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婚約者と乙女  作者: 千鶴
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閑話集 現代版

現代版

有宮  莉愛 (リーデシア=アルミア)愛称:リディ

陸田  アルト(アルフレッド=リグタード)

江戸  伴菜 (ハンナ=エドワーズ)

門戸  詩晏 (シアン=オーモンド)

次尾根 冬恵 (フュエル=ジオーネ)



○○○


①クリスマス



「シャンシャンシャーン、シャンシャンシャーン」


 莉愛が歌を口ずさむ。手にしたビニール袋ががさがさと音を立て、歩くタイミングに合わせて揺れている。

 口から吐き出される息は白く、吹く風は凍えるほど冷たい。手袋とマフラー、耳当てをつけてはいるが、曝された目が冷えて何度もまばたきを繰り返す。

 街中には楽しげな音楽が流れ、温かな光が灯されていた。


 クリスマス。イルミネーションに染まった世界を楽しむ莉愛の隣で、伴菜はスマホを見て時間を確認していた。反対隣の冬恵は莉愛の笑顔を眺めながら、緩んだ口角をマフラーに埋めて必死に隠す。


「楽しんでるとこ悪いけど、もう少し急がないと遅れるわよ」

「あら、遅れていけばいいじゃない。どうせ忠犬宜しく尾を振って待っているのでしょう? あの男なら文句の一つも言いはしないわ」

「……家についてから喧嘩しないでよ?」

「当然でしょう。有宮さんを困らせたくはないのだもの。ちゃんと我慢するわ。あの駄犬が無駄吠えしなければ」

「あんたね……」


 会話しながら歩く女子三人はアルトの家に向かっていた。クリスマスパーティーの為だった。

 普段のクリスマスでは莉愛とアルトの二人で過ごしているのだが、今年は伴菜から「一緒に遊ばないか」と誘いを受けたのだ。


 高校三年の十二月、卒業式も三ヶ月後に迫っている。思い出作りとして、何より大勢で過ごす方が楽しそうだといった理由で、今年のクリスマスは莉愛とアルト、伴菜と冬恵、アルトの友人である詩晏と一緒にパーティーを開くことになった。

 大富豪の御曹司であるアルトは一軒家で一人暮らしをしている。将来莉愛と暮らす為だが、まだ同棲はしていない。莉愛の家の方が高校に近いので、彼女は実家で過ごしているのだ。


 家に着き、伴菜は莉愛の荷物を受け取る。莉愛はいそいそと玄関に備え付けられたインターホンを押すと、そのまま返事を聞かずにドアを開けた。

 インターホンの意味が感じられない行動に伴菜は空笑いする。ドアを支える莉愛に礼を言いつつ、伴菜、冬恵、莉愛の順番でアルトの家にあがった。

 部屋から顔を見せたアルトは一直線に莉愛へ向かうと、その身を抱き締めた。


「お帰り、リディ。寒かっただろう、風呂に入るか? 着替えは用意しているぞ」

「家主が客人を無視するなよ。僕達が帰ってからやってくれ」


 遅れて現れた詩晏が伴菜から荷物を受け取り、部屋へと招く。

 部屋にはクリスマスツリーが飾られており、机にはケーキや七面鳥など豪華な食事が揃っていた。床暖房で暖かい部屋に伴菜達はほっと息を吐く。外の寒さが余計に身に染みるようだった。

 買ってきたお菓子やジュースを机の端に置き、紙皿と紙コップを取り出す。莉愛の隣にアルトが陣取り、アルトの左側に詩晏、莉愛の右側に伴菜、アルトと莉愛の対面に冬恵が座った。

 それぞれがジュースを手に取った所で、声を揃えて乾杯した。


「メリークリスマス!」



***



「リディ、寒くないか? ジュースが減っているな、次は何がいい? Habyのモンブランもあるぞ。好きだろう?」


 甲斐甲斐しく莉愛の世話をするアルトを伴菜は呆れ顔で見ていた。詩晏はブッシュドノエルを切り分けて自分の分を味わっている。冬恵も切り分けられたケーキを食していたが、目の前の光景に若干嫌そうな顔をしていた。

