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婚約者と乙女  作者: 千鶴
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二人と一日

 その日、リーデシアは朝早くに目が覚めた。

 どれくらい早いかというと、窓から灯りが差し込まないほど早く。まだ朝日が見えず外が薄暗いほど早く。

 そして何より、アルフレッドが起きるよりも早く。


 晩春から初夏にあたる王国の気候は穏やかだ。

 日中は寒がりのリーデシアでさえ薄い長袖、あるいは半袖とカーディガンを羽織るだけで過ごしやすい。

 アルフレッドは自分で気温を変えられるので、季節問わずかっちりとした騎士服を着込んでいるが。


 しかし今は早朝も早朝、暁降ちは少々肌寒い。

 自分用のブランケットを手繰り寄せ、寝返りを打つ。開いているか閉じているかわからないぽやっとした目で、リーデシアは隣のアルフレッドを見る。


 これは珍しい。いつもなら目が覚めると、真っ先に飛び込むのはアルフレッドの穏やかな笑みなのだ。

 いったいいつから覗き込んでいるのかは知らないが、リーデシアは毎日アルフレッドの顔を見て起床する。寝顔を見られるのに慣れすぎて、彼女にとってアルフレッドの顔は、もはや目覚まし時計と同義になっている。

 昔からアルフレッドはリーデシアよりも遅くに寝て、早くに起きるのだ。幼い頃からの慣習がついに破られた瞬間だった。


 リーデシアが眠たい目をまたたかせながら、のそのそと起き上がる。隣に眠る青年の寝顔をじっくり見ようと、普段よりもずいぶんゆっくりとした動きでそおっとアルフレッドを覗き込んだ。


 深い海のような瞳は隠され、瞼に影を落とす睫毛がふるりと揺れる。薄い唇は閉じられており、さらさらの髪が頬にかかっていた。

 仰向けのまま身じろぎすらしない姿に一瞬不安を覚えるが、着痩せし薄く見える胸元が微かに上下していることで、ただ眠っているだけだとわかる。


 リーデシアは無意識に詰めていた息を吐き出した。震えるような、落ち着かないような胸の奥を無視してアルフレッドの頭に手を伸ばす。指先がわずかに震えていた。静かに、起こさないよう青年の髪に触れる。


 さらりとした短い髪が指に絡まることなく流れていく。

 どこかひんやりするのは、彼の魔力の影響だろうか。一房、指先でくるりと回して絡めても、癖はつかない。あとに残らない。


 ぺたり。頬に軽く押し付けた掌に、ほんのりと熱が伝わってきた。

 体温が解け合って、温度が混じるころ。規則正しい呼吸が乱れたかと思えば、アルフレッドの瞼が持ち上がる。ゆるゆると見回すような瞳を見つめていれば、ばっちり視線が交差した。

 呆然とした表情にいたずら心が湧く。


 今日は珍しい日だ。いつもは寝ている彼女が起きていて、いつもは起きている彼が寝ていた日。起こす彼と起こされる彼女が逆転した日。


「おはよう、私の王子さま」


 まだ眠そうな相手の髪を撫でて、そっとほっぺたに口づける。それはさながら、眠れる姫と目覚めを促す王子のようで。


「目覚めのキスはいかがかしら」


 逆転した立場に楽しそうに笑うリーデシアと、頬を押さえて耳まで赤くしたアルフレッド。二人の一日が始まる。

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