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第60話 恥を忍んで

「マール様、ただ今戻りました」


 ユフィーアが酒場に戻ってきたのは10分ほど後の事だ。

 すっかり元の姿に戻っている。


「よかった、元に戻れたんだ。でもさっきはどうしてあんな事を?」


 ユフィーアは俺の耳元に唇を近づけて囁く。


「あれを他の人に見られたくありませんでしたので」


 ユフィーアは俺にそう告げるとずかずかとヴェパルさんに歩み寄る。


 あれって何の事だろう?


「ヴェパルさん、これはお返しします」


「え……これは……どうして?」


 ユフィーアがヴェパルさんに手渡ししたのはアポロジーストーンだった。


「これで貸し借りはありませんよね」


「え、ええ……」


「それからヴェパルさん」


 ユフィーアはヴェパルさんの肩をガシッと掴み、顔を近づけて低い声で言った。


「誰が誰を好きになろうと自由ですが、さっきのやり方はあまり褒められたものではありませんね」


「ひっ」


 あのヴェパルさんが恐怖に引きつった顔で小さな悲鳴を上げた。

 ここからだと後ろ向きなので顔は見えないが、ユフィーアがどんな表情をしていたのかは想像に難くない。

 もし俺があの時首を縦に振っていたらどうなっていたかと思うと背筋が凍りつく。


 ユフィーアは振り返ると、にこやかな笑顔で言った。


「マール様、王都へ戻りましょう」


「あっはい」





「あーあ、悪巧みってのは上手くいかないもんだねえ。ワンチャンあると思ったんだけどなあ」


「よし、今からヴェパル姐さんの慰めパーティーを始める。今日はとことん飲むぞお前ら!」


「そうこなくっちゃ、船長!」



 盛り上がってる彼らを置いて、俺とユフィーアは王都への帰路に就く。



◇◇◇◇




 王都へ戻る馬車の中で、俺はユフィーアに酒場での事を尋ねた。


「結局ユフィーアはアポロジーストーンを使わずに元に戻れたのか?」


「いえ、使いましたよ」


「じゃあさっき返したのは?」


「アポロジーストーンは以前マール様に教えて頂いた()()()で増やしておきました。見て下さい」


 ユフィーアは魔法の袋から二つのアポロジーストーンを取り出す。

 そう言えばユフィーアはアイテムの無限増殖のバグ技が俺以上に得意だったな。


「あの時マール様が錬金術を乱用すると悪い事が起きると仰られましたので、他人にやり方を知られないように人気のない所でこっそりと増やしておきました」


 なるほど、ユフィーアは機転が利くな。


「ひとつはシンディア姫に献上するとして、もうひとつのはマール様がお好きになさって下さい」


「それは助かる」


「メイド服でもなんでもお好きなものと交換すればいいと思いますよ」


「なっ!? ……えっと、ユフィーアは小さくなっていた時の事をどこまで覚えてるの?」


「全部覚えていますよ。王都の路地裏での事や、酒場での事、勿論グレイド氏の屋敷でのお話も一言一句記憶しています」


「げっ」


 子供の姿だと思って完全に油断していた。

 考えてみれば当然だ。

 ユフィーアがバグで小さくなった時は記憶がやや曖昧になっていたが、今回はバグではなく正規のアイテムで年齢を操作しただけだ。

 記憶を失う要素はどこにもない。


 俺は恥ずかしさのあまり顔を手で覆い隠す。

 穴があったら入りたい。


 しかしユフィーアも俺と同様に顔を紅潮させて俯いていた。


「恥ずかしいのはお互い様です」


「何が?」


「私も子供に戻っていた時にマール様にいろいろとご迷惑をおかけしました」


 確かにユフィーアも子供に戻っている間は精神も幼くなっていた。

 俺は彼女を抱っこしてあやしたり、お風呂に入れてあげたり、一緒のベッドで寝たりしてあげたものだ。


 でもね、素の状態で恥ずかしい趣味を晒していた俺と、子供に戻って年相応の行動をしていただけのユフィーアでは恥ずかしさの度合いが段違いなんだよね。


 しばらくまともに顔を合わせられそうにない。




◇◇◇◇




 王都に戻った俺とユフィーアは、シンディア姫にアポロジーストーンを渡す為に王宮へ足を運んだ。


 平民の冒険者である俺では王宮内でシンディア姫に面会する事はできなかったが、王国が認める騎士であり女性であるユフィーアならば話が違う。


「くれぐれも呪いには巻き込まれないように気をつけてね」


「はい、シンディア姫とは少し距離をとってお話を致します」


 俺が王宮の客室で待っている間にユフィーアが王宮の使用人に連れられてシンディア姫の部屋に足を運ぶ。


 俺の予想ではアポロジーストーンの力でもシンディア姫のバグだけは直せない。

 姫様はがっかりするだろうが、これでアポロジーストーンを求めて王宮の外に出歩く必要はなくなり、バグの被害が広がる事は無いだろう。

 後はメーカーがバグの修正をしてくれるのを待つだけだ。


 俺は魔法の袋からモバイルクォーツを取り出してメッセージを追記する。


『シンディア姫のバグが酷すぎる。早く修正して貰うようにメーカーにメールを送ろうぜ』


「……これでよし、と」


 今の俺に出来る事はこのぐらいだ。



「きゃあああああああああああああああああああああ!」


 俺が通信用のメッセージを保存した次の瞬間、王宮内に悲鳴が響き渡った。



「何事ですか!?」


「大変だ! 魔物が姫様を!」






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