 介護宜しく世話をされている莉愛はアルトの顔を見て首を傾げた。


「ねえ、アル。こたつはないの?」

「ちょっと待ってくれ、最速で注文するから」

「あんた馬鹿?」


 思わず漏れた伴菜のツッコミをスルーしたアルト。スマホを操作する男に目もくれず、冬恵は笑顔で身を乗り出す。


「炬燵ならわたくしの家にありますわ。良ければいらっしゃってくださいな、有宮さん。勿論今からでも歓迎いたしますわ」

「まあ、次尾根さんの家に? 素敵! 友達の家に遊びに行くなんて、初めてだわ。ねえ伴菜、一緒に行きましょう?」

「あー、まあ、後日ね。さすがに今日はめんどくさいわ。それに隣の彼氏、凄い顔になってるわよ」


 莉愛は振り向きアルトを見たが、別段おかしな所はなかった。腰に回された腕に少々力が込められていたが、それはいつものことなので気にならない。

 不思議そうに伴菜へ顔を向けた莉愛の後ろで、アルトと冬恵が睨み合っている。バチバチと火花が散る視線での喧嘩に、詩晏がそっとお菓子やジュースを避難させた。


 豪華な料理を食べ終えた莉愛は紙コップを両手で持ちながらにこにこ笑っている。随分楽しそうな様子に彼氏の表情も緩んでいた。

 暴力なき喧嘩に冷や冷やしていた詩晏は安堵して余った七面鳥を頬張っている。


「私ね、今日すっごく楽しみだったの」


 嬉しそうな声で話し出した莉愛に皆が視線を向ける。莉愛は紙コップをそっと机に置くと、一人一人に目を配る。


「いつもアルと二人だったから、こんな風に友達と過ごしたことがなくて……パーティーってとっても楽しいのね! 伴菜、誘ってくれてありがとう。次尾根さん、誘いに乗ってくれてありがとう。門戸さん、参加してくれてありがとう」


 最後にアルトの顔を見詰めながら、莉愛はとびきりの笑顔を浮かべた。


「アル、私のわがままを聞いてくれてありがとう。大好きよ!」


 愛しい恋人の満面の笑みを直視したアルトは両手で顔を覆い踞った。莉愛は困惑して彼氏の背を擦る。

 伴菜と詩晏と冬恵の三人は顔を見合わせて苦笑した。



***



 身じろぎする度に飛沫が跳ねる。栗色の長髪は後頭部で束ねていたが、後れ毛がうなじや頬に張り付いている。鎖骨から下は白濁した湯に隠れていた。

 やや丸めた掌を被せるように重ねれば、作った空洞に水を溜め勢い良く発射する。子どものように水鉄砲で遊ぶ莉愛を膝に抱えて、アルトは緩んだ表情で恋人を抱き締めていた。


「シャンシャンシャーン、シャンシャンシャーン」


 莉愛の歌声が風呂場に響く。伸びをするように腕をあげ、弛緩した体を後ろに倒す。アルトが莉愛の腹に腕を回し、倒れないよう固定する。

 薄絹一枚すら隔てない素肌が触れ合う。重なる肌から熱が溶け、混ざり、同じ熱を宿していく。湯の温かさと人肌の温もりが眠気を誘った。


 莉愛の歌声がだんだん小さくなり、瞼が閉じている時間が長くなっていく。くたりと預けられた頭と体を支えてやりながら、アルトは彼女の肩を叩く。


「リディ、風呂で寝るな。溺れるぞ」

「んうー、寝てない、かもしれない、なくもない、かも……」

「どっちだ。ほら、起きろ。動かないなら勝手に運ぶぞ」

「運んでぇ……」


 アルトの首筋にぐりぐりと額を擦り付ける莉愛。アルトは笑って暫くそのままにしていたが、彼女が本格的に眠り出したので慌てて風呂からあがった。

 白い柔肌をふわふわのタオルで拭き、下着を履かせ、お気に入りのもこもこのパジャマを着せる。産まれたときからの付き合いだからか、非常に手慣れたものだった。

 うつらうつらしている彼女を待たせないよう手早く着替えたアルトは、立ったまま眠る莉愛を抱き上げて寝室に連れていった。


 彼女の笑顔には照れるのに裸を見ても何とも思わないのは不思議なものだが、アルトが莉愛の世話を焼くのは彼の趣味に他ならない。彼女を綺麗にして彼女を着飾らせ、彼女が喜んでくれればそれで満ち足りるのだ。それ以上は想像こそすれ、実行しようとは思わない。


