第19話 よい船旅を
「海賊だ! 海賊が攻めてきたぞ」
「あのピンク色の海賊船は……最悪だ、シュガーネイ船長率いる桃色海賊団だ!」
「は、早く自警団を……いや、王国軍に連絡をしてくれ!」
北から海岸沿いに港へ向かってくる海賊船を目にした市民達はパニックになる。
「マール様、海賊旗は下ろしておいた方がよかったですね」
「いや、そもそもこの船は見た目からして有名すぎるからね……」
ユフィーアは船舶の操舵の心得もあるというのでそのままピンクパール号に乗ってきたが、失敗したようだ。
俺とユフィーアは港を右往左往する市民達を見て大いに反省をする。
船を港に着けると自警団の皆さんが槍を手に隊列を組んでいるのが見えた。
誤解を解かないと戦闘になる。
俺は船から身を乗り出して大声で叫ぶ。
「皆さん驚かせてごめんなさい。俺達は海賊じゃありません」
俺の姿に気が付いたトリトン船長が自警団の制止を振り切って前に出る。
「マール! まさかあんたらの言ってた新しい船ってそいつの事か?」
「はい、思ったより良い船が手に入りました」
「海賊から奪ってきたのか……まったく、信じられない事をするな」
トリトン船長は自警団の皆さんに事情を説明する。
最初は半信半疑だった自警団も、勇者ユフィーアが絡んでいると聞くと納得の表情を浮かべて解散した。
「しかしマールさん、本当にこの船を頂いてもいいですかい?」
「そうですね、ただで受け取るのはトリトン船長も心苦しいものはあるでしょう。だからこうしましょう。その船は差し上げるのではなく貸します。自由に使っていいですが、俺達に船が必要な時はこちらを優先してもらいます」
トリトン船長は感激のあまり涙を流して喜ぶ。
「マールさん、本当にすまねえ。船が必要な時にはいつでも呼んで下せえ。世界の果てだって俺達が送って差し上げますぜ」
桃色海賊団壊滅の情報はたちまち国内外に広がり、以後このピンクパール号を見られても恐れられる事はなくなった。
◇◇◇◇
「野郎ども出港だ!」
「はい、船長!」
翌朝、積み荷が終わったピンクパール号はラマーゼン諸島へ向けて出港する。
船の上に乗っていればオブジェクト消滅バグが発生して船が消える事は無いが、積み荷が無くなる可能性はある。
俺はオブジェクト消滅バグの事を呪術の一種という事にしてクルーには交代制で積み荷から目を離さないように伝える。
クルー達は俺の言った事を忠実に守っているようだ。
俺とユフィーアは甲板の上に立って魔物の襲撃に備えるが、この日襲いかかってくる魔物はいなかった。
◇◇◇◇
出港して二日目。
快晴。
波も穏やかでいい釣り日和だ。
遠目に魔物を見かけたが、まだ襲ってくる気配はない。
俺とユフィーアは交代で釣りに興じたが生憎ボウズだ。
ユフィーアは銛を手に直接海に潜って魚を獲ってこようかと提案してきたが、海中で魔物に襲われたらいくらユフィーアでも無事でいられるか分からないので止めておいた。
しかし個人的にユフィーアの水着姿には興味がある。
◇◇◇◇
出港して三日目。
何度か魔物が襲ってくるようになったが、出てくる敵は弱い魔物ばかり。
ユフィーアが戦うまでもない。
強敵が出てくるまでは熟練度の上昇狙いで俺が戦う事にした。
空から襲ってくる鳥の魔物は弓矢で射落とし、海中から船を這い上ってくる魔物は銛で突き落とす。
誰にでもできる簡単なお仕事です。
◇◇◇◇
四日目。
俺はぶっ倒れた。
魔物にやられたのではない。
船酔いだ。
「時化って凄いんだね……ううっ」
「マール様、大丈夫ですか? 気を確かに!」
酔いを治す魔法や薬は存在しない。
ベッドに横たわる俺をユフィーアが心配そうに介抱してくれるが、ユフィーアもどうしたらいいのか分からずにオロオロしている。
ユフィーアもクルー達もあの船揺れでどうして平気なんだ……。
船が揺れなくなるバグがあればいいのに……
……いや、あるにはある。
電撃魔法は偶に対象を痺れさせ、動きを止める追加効果が発生する。
しかしそれは生物以外にも発生する事がある。
例えば空中に投げたボールに電撃魔法を放ち、追加効果が発生するといつまでも落下せずにその場所に固定され、浮かび続ける事になる。
追加効果の発生率は魔法使用者の魔力に比例する。
その発生率は低めに設定されており高位の魔導士でも滅多に起きる事はない。
ユフィーアレベルでも1割に満たないだろうが、何回か試し続ければその内成功しそうだ。
でもこのバグはダメだ。
確かに船を止めれば全く揺れなくなるが、完全にその場所に固定されて前にも後ろにも動かなくなってしまう。
しかも生物でない物は自然治癒もせず、状態回復魔法も効かないので実質解除不可能ときたもんだ。
諦めて時化が収まるまで大人しくここで横になっていよう。
その時、クルーの叫び声が聞こえた。
「う、うわああああ! ユフィーアさん、早く甲板に来てくれ!」
こんな時に魔物が現れたようだ。
「ユフィーア、俺の事はいいから行ってあげて」
「はい、マール様。すぐに戻りますから頑張って下さい!」
そう言ってユフィーアは俺を心配しつつ甲板へ走っていった。
次の瞬間、船が大きく傾く。
俺はベッドから転げ落ち、頭を強く打つ。
「うう、なんだってんだ……」
痛いし気持ち悪いし最悪だ。
クルー達の叫び声はさらに大きくなる。
「出たぞ、クラーケンだ!」
なんてこった。
こんな時にクラーケンと遭遇してしまうとは。
でもまあユフィーアならクラーケンぐらい簡単に倒せるだろうな。
俺は彼女を信じて安静にしていよう。
「ユフィーアさん、お願いします」
「この程度の魔物なら私一人で問題ありません。はあっ!」
ザシュ!
バン!
「ギャオオオオオオオオオオオオン」
ドゴッ!
シュキーン!
「ああっ、クラーケンの触手が甲板まで!」
「あなたは下がっていて下さい。てりゃーっ!」
ザンッ。
「オアアアアアアアアアアアアアン」
バターン。
声と音でユフィーアが戦っているのが分かる。
音を聞く限りではユフィーアが優勢のようだ。
「ユフィーアさん、クラーケンの動きが止まりました! もう一息です!」
「はい、これで終わりです。電撃魔法、ライトニングアンペア!」
ビリビリッ。
ズゴーン!
次の瞬間、先程までの揺れが嘘のように収まった。




