと共に王都の守備を固めよ」
「ははっ!」
「仰せのままに」
俺とバランドル将軍は広場に将兵を集めると五つの部隊を編成する。
王都の兵力は総勢三万人。
王都の東西南北にそれぞれ五千ずつの兵を配置して迎撃態勢を取り、残りの一万の兵は王宮の前に待機させる。
彼らは皆以前俺がバグ技を使って鍛え上げた兵達だ。
それ以降も毎日真剣にバグ訓練に取り組んでいたようで、今では一人一人がA級の冒険者に匹敵する程の精鋭に成長していた。
「来ました! ゴブリンやオーガの大軍が向かってきます! その数約三万!」
東の城壁を守っている部隊よりの伝令が届いた。
「むう、マール殿の言った通りだ。奴らめ以前あれ程痛めつけてやったというのに、もうここまで兵力を立て直したか」
ゴブリンやオーガは先の戦いで殆ど討ち果たしたはず。
いくら魔物の繁殖力が高いと言っても、短期間でこれ程の兵力を集められるはずがない。
となると考えられる事は一つ。
「バランドル将軍、奴らは先の戦いで討ち果たした魔物がゾンビ化したものです。魔王軍四天王の最後の一人である屍術師アルパヌは、死体を使ってアンデッドの軍団を作り上げる事ができると聞きます」
「ふむ……では東の兵だけでは手に余るな。私はこの一万の兵で東の援軍に向かうとしよう」
「いえ、俺の想像通りなら東のアンデッド軍団も陽動です。俺の予想が正しければ敵の本当の狙いは──」