 枕を抱き締めて眠る莉愛の頬をつつく。幸せそうにふくふくと眠っている彼女を満足げに見詰めて、アルトはその隣に滑り込んだ。

 クリスマスは過ぎたが、まだ冬休み前半。受験勉強も必要だが休息をとっても問題はないだろう。学校が休みの時はよく泊まりに来る莉愛と、明日は何をしようか考えながら、アルトも深い眠りに落ちていった。



***



 寝起きのぼんやりした頭で莉愛は考える。

 ――最近、介護じみてきたなぁ、と。

 産まれたときからの付き合いであるアルトは、出会った当初から世話好きだった。

 莉愛が歩くときは手を繋ぎ、食事のときは箸やスプーンを口許に差し出す。風呂では髪から体から洗われ、風呂からあがれば着替えさせられる。莉愛がアイスを食べている間に髪をドライヤーで乾かし、寝る前にはボディクリームを塗りたくられる。


 最初は「お姫様と王子様みたい」だと思っていたが、だんだん「主人と召使い」だと気付き、最近では「要介護者と介護者」ではないのかと思わなくもない。


 莉愛だってアルトの世話を焼きたいし、たまには頼れる姉さんのように振る舞いたい。このままアルトに頼りきりでは穀潰しニート街道まっしぐらだ。何とか人としての生活力を取り戻さねばなるまい。

 一念発起しふんすふんすと腕を振る莉愛を横目に、アルトがふと言葉を漏らした。


「……リディ、最近丸くなったよな」

「……えっ」


 驚愕に目を見開く彼女を膝に乗せ、アルトは寒さで赤く染まった莉愛の頬を揉んだ。


「冬仕様か? 弾力があって、もちもちしてて。大福みたいだ」


 恋人に触れながら締まらない顔で笑うアルト。愛情の込められた言葉はしかし……言い方を誤った。


「あ、あわわ、あわわわ」

「リディ? どうした――」

「わ、わたし……いつかアルに美味しく食べられてしまうのね……!?」

「えっ!? いや、まあ、そう、だな……いずれはまあ、そういう日が来るとは思うが…………いや、リディが嫌なら勿論我慢出来るぞ。うん、だから安心してくれ」

「あわ、あわわわ、あわわわわわわ」


 このままでは恋人に大福よろしく物理的に甘く美味しく頂かれてしまう。まさか自分が食物の対象にされていたなんて、そもそも彼にそういった嗜好があるなんて、微塵も考えてすらいなかった。

 がたがた震える莉愛はその日決意した。

 ――この冬、痩せねば。




「と、言う訳なのよ」


 ふんすふんすとジャージ姿で意気込む莉愛を眺めながら、伴菜は欠伸をこぼす。吹き付ける寒風に唸りつつお揃いのジャージの袖を伸ばして手を擦り合わせた。


「あんたさあ、それ、多分そういう意味じゃないと思うんだけど?」


 呆れている伴菜に気付かず莉愛は念入りに体操を行う。腕を伸ばし、足を曲げ、ジャンプを繰り返した後は深呼吸。寒さで固まる体を解していく。


「このままでは骨の髄までしゃぶられてしまうわ! それでは駄目なのよ!」

「どこからそんな言葉覚えてくるかなあ?」

「せめて豚骨から鶏ガラベースになりたいわ!」

「何言ってるかわからないんだけど?」

「でも私だし醤油が好きだから、最後はおじやで締めて欲しいの……」

「ごめん、何の話してるの? え、理解できない私が悪いの?」


 莉愛の中では「大福みたいだ」イコール「丸くて美味しそう」という図式が成り立っている。つまり今の「丸くて美味しそう」な状態から「細くて美味しくなさそう」な状態になれば食べられなくて済むのだと思っているのだ。


 結果痩せねばならないという決意に繋がる訳だが、伴菜には「大福」から「丸くて美味しそう」という発想からして意味が分からない。

 そもそも恋人を「大福」と表した男の思考が分からない。あまりにも失礼ではないだろうか。


 豚骨鶏ガラだし醤油は完全に莉愛の好みの問題なので深い意味はない。

 町内一周を目標に走り出した友人に並走しながら、伴菜は後で保護者たるあの男にクレームをいれようと思った。


 後日、豪勢なおせちに寝正月によって莉愛の自業自得な悲鳴が響き渡ることになるのだが、それはまた別の話。




○○○


②正月



 吐く息が白く染まっている。夜空は遠く、月の光は朧気だ。しかし照らされた境内と灯るライトが闇を晴らしていた。

 人々が集う神社は活気に満ちている。寒いだろうと羽織を着込んできたが、余計だったかも知れない。裏起毛の肌着が暑くて汗が流れる。

 莉愛は振り袖に着替えて、近所の神社に初詣に来ていた。


 日付が変わったばかりで人が多いだろうとは思っていたが、ここまでとは予想していなかった。満員電車のようにぎゅうぎゅうと圧され一定方向に流されていく。


 アルトとは現地で待ち合わせることになっていたのだが、合流できる気がしない。これなら家まで迎えに来てもらえば良かった。

 アルト自身は迎えに行くと言い張っていたのだが、莉愛は変に遠慮してしまい、こうして見付けられずにいる。余計な迷惑をかけたことに落ち込みつつもきょろきょろと辺りを見回した。


 アルトの身長は平均よりも高い。そのせいで普段の生活に少し苦労しているようだった。

 一方の莉愛は平均と同じくらいなので、並ぶと20センチ以上差がある。キスをするときは目一杯背伸びしないといけないし、手を繋いで歩くと少々不格好になる。迷子防止のために普段は腕を組んだり腰を抱かれたりするのだが、今、少女の隣に彼氏はいない。


 人でごった返す境内で寂しさを覚えた莉愛は、若干涙目になりながら人の波を抜け出した。

 息を吐いて手鏡を取り出す。崩れてしまった髪型にさらに落ち込んだ。

 どうして自分はこんな所に一人でいるのだろう。最初から一緒に来ていればこうして探すことなく参拝し、今頃すでに帰宅していたかもしれないのに。


 もしかしたらアルトは来ていないのかもしれない。彼は人混みがあまり好きではないのだ。待ち合わせだって嫌がる。

 一人で立っていると女性やスカウトの人に声をかけられるからという理由だが、莉愛には馴染みがない。いつだって彼女が外に出るときはアルトが傍にいるものだから、ナンパをされたことは一度もなかった。


 灯りがわずかに届くばかりの木陰で俯く可愛らしく美しい少女。時刻は深夜。これで危険がないなどと言い切れるほど世の中は甘くない。男同士で初詣に来ていた者、独り身で彼女を募集している者、あるいはこういったことの常習犯。

 気を付けて然るべきなのに、少女は自分の魅力に気付かない。


 光が遮られ目の前が急に暗くなる。荒い息と体温が近い。大きくて熱を発する掌が無遠慮に肩を掴んだ。

 びくりと震える莉愛に、目の前の人は大きく息を吐き出した。


「良かった……見付けた」


 親しんだ声に顔を上げれば、そこにいたのは恋人のアルトだった。額から汗を流し前髪が貼り付いている。ファーがついたジャケットを羽織っているせいか暑そうだった。

 立ち上る湯気が己を随分と探し回らせたのだとわかり、莉愛は申し訳無さで声を震わせる。


「ごめんなさい、私のせいで……」

「いや、気にするな。強く言わなかった俺のせいでもある。だが、今後は深夜に一人で出掛けるのはやめてくれ。

 何度も伝えているだろう。君は魅力的だから、一人でいると疚しい人に狙われてしまうって」

「そんなこと、一度もないわ。アルの方が声を掛けられているじゃない」

「俺は君が愛する男だからな。他の女が見惚れても仕方がない。だけど君以外に興味はないし、君さえいればそれでいい。不安ならずっと傍にいる。むしろいさせてくれ」

「……でも、私、とっても迷惑をかけたわ」

「迷惑なんかじゃない。それに、君にしか叶えられない願いだ。どうか俺の唯一の願いを叶えてくれないか」


 真剣な顔で見詰められ息がつまる。考えていたことがすべて吹き飛んで、すとんと落ちた思いに胸がいっぱいになった。


「なら、私のお願いも叶えてくれる……?」

「もちろん。何だってする。何がほしい、何をしたらいい」

「……これからも、私のことを見ていてほしいの」


 上目遣いで顔を見る。一瞬目を丸くした少年は、すぐに満面の笑みを浮かべると頷いてキスを贈ってくれた。


「遅れたけど、明けましておめでとう。着物似合ってる。この後どうする? 帰宅するか、俺の家に来るか」

「とりあえずお参りして、おみくじを引きたいわ」

「わかった。人が多いから貴重品はしっかり持つこと。何かあればすぐに言え。腕っぷしにも自信がある」


 何故ここで力自慢をされるのか分からなかったが、莉愛はおとなしく頷いて恋人の腕に抱きついた。

 ひいたおみくじはそれぞれ中吉と吉だったが、恋愛運に書かれていた言葉は同じだった。【願いは叶う】




○○○


③放課後



 放課後の教室にペンの走る音がする。ノートを捲り、消しゴムが紙を擦る。

 机を合わせて課題を解いているのは、アルトと詩晏だ。居残りや補習という訳ではなく、単純に人を待っているらしい。

 その証拠にアルトが課題を一問解いては、顔をあげて時計を見ている。

 詩晏はもはや呆れているのか、アルトの方を見向きもしない。ひたすらペンを動かして空欄を埋めていた。


 遠くから野球部であろう掛け声が聞こえる。傾いた太陽が教室を照らしていた。

 無意識だろう、アルトが溜め息を吐いた。

 ぴくりと詩晏の眉が動く。何やらめんどくさい予感がしたのだ。詩晏の直感はまあまあな確率で当たる。


 もう先に帰ろうと思い、ポケットからスマホを取り出した。電源をつければ待ち受け画面が表示される。

 画面が視界に入ったアルトが声を発した。


「……なんだ、それ」

「何って、パンダだけど」

「お前、パンダが好きだったのか?」

「いや、僕じゃなくて師匠が好きなんだ」


 詩晏は師匠と呼んでいるが、その実ただの家庭教師である。もともとは近所に住んでいたお兄さんであり、幼い頃はよく遊んでいた。

 頼れる優しいお兄さんであり、詩晏は彼のことを人生の師として尊敬している。


「パンダか……」

「どうした、君もパンダが好きなのか?」

「いいや。たしか、リディは猫が好きでな」

「うん、全然関係ないし面倒な予感がするけど一応聞いてやろう」

「そうか。そしてリディは俺が好きだ」

「そうだな、見ていれば分かるよ」

「つまり俺が猫の真似をすれば、リディは俺を二倍好きになるのでは?」

「ちょっと何言ってるのかよく分からないかな」


 アルトは至極大真面目な顔をしている。

 詩晏が呆れたように首を振った。


「じゃあ仮に僕が君の真似をしたら、有宮さんは僕のことを好きになるのか?」

「は? 何言ってるんだお前。なるわけないだろ、馬鹿じゃないのか?」

「お、お前が言うのか!!??」


 詩晏が音を立てて椅子から立ち上がる。アルトに掴みかかろうとした時、がらがらとスライド式のドアが開かれた。

 姿を見せたのは話題に上っていた莉愛と、その友人の伴菜だった。


「アル! 委員会終わったから一緒に帰りましょう!」

「リディ! 待ってた、今行く」


 詩晏の手からするりと逃れて、アルトが雑にノートを鞄にしまう。そのまま莉愛の隣に並んだ。

 詩晏も疲れたようにのろのろとペンをしまっていく。

 状況は把握出来なくても、雰囲気で察した伴菜が憐れむ目を向けていた。


「なあ、リディ。もしも俺が猫になったら、君は俺のことをもっと好きになるか?」


 アルトの突飛な問いに、伴菜がぎょっとする。

 問われた莉愛は満面の笑みで答えた。


「よくわからないけれど、どんなあなたでも私は好きよ。それに、アルの猫耳姿、とっても可愛いと思うわ!」

「そうか……」

「ちょっとやめなさい陸田、本気にしないで。やるなら家でやりなさい。莉愛も、人に黒歴史を刻み込んで背負わせるような発言するんじゃないわよ」


 伴菜の冷静なツッコミが、正気を失っていたアルトに突き刺さる。

 一方の莉愛は首をかしげた。どうやら本気で可愛いと思っているらしい。恋は盲目というのはこのことだろう。


 アルトと莉愛が手を繋いで、教室から出ていく。その後ろを伴菜が呆れ顔で、詩晏は溜め息を吐きながらついて行った。


 校内は夕日で赤く染まっている。四人の影が長く伸びて、離れたり重なったりを繰り返す。まるで彼らの仲を表すように、仲良く踊っているようだった。


活動報告に載せていた短編を移行しました。

現代編。

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